【回想】


 *


【回想】


 ここはお気に入りの場所だった。湖畔こはんに腰を下ろして、満天の星空を見上げる。水面にも星々が反射して、すべてが希望で埋め尽くされているようだった。レオンがキュアをスカウトしに、僕たちの出身地であるアニス村に訪れる少し前のことだ。


「あっ、やっぱり、ここにいたっ!」


「キュアか……」


 こてん、と僕はキュアに頭を叩かれる。


「いて、いきなり酷いじゃないか……」


「だって、私とは会いたくないって顔に書いてあったから、ついつい叩いちゃった」


「う……、そんな分かりやすい顔してた?」


「ふふ、もう物凄-く大きな文字と蛍光色で、前面にアピールしている感じだったよっ!」


「そ、そんなに!?」


 クールな頼れるお兄さんを目指していたのだが、その路線ではない方が良いかもしれない。二枚目キャラは諦めて、自分の心の内を吐き出すことにする。


「キュアはすごいよな……」


「そうかな?」


「うん、そうだよ。いつも、いつも、冒険者の学び舎では一番の実践成績じゃないか。ユニークスキルも既に発現していて、回復職として、村の大人からも注目されているし。……しかも、勇者様もキュアをスカウトしに、わざわざこの寂れた村に来るんでしょ?」


「うーん、まあ、それほどでもあるかもねっ!!」


 いや、まあ自分から称賛の言葉を投げかけたし、その通りなんだけど、なんかキュアのことを認めたくなくなってきたぞ。僕が悶々としていると、キュアはそんな僕の陰鬱いんうつな思いを吹き飛ばすかのように、笑い飛ばした。


「ふふ、私からすれば、トライの方が凄いと思うけどなっ!」


「僕が?」


 キュアに認められるほどのことをした記憶はない。職業に関しても、戦士や魔法使いといった戦闘向きではない盗賊の適正だったし、ユニークスキルだって発現していない。座学に関してはマシな方だが、決して天才ではない。


 考えている最中、思考を遮るように、キュアが僕の頭を叩く。


「いた、なにすんだよ?」


「そのすぐに自分を卑下ひげする性格は、直した方がいいと思って、叩いて直そうかと」


「叩いても直らないよ! って、また、そんなに分かりやすい顔をしていた!?」


「うんっ、もう、トライのことならなんでもお見通しですよ。……やっぱり、トライは自分で気づいていないんだねっ」


「うん、心当たりがない」


「……ふう、じゃあ、お姉さんが教えてあげよう! トライの長所は、絶対に諦めないことだよ! 初心者ダンジョンの踏破のときだって、盗賊のスキルの習得だって、確かに人よりも時間はかかるかもしれない、それでも諦めずにやり切って、最後には必ず成功する。失敗し続けて、皆が無理だと言っても、絶対に諦めないで、成功するまで挑戦し続けられる。それって、すごい才能だと思うんだよっ」


「うーん、それがそんなにすごいこと、なのかな?」


「凄いんだよ。不遇職の盗賊に適正だと言われた人たちは、みーんな、冒険者になることを辞めちゃったでしょ? でも、トライは自分にできることを見極めて、前向きに取り組んでいる。これって凄いことなんだよっ」


「でも、盗賊のスキルも、失敗ばかりだよ?」


「んー、私はね、思うの。何回だって失敗したって良い、最後に成功すれば、その失敗は全部帳消しだよ」


「そういうもんなのかな?」


「そういうものですっ!」


 僕は納得がいかないように首を傾げる。


「納得がいっていないようだねっ。じゃあ、他にもトライのいいところをいっぱい言っていこうか? 素直なところでしょ、誠実なところでしょ、思いやりがあるところでしょ、かわいいところでしょ、のくせに、時折、最後はビシッと決めて、格好いいところでしょ、そんなトライを……」


 キュアの顔が近づいたと思ったら、僕の唇にそっとキュアの唇が触れる。突然のことで僕は目を見開いてしまう。キスのときは目を閉じるというのが、大人のマナーと知ったのは、まだまだずっと先だ。女の子の唇は柔らかくて、温かい。ずっとこのままでいたいって思った。でも、永遠なんてものは存在しない。名残惜しかったけれど、キュアは僕から唇をそっと離した。


「あの、えっと、これは一体……」


「こ、これは、先約ですっ!」


 僕の瞳を真っ直ぐに見つめながら、キュアは断言する。さすがに恥ずかしいのだろうか、耳まで真っ赤に染まっている。


「せ、先約?」


「そうっ! 勇者様との長い長―い魔王討伐の旅が終わったら、またこの村に帰って来よう! そして、そのときに返事を聞かせて欲しいなっ! もし、もしも、私のことが好きなら、ずっと一緒に居てほしい。この星が見える湖畔で、二人の愛の巣を作るなんて、良いんじゃないかなっ?」


「う、ずるいな……」


 僕だって、男なのだ。好きな人にリードされ続けるのは、格好がつかない。僕のポケットに入るほどの小さな木箱が、このタイミングしかないと存在感を放っている気がした。


「そうだ、僕からもキュアにプレゼントがあるんだ」


「うん? なになに?」


「本当はこの村を出ていくときに渡そうとしていたんだけど、もしよかったら、つけてほしい」


 木箱を向けて、蓋を開ける。中には指輪が入っていた。星々のきらめきが反射して、指輪はまたたいているようだ。


「ご、ごめん、どうしてもお金が足りなくて、手作りだから、綺麗な円形になっていないかもだけど……」


「……左手の薬指には、また、ここに帰ってきたときに付けたいから、右手に嵌めてくれない、かな?」


「うん、わかった」


 僕は木箱から取り出し、彼女の右手の薬指に嵌めた。キュアは右手に嵌めた指輪を様々な角度で見ながら、にやにやとしていた。


「ありがとう、絶対、一生大事にするから、もし、死んでも絶対に離さないから」


「喜んでくれるのはうれしいけれど、さすがにそれは大げさじゃ……」


「そんなことないよっ! あ、トライ、もしかしてだけど、今生の別れだと思っている?」


「今生とは言わないけれど、勇者様にスカウトされて、キュアは村を出ていくんだから、暫くの別れかなと思っているよ」


「勇者様にスカウトされたら、『トライも一緒に連れて行かないなら断る』って言うつもりだからっ!」


「えっ!? それは流石に無理じゃ……」


「いいから、いいから。私に任せなさいっ!!」


 まさか本当に伝えて、勇者様を困らせることになるとは思わなかった。仕方なく、荷物持ちとして、冒険に連れて行ってくれることになったのだ。これが僕の冒険の始まりとなる。

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