第13話~目撃者~

 ピエタの村には、温泉が湧いており共同の浴場がある。魔族の住む北の大地との境、隔絶の山脈の麓に村があるのには、それなりの理由があった。隔絶の山脈は、その名の通り世界を分ける山脈だが、一方で貴重な鉱物資源の宝庫でもある。さらに、地熱が豊富な地域でもあった。ピエタの村は、規模は小さいながらも鉱物資源と地熱を利用した鍛冶職人達の村だ。そこで生産される武器は良質で知られ、リスタルトの騎士達に取っては貴重だった。そしてそれは、メリダ法国においても同様であった。

 

 魔族が北の大地に退いた後、メリダ法国へ避難していたピエタ村の住人の帰還に合わせて、神官カリア達が派遣される一方で、リスタルト側からも兵士が派遣される予定になっていた。


「あの様子だと、カリア様の魔力回復には、しばらくかかりそうですね」


 アンジェが呟くと胸元がもぞもぞと動いて、中から一匹のトカゲが顔を出した。アンジェが神の使徒と信じる、転生した魔王の姿だった。


「カリア様から魔力を頂けないとすると、どうしたらいいでしょうか?」

「仕方あるまい、他の者から力を頂くとしよう」


 アンジェ自身も昨晩、自らの魔力を魔王に捧げたので、そこまで魔力は残されていなかった。しかし、アンジェは自らの魔力許容量が大幅に上がっているのを感じていた。その事を魔王に尋ねた。


「魔力の器とは、破れない風船のようなものだ」


 人は器として、他の生き物よりも多くの魔力を蓄えることができる。それは、人が神と同じ姿で作られた所以であるとも言われる。そして、器の容量は先天的なものもあるが、訓練によって大きくすることもできる。ただし、最大値には個人差がある。本人のポテンシャルを越えた魔力の充填は、様々な障害を引き起こす。


「人が持つ魔力の量というのは、何で決まるのですか?」

「魔力の量は、欲望の強さや意思の力に比例すると言われている」

「欲望?」

「そうだ、求める心、欲する心が強き者がより多くの魔力を蓄えることができる。そういう意味でお前には素質がある」

「私の、欲する欲望……」

「お前達は教会の教えを誤解している。欲望を抑え込むことで増幅させ、魔力を蓄える方法も確かにある。しかし、真の教えは欲望を解放させ、増大させることだ」


 それは、魔王が適当にごまかした言葉だったが、奥底にある欲望を神によって肯定された気がして、アンジェは嬉しかった。


「あの、アンジェ様?」


 背後から若い男の声がした。魔王トカゲが胸元に隠れる。アンジェが振り返ると、そこにはピエタ村の若者がいた。確か、鍛冶職人で若手ながら、筋が良いと評判の男だ。


「どうかされましたか?」

「あっ、いえ。その、少しだけお話できないかと思いまして」


 アンジュはその若者をよく見た。鍛冶仕事をしているだけあって、身体つきは逞しかった。湯浴みに行く途中だからと断ろうとすると、頭の中に声が聞こえた。


「その男、少し興味がある。昨晩の高台へ連れ出すのだ」


 驚いたことに、魔王は若者の身体から、かすかに魔族の力を感じていた。人間の村に住む若者からなぜ魔族の力がするのか、その理由を知りたかった。

 頭の中の声に従い、アンジェは若者に笑顔を向けた。


「あまり、人には聞かれたくないお話ですか?」


 若者は、周囲の目を気にしながら、頷いた。


「では、少し歩きましょう」


 アンジェは、昨晩と同じ高台への道を歩いた。魔王トカゲは、アンジェの服の中から、男に向かって心を読む《読心(リード)》の魔法を使用した。しかし、トカゲ程度の魔力では男の心を読むことができなかった。精神に作用する魔力への抵抗力は、その対称が持っている魔力に比例する。

 こんな村の男程度の魔力に打ち勝てない事に、魔王は愕然としたが、思い直してアンジェに語りかけた。魔力を奪えば、抵抗力を奪うことにもなる。


「アンジェ、その男の力、貰い受けるのだ」

「ええっ! ここで、ですか!」

「ここなら、そう簡単に人は来ぬ。若い男の力、そなたも欲しかろう」

「で、でも……」


 魔王は、アンジェの胎内に埋め込んだ《萌芽》に力を送った。下腹部から熱が昇り、全身を巡る。アンジェの瞳が情欲に潤む。

 昨晩と同じ高台に、アンジェと男は二人で立っていた。アンジェの法衣の裾が風に吹かれて翻る。白い生足が男の眼前に現れた。それを見て、男はハッとした表情を浮かべた。


「やっぱり、昨晩ここにいたのは……」

「えっ?」


 見られていた、昨晩の姿を。その事実にアンジェは羞恥で顔を真っ赤に染めた。そして同時に、言われようのない興奮が身体の奥から湧き上がってきていた。


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