第29話 守護札

 明るい日差しに目を眇めながら、文香は見回した。

 覚之進と山成の姿がない。宿屋の建物は倒壊している。二人は、離れた場所に避難しているのだろう。

 天は、ふるすましと素手でやり合っている。体格差があるにもかかわらず、互角。

 天は相当に力が強いらしい。巨体のふるすましが繰り出す拳の連続技を器用にかわしながら、隙あらば殴りつけている。

 ふるすましは荒い息をし、肩が激しく上下している。だが、目には光がある。すぐに倒れそうにない。


「文香ちゃん!」


 天音が息を切らせて走ってきた。体の至るところが真っ赤に染まっている。


「怪我をしたのですか!?」

「違うの。これは、ふるすましの血。平気なのだけれど……」


 天音は、まっすぐな黒髪。だが、血のついた部分の髪が白っぽくなっており、さらには、うねっている。

 血は顔や手にもついている。血が付着した肌と、血が付着していない肌。両者の違いが、はっきりしている。血が付着した肌にはハリがなく、皺がある。


 文香は、ハッと息を呑んだ。

 ふるすましは、物を古くさせる鬼。その血が刀につくと錆び、皮膚につくと老化する。


 妖艶な美しさを持つ天音が、一気に老けてしまった。文香が見ている間にも、老化がさらに進み、老婆のような深い皺を顔や手の皮膚に刻みつけている。


 文香は羽団扇を持っていないほうの手で、天音の顔に触れた。


「大丈夫です! 天音様を絶対に元に戻します!」

「文香ちゃん……えっ?」


 天音は目を見開き、文香も唖然とした。

 羽団扇を持っている右手に感じる、ずしりとした重み。ワシの羽でできた羽団扇が、ギザギザがついた波打つ形状の剣へと変わっている。


「なんで……新しくなるんじゃないの……?」


 動揺する文香とは正反対に、天音は笑顔を弾けさせた。


「すごいわっ! 文香ちゃんの手は、新しくするだけじゃない。進化させることもできるのね!」

「え?」

「天ーーっ!! 文香ちゃん、すごいの! 羽団扇を最終形態に進化させたわよっ!」

「え、え?」


 混乱している文香と、手を叩いてはしゃいでいる天音。

 天は二人をチラッと見ると、背中に生えている黒翼こくよくから羽を五枚引き抜き、呪文を唱えた。


「ボウサマダラシサメッサアンスルヌアン!」


 天は羽に息を吹きかけた。すると、五枚の羽は小さな天狗の姿へと変わった。


「俺が戻ってくるまで、ヤツを足止めしろ」

「ういっす!」


 真っ赤な顔に、長い鼻。修験者の格好をした五人の天狗たちは、ふるすましに果敢に向かっていく。

 小さな体で敵うわけないと文香がハラハラしていると、小天狗たちは五芒星の位置につき、呪文を唱えた。

 ふるすましを突風が襲い、雷が直撃し、地割れが飲み込もうとする。


 天狗は天変地異を自由自在に操ることができると文香は聞いたことがあるが、それが本当であることを知った。

 天は、人間と変わらない容姿をしている。さらには、建物も料理も人間の世界とほぼ変わらない。そのせいでときたま、ここがあやかしの世界であることを忘れてしまう。

 だが、度肝を抜かれるほどの迫力ある戦いと、天変地異を作りだす天狗の力技を見てわかった。

 天はやはり天狗で、ここは間違いなく、あやかしの世界。

 改めて、自分はとんでもない世界にいるのだと青ざめる。


 飛んで来た天に、天音がぼやく。


「最初から羽を全部むしって、使役天狗に変えなさいよ。見てよ。私、おばあちゃんになっちゃった」

「いいじゃん」

「どこが!? 全然良くないわよっ!」


 天音はしかめっ面で、天の肩を叩いた。


「羽をむしるのを、随分と躊躇っていたようね」

「だって、あいつ不死身だし。天変地異を起こしても、死ぬわけじゃないからさ」

「言い訳はいりません。わかっているのよ。文香ちゃんの目が気になるんでしょう?」


 天は顔を流れる汗を手の甲で拭くと、文香をチラッと横目で見た。言い訳のようにボソッとこぼす。


「翼の毛が少ないと、かっこ悪いじゃん……」

「文香ちゃん。翼の毛量を気にする男って、どう思う?」

「え?」


 翼の毛量? 今まで一度も考えたことのない質問をされて、文香は焦りながらも精一杯答える。


「いいと思います! その人はその人なので!」

「文香ちゃんは優しいわね。今の若い子って、毛量を気にしすぎ。抜けても、また生えるのに」

「生え揃うまでが問題なんだ! 短い毛と長い毛が混在しているのって、かっこ悪いから! って、今はそんなことどうでもよくて。文香が蔵から戻ってきて安心した。よく頑張った」

「ありがとうございます。あの、なぜか剣に変わってしまって……大丈夫ですか?」

「あぁ、最高だ」


 文香は勝利の祈りを込めて、剣を天に渡した。

 ふるすましの動向を見ていた天音が、呟く。


「天は力が強いし、飛行も速い。剣も扱えるし、呪文だって的確に繰り出せる。それなのに、あれは倒れない。あの鬼は、かなりの強い力に守られているのね」

「だが、今日で終わりだ」


 天は、強気な笑みを唇に乗せた。


「文香が、羽団扇の最終形態である覇神はじんつるぎに変えてくれた。これで決着をつけてやる」



 文香は、安全な場所に避難しようと天音に誘われた。だが、断った。天の勇姿を、目に焼きつけたい。

 文香は動悸の激しい胸の上に手を置いて、戦いを見守る。

 天の黒髪が汗で張りついている様も、強い意志を感じさせる金色の瞳も、どんな状況でも失わない冷静さも、なにもかもが好ましい。


 ──好ましい。


 生まれて初めて抱いた、感情。

 愛されたいと思っていた。けれど、愛するということまでは考えたことがなかった。

 人間が天狗と一緒にいてもいいのだろうか。

 好きだからそばにいたいという思いと、好きだからこそ、迷惑をかけないために離れたほうがいいのではないかという思いの間で、揺れる。



 天は、ふるすましの頭上で呪文を唱えた。

 ギザギザに尖った波打つ剣に、天の霊力が流れていく。大天狗であった天王の霊力と混ざり合い、光を帯びる。霊力が剣全体に行き渡ると、眩い光が四方八方に放たれた。

 下に向けている剣先が伸びていく。

 覇神の剣の先がふるすましのモジャモジャの赤髪に触れた瞬間、一気に剣先が伸びた。

 ふるすましの体を覇神の剣が貫く。喉を切られたふるすましは声を上げることもなく、空気を震わせながら霧のように散った。


 天は、ふるすましがいた場所に立った。ふるすましを思わせるものは、なにも残っていない。

 だが、一枚の白紙が落ちている。


「あいつの胸にあったのは、これか」


 天は紙を拾った。裏返して絵柄が目に入った途端、怒りのままに握り潰した。


「やはり、あいつらの仕業だったか……」


 長方形のお札に描いてある絵は、鳳凰。

 鳳凰神の守護札がふるすましに血肉を操る力を与え、不死身にしていた。







 

 

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