第29話 聖なるちっぱい

 修行六日目。


「あとの二日間は強化した身体能力に慣れることだな」

「……戦闘の訓練は?」

「それこそマジで積み重ねしかねぇのよ。時間がない今は、戦うことより身体能力を底上げするのが優先だ」

「むぅ」


 ……あくまで聖女さまに修行をつけたのは自衛、及び逃走のためだからな。ヘタに戦い方を教えて立ち向かおうとされるのは護衛的に困るわけだ。

 自発的に訓練を行って、今までにないやる気を見せているのは良い兆候だけども、それで慢心を得て失敗しちゃ元も子もない。


「むくれても可愛いだけだからダメだぞ」

「……かわいい」


 聖女さまは自分の頬に手を当てて首を傾げた。……いや、そこを疑問に思われてもな。自覚無いんかい。


「それじゃあ、初日にやった鍛錬場の周回を魔力強化アリでやってみな。修行の成果が分かると思うぜ」

「わかった」


 言葉少なく返事をすると、聖女さまは「むんっ」と気合いを入れて魔力強化をすると、勢いよく走って──そのままズッコケた。


「ちょぉ!? だいじょぶ!?」

「……思ったより速かった」


 ムクリと顔だけ上げた聖女さまがアレ? と言わんばかりの表情で呟いた。


 スペックだけ上がって制御できてないヤツだ。

 幸い魔力強化が成功していたお陰で傷一つないが、とんでもない勢いでコケてたからな……。


「最初は魔力を小出しにして、慣れてきたら出力を上げるんだよ」

「さきにいって」

「めんご」


 いや分かるかなって……と思ったけど言わないでおいた。ちなみに聖女さまの睨みつける顔は非常に怖くなくて可愛かったです。


「……魔力を……小出しに……」


 立ち上がった聖女さまは、ぶつぶつと呟きながら鍛錬場を走り始める。どうやらすぐにコツを掴んだようである。

 そのまま徐々にスピードアップする聖女さま。なんか仮にも世界の宝である聖女さまが鍛錬場爆走してるの見たら、ちょっと……笑けてくるな。

 しかもめっちゃ速いんよ。

 一周……二周……三周……あれ? これ止まれる?


「ど、ど、ど、どうやって……止ま……」


 爆走しながら助けを求めてくる聖女さま。

 あー……魔力強化切ったら止まるけど大怪我するし、慣性が前に傾きすぎて地面に衝突するのも時間の問題だな。


 ──マズくね? うおおぃ! どうしよう!


 時間がない。俺が魔力強化をして無理やり止めに入ったところで、強い力同士がぶつかれば大怪我は免れない。


 かと言って今の聖女さまに繊細な力のコントロールは無理だ。

 ……くっそぅ、最終手段か。

 俺は全力で魔力強化をすると、聖女さまの前に立ちはだかり、脳に魔力強化をしている者にしか聞こえないレベルの早口で叫んだ。


「聖女さま! 俺を信じて魔力を半分だけに抑えろ!」

「──っ」


 すると、聖女さまは俺の言葉を聞き、グッと唇を噛み締めて──魔力強化を半分ほど弱めた。

 刹那、急激な運動エネルギーの消失によって、前に移動する慣性だけが残ってしまい、勢い良く俺のもとに突っ込んでくる。


 このまま踏ん張って受け止めると、最悪聖女さまの体が爆発四散する恐れがある。


「ええい! 唸れ俺の反射神経ィ!」


 だからこそ、俺は聖女さまと同じ方向に吹っ飛びながら、飛んできた彼女の体をふわりと抱きとめ──あっ、いい匂い──そのまま鍛錬場の壁に突っ込んだ。

 

 ──バゴーンッッ!!


「うぐっ……」


 あまりの衝撃に鍛錬場の壁が崩れ落ちる。

 背中が……背中が痛いです……。


 聖女さまを抱きしめながら庇うように背中からぶつかったからな。そりゃ痛いに決まってる。


 背中にアホほど魔力込めて強化してなきゃ普通に骨が折れてたな。むしろあんな勢いでぶつかって軽傷で済んでる俺は結構すごいかもしれない。

 そんな自画自賛をしていると、徐々に体の感覚が戻ってくる。


 痛い……痛いけど何か柔らかい……? なんで柔らかいんだ?


