第23話 そこに確かに"在"るんだ

「適当に色々買って村に仕送りすっか……」


 後ろ髪引かれる思いが無いかと言われれば素直に首を縦に振ることができない現状ではあるけども、いずれ待ち受ける純愛のために我慢しよう、うん。


 それに娼館に出入りしてることがバレればメイと聖女さまに汚いモノを見るかのような視線を浴びせられるかもしれないし。なんちゃら危うきに近寄らずとか言うしそんな感じよ。多分。


「つーかでけぇな……」


 花街から出て向かったのは、王都の中央に位置しているバザー通りである。

 あちらこちらで出店が開かれ、多くの人で賑わっているのが確認できた。


「おっちゃーん、その串焼きちょうだーい」

「あいよ。銅貨十枚ね」

「あざまーす!」


 さっきから鼻腔をくすぐる正体である串焼きを購入した俺は、串焼きにすぐさま齧り付くと、溢れ出る肉汁と肉本来の旨味が口の中に広がって幸せ状態になった。


「うっめ」


 串焼きにしてはやけに割高だなって思ったら納得の美味さだな。てか、この肉俺がよくレベルアップに使わせてもらってるイビルホーン先輩じゃないですか、ちっすちっす。


 経験値扱いされて、更には末路が露店の串焼きとはコイツも不憫だな。まあ、美味いからどうでもいいけど。


「どうせならメイと回りたかったなぁ〜」


 今や二人体制で聖女さまを守っている以上、自ずとフリーになるのは一人だけ。

 ま、護衛の仕事を放り出すわけにはいけねーし、贅沢言っても仕方ねぇか。


「さて……故郷への仕送りは……傷みやすい果物とかはダメだとして……いや、乾燥させた果実は大丈夫か。あとは村のガキどものための遊び道具やら……」


 俺の暮らしていた村は、特別寒村ってわけでもないごくごく普通の安泰な暮らしができた場所だが、如何せん普通すぎて娯楽が無い。


 子ども同士の遊びといえば専ら木の棒を剣に見立てたチャンバラだったり、草笛を作ったりなんだりと、やれることが少ない。


 なんだかんだ食べ物よりガキはこっちのほうが喜ぶだろ。

 というわけで、よくわからない遊び道具を露店で購入し、更には幾つかの食べ物や日用品を購入した俺は、軽くなった財布と同様心も軽くなった。


 何だろう。さも俺は花街じゃなくて故郷に仕送りするために街に行ったんですよ的な言い訳ができて良かった的な。言い訳の重厚さには自信があるぜ、俺は。


「よし、大体用事は終わったな」


 仕送りisどうやってすんの? という質問には、荷物配達の専門機関があるんです、って回答をしておこう。


 道中魔物が出る分料金は割高だが必要経費。

 主に配達機関で受付をして、あとは冒険者ギルドに委託するってのがおおよその流れだな。

 便利な世の中になったもんだ。


「んじゃ適当に王都を見て回ろうかねぇ」


 休日を買い物だけで終わらせるのは勿体ない、と俺はバザー通りを後にした。

 少し歩いたところで、俺は苦々しく顔を歪めた。


「こりゃ面倒だな」


 日当たりの良い中央通りには、馬車や人が行き交っていて正直歩きづらい。村の少人数で慣れてるせいで人酔いしそうだし。


 うぇ、と辟易した表情をしながらも、俺は表通りを外れて日当たりの悪い裏路地のほうへと足を伸ばす。


 少し進むとすぐに人気が無くなり、ジトッとした何とも言えない生暖かい空気が流れ始めた。

 勿論こんなところで臆する俺では無いものの、臭い、汚い、気持ち悪いの三重苦であることには間違いない。


 さっさと通り抜けよう、と視線を前方に向けると、ふらふらと覚束ない足取りで歩く銀髪ボブの少女の姿が見えた。


 傍から見ても顔色が悪いし、もしかしたら体調不良のあまり、この路地に迷い込んでしまった可能性もある。


「ふむ」


 俺は紳士的な顔つき(当社比)で思考する。

 これは助けなければいけないな、うん。騎士として当然のことだし? たとえ女の子がめっちゃ可愛いとしても? 全然下心なんか無いし?

