第33話 サイドストーリー・鳳凰の宿屋

 鳳凰の宿屋には、一般の客が入れない庭がある。

 上客のためにあつらえた庭園には、花々が咲き乱れ、声の美しい鳥が囀り、池には宝石のように色鮮やかな鯉が泳いでいる。

 

 その美しい庭が見える一室で、鳳蘭は花を生けていた。


「は? 今なんと?」


 剣山に蘭を刺そうとしていた鳳蘭の手が止まる。

 鳳蘭に聞き直されたぬらりひょんは、再度同じことを口にする。


「古蜘蛛の報告によりますと、ふるすましが倒されました。天がなにやらものすごい剣で、刺したようです。ふるすましは無に帰り、鳳凰神の守護札は天に持ち去られたようです」

「わかっている! 同じことを言うな!」

「え? じゃあ、我輩はなにを言えばいいと?」

「ものすごい剣とはなんだ!? そこをはっきりとさせろ! それに、私は命じたはずだ! 万が一ふるすましが倒されることがあれば、鳳凰神の守護札を必ず回収しろと。私が守護札を仕込んだと思われたら、どうするんだ!」

「鳳蘭殿ではなかったのですか?」


 鳳蘭はしばし沈黙したのち、どんよりとした冴えない表情で口を開いた。


「私にはそこまでの霊力はない。お祖父様だ」

「そうでしたか」

「そんなことはどうでもいい! 今すぐに天狗の宿屋に行って、守護札を回収しろ!」

「無理です」

「あなたは常連客だ。怪しまれずに、取って来れるだろう!」


 このぬらりひょんは、天狗の宿屋の古客。天の結婚式に参列し、そのあとの宴にも顔を出した。

 鳳蘭は大金を渡して密偵させているものの、渡した金とぬらりひょんが持ってくる情報量が釣り合っていない。さらには、ぬらりひょんののらりくらりとした態度が癇に障る。


 ぬらりひょんはいかつい顔の筋肉を寸分も動かすことなく、淡々と報告する。


「天狗の宿屋は建物の損傷が激しいとのことで、休業しています。建て直すそうです」

「廃業すればいいものを。金がないくせに、生意気なことをする」

「はい、金がない。そこで寄付を募ったところ、多くの寄付金が集まっているそうです。さすがは歴史ある宿。愛されている宿屋は違いますな」

「どこと比べて言っている?」

「どことも比べておりません。天殿も、比べることをしない。優劣にこだわっているのは、あなたかと」


 鳳蘭は大きく息を吸うと、能面を被ったような無の顔をぬらりひょんに向けた。


「天狗の宿屋を潰せ」

「無理です」

「どうにかしろ」

「鳳蘭殿がどうにかすればいいのでは?」


 鳳蘭は睨みつけたが、相手には怯む様子がない。

 このぬらりひょんは、鳳蘭の祖父と同年代。我儘な孫扱いされているようで、鳳蘭は悔しさから親指を噛んだ。


「無様な姿を晒したくない。だが、思い違いをするな。私が弱いんじゃない。天が強すぎるのだ。あいつがいなければ、私が一番だ」

「同年代に生まれた不幸ですな」


 大金を渡しても思い通りにならないぬらりひょんが同意したことに、鳳蘭は気を良くした。

 自尊心の高さゆえに隠していた過去を、ほんの少し明かす。


「私はなんでもできた。一番だった。あいつに出会う前までは……。天のほうが、力も才能も勝負勘も移動速度も顔も身長も脚の長さも、可愛い女の子に告白された回数も、男友達の数も、上! だが一番許せないのは、この私が天を宿敵扱いしているのに、ヤツは『家族の圧が強くて大変だな。おまえが一番ってことでいいよ』と、勝ちを譲ってくることだ!!」


 鳳蘭は手に持っていた蘭を壁に投げつけた。


「性格の良さ、器の大きさまでもが向こうが上! 許せない!!」

「昔を思い出しますな。あなたのお祖父様と天王様もそのような関係だった。お祖父様は天狗の宿屋を潰すことで、恨みを晴らしたいのでしょう」


 ぬらりひょんは壁に散った花びらを拾い集めると、鳳蘭に渡した。


「お祖父様の言いなりになってはいけません。あなたの人生を歩みなさい」

「……無理だ。あの人は怖い」


 鳳蘭はしばらく無言で、手にある蘭を見つめた。それから、ぼそりと言った。


「本当は天と……」


 襖の向こうからかけられた声に、鳳蘭は肩を跳ねさせた。


「鳳蘭様、恋白です。入ってもよろしいですか?」

「あっ、あぁっ!」


 鳳蘭がぬらりひょんに目で訴えると、ぬらりひょんは深く頷いた。

 入ってきた恋白にぬらりひょんは軽く頭を下げると、一言も発することなく、部屋から出ていった。


「なんのお話をしていらしたの?」

「たいした話ではない。それよりも美しく着飾っているが、どこかに出かけるのかい?」

「ふふっ」


 恋白は自慢するように両手を広げた。鳳蘭は買ってやったばかりの紫色の着物に、満足げに微笑んだ。


「美しい。恋白はなにを着ても似合うが、はっきりとした色合いの着物は特に似合う。素晴らしいね」

「嬉しいですわ」

「どころで、どこに行くんだい?」

「実家に行ってまいります」


 恋白はうっすらと笑った。その目にある不穏さに、鳳蘭は言葉を詰まらせた。


「鳳蘭様のお祖父様が教えてくださいましたの。わたくしの実家に、天たちが居候していると。問題は、文香という人間。天に媚びるだけでは飽き足らず、わたくしの両親に取り入って買い物三昧の贅沢をしていると! 許せないっ!!」


 鳳蘭は首を傾げた。ぬらりひょんから、文香はおとなしくて控えめな人間だとの報告を受けている。

 恋白は祖父に言い包められて、人間への憎しみを募らせているように思える。

 だが、人間の味方をする気はないので、玄関まで行って見送る。


「気をつけて行ってくるのだよ」

「はい」


 鳳蘭は笑顔で手を振ったが、恋白が見えなくなった途端、スッと真顔になった。

 

「私も恋白も、天が好きだからこそ苦しめてやりたいなどと、歪んでいる」

 

 

 


 

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