「あの」


 ゆっくりと目を開ける。

 すると、視界に入ってきた光景は肌色。なぜだか頬のあたりが少しだけ柔らかい感触がある。

 なるほど……うん。

   

 ──どうやら俺は聖女さまの聖なるちっぱいに顔をうずめていたようである。


 満を持して顔を上げると、頬を真っ赤にした聖女さまの姿があった。

 う〜ん、可愛いが過ぎる。それに少しだけ……エロいですねぇ……。


「なあ、聖女さま。不可抗力って知ってる?」

「分かってる。……お、怒ってないから」

「ほなもう一回──」

「調子に……乗るなっ」

「ふごっ……!!」


 怒ってないらしいのでもう一回させてもらおうかと顔を寄せると、魔力強化済みの拳が飛んできた。

 あの、怪我人なんですけど……と思ったら体の傷がすでに治っていた。


 どうやら殴ったと同時に治癒魔法をかけたらしい。なんて器用な真似を……。


「まあ、これを教訓に何事も程々にしような。まさか俺も魔力強化のし過ぎで止まれなくなったとか聞いたことがないんですわ」

「うっ……走るのが気持ちよくなって」


 気持ちいいと止まらなくなるの、俺も分かるからぜ。……なんだ? 他意はないぞ!

 俺も修行して強くなった自覚があった時には大層調子に乗ったもんだ。んで、その度に師匠に挑んでぶっ転がされたわ。


『強くなったことを自覚するのは大事だがのぅ……精々慢心で足をすくわれないことじゃの』


 という師匠の言葉から、俺は強くなったとしても慢心はしないことにしている。

 どれだけ相手を追い詰めていても、たった一撃でも食らって……その一撃が致命傷になった瞬間、敗北が決定する。


 たかが一撃。されど一撃。

 とはいえ、しょんぼりしている聖女さまがしのびないので、俺は笑いながらぽんっと優しく肩を叩く。


「よくやったな。魔力強化は俺でも習得に一年以上時間を要した。それを六日で習得するとは大したもんだよ」

「…………そう……」


 聖女さまは頬に手を当てて後ろを向くと、ぴょんと小さく跳ねた。

 ──露骨に喜んでじゃねーか。可愛いかよ。

 この聖女さまは表情に出ないだけで感情表現は結構豊かなんだよなぁ……。


 そんなことを思いながら、俺はサッと懐からいつもの猫耳を取り出した。


「じゃ、制御ミスった罰ゲームね」

「え……」


 嘘でしょ……? と言わんばかりの愕然とした表情ではあったが、流石に慣れてきたのか、何も言わずに聖女さまは猫耳を装着した。うん、可愛い。


 さて、今日はどんな演技指導を……とワクワクした刹那、慌てた様子で鍛錬場に入ってきたメイとリースと目が合った。あ、やべ。


「おい……ッ! また襲撃……か……?」

「お二人とも大丈夫です……か……?」


 圧倒的沈黙ッ!! 凍結ッ!

 二人は目を丸くして俺と聖女さまを交互に見ている。

 傍目には聖女さまに猫耳をつけさせて脅してるようにしか見えない気がする。鋭いね、半分当たりだ。


 これがマジで俺側に下心が無ければ全力で弁解をする所存なんだけども、少なくとも俺の性癖を満たしてもらっているという負い目があるから完璧に否定することも難しい。


 よって、詰みデス!


「貴様ァ……?」


 リースがゆらりと幽鬼のように近づいてくる。

 マズイ。殺される。

 そ、そうだ……こういう時に止めてくれるのはいつだってメイだ……!


「ちゃ、ちゃうんや。め、メイさん? コイツを止め──メイさん!?」

「アルス様。これは一体どういうことですか?」


 なんかメイもブチギレてるんだけど!? なんで!?


 笑顔だけど! 笑顔だけど目が笑ってねぇ!


「……私だけだと思ってたのに」


 メイがポツリと何かを呟くが、混乱状態の俺の耳には何も情報が入ってこない。


「聖女さまァ! ヤツにナニカされませんでしたか!?」


 ──そうだ! 聖女さまに弁明してもらえば……!


 俺は祈るように聖女さまを見ると、彼女は先程のことを思い出したのか、ぽっと頬を染めながら言った。


「何も……され…………てない」

「貴様ァァァ!!!」

「俺は無実だァァァ!!」


 胸ぐらを掴んでくるリースに、己の身の潔白を叫ぶ。

 何もしてないわけじゃないけどアレは不可抗力です。よって無実! 閉廷! 俺は悪くありません!


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