 謎の言い訳を繰り広げながら、俺は改めてこちらに歩いてくる女の子を見る。


 まずもって顔面が良い。

 若干目つきが悪いものの、生来の顔立ちが幼いためにマイナスになっていない。


 美しい様相に、完璧なスタイル。

 女の子の観察には余念が無い俺には分かる。 

 しなやかな筋肉だ。無駄がなく、実戦的で均衡が取れていて、よく鍛えられていることが分かる。


 俺はゴホン! と咳払いをして、できるだけイケメンに聴こえる声で話し掛けた。


「お嬢さん、顔色悪いけど大丈夫──かァァい!?!? あっぶねェッ!!」


 ──シュン、と音も無く飛んできたナイフを間一髪で躱した俺は、それでも最後まで完璧にセリフを言ってみせた。

 なんでナイフぅ!? 投げたのは当然目の前の女の子ということになるが──もしかして声が気持ち悪かった感じ?


 話し掛けた瞬間、凄まじいスピードで俯いた姿勢から俺を見て……驚愕の表情を浮かべた時にはすでにナイフを手に持っていた少女。

 うん。どう考えても俺の声が気持ち悪かったとしか思わんわ。


「……【聖騎士】ッッ……! どうしてここに……ッ!」


 あれやっぱ違うっぽいわ。よかった〜。


「気持ち悪い声がしたと思えば、まさか目の前に暗殺対象がいるとはな……油断を誘う演技か?」

「泣くぞお前。良いのか? 泣くぞ俺は。言っておくけど成人男性だって大声で泣く時はあるんだからな?」


 最近は上げてから落とすのが流行ってんの? 

 なんで初対面の美少女にいきなり罵倒されなあかんのじゃ! ……ん? というか待てよ?

 

 ──どうして俺が【聖騎士】であることを目の前の少女は知っている?


 当然ながら未だ【聖騎士】が誕生したことは、箝口令が敷かれているため知る由もない。

 少女の姿は城でも見たことがないし、あからさまに向けられている殺意は紛れもなく本物。


 となると聖女さまを襲ってきた人物や雇い主と関係がある者なのか……背格好とかはどこかで見たような気がしないでもないけど……。


「何者だ? なぜ俺が【聖騎士】であることを知っている?」


 ふぅと息を吸ってから少女に問いかける。

 少女は端正な顔立ちを皮肉げに歪めると、懐からどこか見覚えるのある紫色の刃物を取り出した。

 まさか……いや、でもそんなはずは。


「あたしの毒はどうだったかい?」

「銀髪貧乳男装暗殺者だと……!? じ、実在したのか!?」

「誰が貧乳だ!! 幼少期のトレーニングのし過ぎで成長しなかっただけだよ!」

「あ、それってデマらしいよ。だからその貧乳は唯一のアイデンティティってわけ」

「殺す」


 目の前の少女が殺意でふるえている中、俺はただただ歓喜に打ち震えていた。

 心の性癖フォルダーに刻まれている、銀髪貧乳男装暗殺者とかいう性癖の厨装備。


 まさかこの世に実在しているとは思わなかった!

