第16話 彼方の図書館 997辞書分
僕と綾見は呆然と天井を見上げ、半開きになった口からは驚きの声が漏れる。しかし驚きはこれだけじゃなかった。浮かんだ本は意思を持っているかのようにひとりでに開き、プロジェクターよろしく天井にこの図書館と思われる地図を壁のように積まれた本の山に大きく映し出した。この現象にはさすがの匠さんマリアさん両名ともに「凄い」と唸った。
「私たちが」「今いる場所は」「ここです」
阿修羅館長は手に持った差し棒で地図中心を指した。
「本館に固定された出入口はありません」「なので」「受付はこのように中心に設けています」
「それで、俺たちはどこを目指せばいいんです?」
待ちきれない様子で匠さんが質問を飛ばす。
「持ってきていただいた本」「は、科学の分野に属します」「ので――ここです」
阿修羅館長は中心から指し棒を左上(僕らの世界でいう北西)に移動させてくるりと円を描いた。
「ペニー、道案内は任せましたよ」
三つある顔のうちの一つがペニーに指示すると、ペニーは「承知しました」と長い首をぐにゃりと曲げて命を受けた。
「距離はどのくらいあるんですか? この受付にたどり着くまでの道のりも結構ありましたけど、地図の縮尺はどの程度なのかなと思って」
僕の質問に館長が答えてくれる。
「およそ997辞書分です」
さっぱり分からない。
僕らの表情で察したのか、阿修羅館長は照れたように訂正する。
「そうですよね、分かる訳がないですね」「皆さんがいらした」「世界で換算すると」
館長は引き出しから電卓らしき機器を取り出し、ぽちぽちと数字を打ち込んだ。換算機のようなものなのだろうか。
「およそ五キロメートルです」
図書館でキロ単位が出るとは思わなかった。それに僕らが目指す場所は地図の北西にあるとはいっても端ではなく、いいとこ中間から七割くらいの場所だ。どれほど巨大な建造物なのだろうか。そもそも、この世界の狭間という摩訶不思議な場所には図書館以外にも別の何かが存在しているのだろうか。考えれば考えるほど僕の頭には疑問のドツボに嵌っていく。
「考えても仕方のないこともあるわ」
僕と、そして同じ表情をしていた綾見の困惑を察したようにマリアさんが言う。
「私たちの目指す場所は五7キロ先にある。今はそれだけで十分。むしろこの距離はかなりマシな方なんだから」
「そうなんですか?」
「道のりがどうなっているのかまだ分からないからなんとも言えないけど、個人的なワーストはサハラレベルの砂漠の横断ね」
「思い出させるな」
匠さんがウンザリした顔でマリアさんの説明を遮った。
「かわいい後輩たちを安心させてあげようという思いやりが分からない?」
匠さんの言葉にマリアさんは頬を膨らませる。ふたりのやりとりをぼんやりと眺めながら、僕と綾見は顔を見合わせる。
「……ラッキーと思おうか」
「……だね」
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