九章:究明

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「――狩井カリイと手下たちが使ってた言語、どこのものだったかわかるか?」

「エレベーターで待機してたから、あまりハッキリと聞こえませんでしたが……。かなりクセが強いものでしたが、共産圏大陸西南側の地方民族のコミュニティで似たような響きを聞いたことがありますね。この国で言う津軽つがる弁や薩摩さつま弁みたいな。ほぼ暗号ですが単語レベルのみしか口にしてませんでした」

「じゃあ正規の部下じゃなく、海外から傭兵でも買ったわけか。その地域で絞れば、大陸の内戦で経営拡大した民間軍事会社PMCが、捕虜にした少年兵を再教育して世界中に出荷してる噂もある。重要なことは何も伝えず、用済みになれば使い捨てる気だな。外道め」

 ……蔵内クラウチさんと阿澄アスミさんの込み入った会話が聞こえてくる。

 意識を取り戻すと同時に、細かく振動していた車内が動きを止めていた。阿澄さんがこちらに気付く。

「……あ、起きましたか? ここからは歩いて移動みたいです」

 起きようとするが、疲労・倦怠けんたい・痛みが身体を縛り付ける。まるで重力が何倍も働いているみたいだ。

鉄穴カンナさん起きてると車がまた起こすかかもしれなかったので、ちょっと眠ってもらいました」

 それならそうと言って欲しかったな……。


 車外に出れば、辺りはすでに日が暮れていた。かなり長い時間をかけてここまで来たのか。

 着いた場所は全く見覚えのない倉庫街のような区画だった。無人トラックやフォークリフト、コンテナが淡々と入れ替わっていく。人の気配がまるでしなかった。

「こっちだ」

 遠くから手招きするのは、IIS管制センターに詰めかけているはずの藤桝トウマスレオだった。トラックから降りた僕らはそちらへ向かう。

「あたしに現場仕事させんじゃねーよ」

 悪態とつきながらまた僕を小突くかと思えば、怪我の具合を見つけたのかその手を止めて、僕の背中を擦ってきた。ぶっきらぼうな彼女も、実はけっこう優しいところもある。

「ねーちゃん、煙草持ってる?」

 蔵内さんが僕以上に死にそうな顔で藤桝に尋ねる。彼女は舌打ちしながら一本差し出した。

「禁煙しろよ、おっさん」

「大丈夫だ。もう何回も成功している」

 蔵内さんは旨そうに煙を吸い込んだ。

「レオたん、ここの監視カメラは?」

 歩きながらテクネが聞く。

「修理してもすぐに壊れるっていう、死角の多い曰くつきの場所だ。オートマチックに稼働する物流拠点を気にする奴はいないし、ここの警察はと」

「それって、賄賂わいろ?」

「大人ってのは、結局ガキが大きくなっただけなんだよ。――ここだ」


 簡単な屋根と壁で囲まれた、地下道への出入口を案内される。施錠されているはずのゲートが簡単に開いた。言われるがままに階段を下っていく。

 最低限の作業灯のみで薄暗い通路だった。いくつもの配管が天井や壁を走っている。階段を降りきったと思えば道が広くなり、そこにはホームレスと思われる男たちがウロウロと徘徊していた。その中にはチャラチャラしたチンピラと、派手なスーツを着込む強面こわもての二人組もいる。蔵内さんは彼らに近づくと、二三言葉を交わす。すると彼らは静かに去っていった。

「……何のための場所なんだ?」

 どうしてこんなアングラなところに僕たちを導くのだ。藤桝に疑問を投げかける。


「淡海府のインフラ整備用共同溝の地下通路兼資材倉庫だよ。都市開発が終わればトラブル以外で作業員が定期メンテしに来るだけ。雨風は凌げるし、気温も一年中変わらない。居住設備に対して増え過ぎた移住人口は、府庁が暗黙の了解でこういう場所に無理にでも落ち着けたのさ。いくら地上は清廉潔白な都市に見えても、ホームレスやスラム化の問題は地下に押し付けるだけってのが今の行政のやり口。電波も届かずIISにも映らないとなれば、闇市など犯罪の温床にもなる。つまり、【暗黒街】ってやつだよ」


 木を隠すなら森の中ってことか? 冤罪なのに犯罪者扱いされるのは憤慨ふんがいだったが、こういう厄介な場所に助けられるとは思わなかった。

「それなら部外者がノコノコ入ってきたら不味まずいだろう?」

「だからおっさんが、ここら辺の場を仕切るヤクザに話を通したみたいだ」

 さっきの連中は、やはりそういうたぐいか!

「蔵内さん。ギャンブル依存症だからって、まさか反社と繋がってるなんて……」

「勘違いするな! 飼っている調査協力者エスだよ。極道の片棒を担いだんじゃない」

 じゃあズボンのポケットに押し込まれた現金紙幣ゲンナマはなんだと言うのだ。まあ、今は非常事態を免れただけでありがたい。文句を言える立場ではなかった。

 さらにトンネルを抜けて進行、何度も道を折れ曲がり、狭い階段を使い深層まで下る。


 そこは吹き抜けたコンクリートの超巨大空間だった。

 小さなビルくらいありそうな柱が何本も並び、古代文明に登場する神殿のような印象を受けた。人も物も混雑する都市の地下に、こんなにも広大な空間があるだなんて。無機質ながら圧倒的スケールには感動せざるを得なかった。

「湖上都市の地下貯水槽、って変な場所だけどね。最悪な事態になったとしても、これだけ広ければすぐに追い込まれることもないし、逃走ルートもかなり分岐してある。大雨洪水になったら治水のために楽しいプールになっちゃうけど」

 それは楽しくないな。悪天候にならないことを祈る。なんとなく、近くの柱で歩みを止めた。

「……そろそろいいだろう。アナクロ、話さなきゃならないことが色々あってな」

「蔵内さん。最初からお願いします」

「長くなるなあ。煙草、もう一本もらっていい?」

 藤桝は嫌そうにしながら差し出し、自分も一本吸いだした。

「高くつくよ」

「請求は若造へ。さて、そもそも俺は透明人間事件なんて興味もなかったし、別件の調査を裏で進めていた――」

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