 ずっと諦めていた。いるわけがないって。


 銀髪貧乳でいいじゃない。そこに男装暗殺者を足さなくてもいいじゃない、って妥協に支配された俺の心が言っていた。


 ──違う。違うんだよ。

 銀髪貧乳も勿論素晴らしい。現に聖女さまは銀髪であり実に慎ましいお胸をしてらっしゃって、俺はいつもニコニコで過ごしている。


 でも、間違いなく、銀髪貧乳男装暗殺者でしか吸い取れない栄養分がある。

 俺は念願が叶ったことで、かつて無いほどに性欲が充填されていっていることを自覚した。


 心も体もフル勃起。おちんちんランド、これより開園いたします。


「また聖女さまを狙おうたってそうはいかないぜ? 【聖騎士】が護衛対象を見捨てるわけない。俺の言ったことを忘れたか?」


 正直言えばめちゃくちゃ可愛いし性癖にベストマッチしているので、グラグラと揺れる心が無いかといえば嘘になる。……最近の俺、自分の心に嘘つきすぎだろ。


「聖女か……私はお前さえ仕留めれば……お前さえいたくなれば……ッ」


 ギンッ、と俺を睨みつける少女の瞳には殺意が宿っていた。けれども、何かに耐えるような……恐怖……? いや、それもあるようだけど……。


 ともかく、そっちにも事情がありそうな気配はする。しかし、聖女さまを狙っている以上、護衛として見逃すわけにもいかない。


「だからこそ、俺がここで殺す選択肢を取ることは無い」


 メイとの約束。いや、お願いか。

 こんな物騒な世界で何と甘いことかと言われても、俺は不殺を貫くと誓ったのだ。 


 美女とのお願いだから? あ、うん、まあ理由の八割くらいはそうだけども、安易に人の生殺与奪を握ることはしたくない。握るのはムスコだけで良い。

 ま、俺の性根だわな。


 ふっ、と笑って、俺は剣を抜く。

 左手の人差し指をチョンチョンと動かし、俺は軽く挑発して言い放った。


「いいぜ、かかってこいよ。今度はしっかりダンスを踊ろうか」

「生憎と、人の手を取れるほど綺麗な手をしていない」


 こうもダンスの誘いを断られ続けると自信が失くなっていくぜ──っと危ない。

 一瞬の隙で懐に入ってきた少女のナイフを右に避ける。勿論毒です! と主張の激しいあの紫色のナイフだ。

 当たれば一発で終わり。掠ってもダメときたもんだ。


 相手は殺す気満々で、俺は捕縛する気満々。

 だがしかし、今回は護衛対象となる聖女さまがいない。つまりはフリーに俺らしく戦えるという証左にならない。

 加えてここは一直線の狭い路地裏だ。

 お陰で直線上の動きが予測しやすい。


「──っと、危ないなァ! 随分と過激なダンスが趣味のようだな!」

「例えがダンスしかないのか」

「ない!!」


 迫りくるナイフの連撃を躱し、躱せない部分のみ【性なる盾ホーリーシールド】を細かく使用するという小技を使いながら戦う俺。

 この暗殺者、意外と会話に付き合ってくれるんだよなぁ……。


 あと、どうにも────動きが悪い。


 鍛えてきた観察眼で、次の攻撃が隙の大きい右の大振りだと察知した俺は、右手に持った長剣で攻撃を防ぐ。


 そして、生まれた隙を狙って放った回し蹴りが、空いた腰にクリーンヒットした。


「──フッ……ッ!」

「ぐぁっ──ッ!」


 うめき声をあげながら吹っ飛んだ少女が、路地裏の壁にもんどりを打ちながら激突する。

 あちゃー……思ったより身体強化しすぎたか。

 レベルアップの恩恵が弊害になるとは思わんかったけども……。


「気絶、してるな」


 少女の元まで駆け寄ると、頭を壁に打ち付けたようで血を流しながら気絶していた。


「この傷なら問題はないか。──にしても、なーんか抱えてんのかねぇ……隈できてるし」


 気絶した少女の顔を間近で見ると、目の険が取れていて、可愛らしい顔立ちが際立っていた。

 普段の俺ならば、美少女の寝顔フェイスに邪な気持ちを一つや二つ……三つや四つくらい浮かぶものだが、今の俺は別のことを考えていた。


「うーん、幾ら地の利が俺にあるっていったってなぁ……あまりにも弱体化しすぎだろ」


 聖女さまを襲撃してきた時の少女はもっと強かったし、自分の強さや努力を裏打ちしたかのような正確無比で強力な一撃を主軸にしていたのだが……先の戦闘での彼女は、魔力強化に任せた乱雑な攻撃が多かった。


 俺に対する殺意と、別の何かに抱く恐怖……気になることは山積みだが、今のところは少女を王城にお持ち帰り(物理)することにしよう。


「さて、どう運ぶか。姫抱きは目立つし……ま、無難におんぶでええやろ!!」


 よいしょ、よいしょ、とできるだけ意識しないように少女をおんぶした刹那──ふにっ、と背中越しにおっぱいの膨らみを感じ、思考が停止する。



「これが──楽園エデンへと至る道……?」




 いやいや、俺は聖女さまを狙うおっぱいを連行する最中で──あくまで効率的な輸送方法をおっぱい。

 ダメだ思考が完全におっぱいに汚染されてる。


 ──いやいや待て。仕方なくねーか?


 きっと皆経験があるだろ!? 幼少期に通ってた村の小さな学校的なやつでさ、同級生の女の子と隣り合った時に触れた胸の感触が忘れられない的なやつがさ!! 


 まあ、俺の村に俺以外の子どもいなかったから知らねーけど。


 スンッ、と正気に立ち返った俺は、数十秒後に──やはり思考が汚染され始めて涙を流しながら歩き始めた。


「小さくても、そこに確かに"在る"ってことを俺は知れたよ。ありがとう、ちっぱい」

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