第18話 東国入り

 目覚めると、眼下に見慣れぬ景色が広がっていた。しばらく意識を失っていたようだ。だいぶ移動したのだろう。


「ユフス大河を渡りました。ここはいわゆる、東国ですね」


 ユフス大河は、聖都のある中央大陸と東国とを分ける海峡だ。あまりに細長いので、大河と呼ばれているが。


「東国へ向かうのは良い決断だ。助かったよ、シャルパン」


「消去法でそうなったまでのことです。大聖女と対等に渡り合える【ロード】の庇護下に入らねば、教会の攻勢から逃れることは難しいですからね」


 ロードとはすなわち、大聖女と対等な同盟関係を持つ各種族の王だ。


 ドラゴン族の王、ロード・アイレスフォード。

 獣人族の王、ロード・カステルバルコ。

 そして、東国の人間たちの王、ロード・ダン・レイブンの3人のロードがいる。


「鴉羽将軍ことロード・ダン・レイブンの威光を借りれば、教会も迂闊に手は出せないでしょうね」


 東国の人は皆、鴉羽将軍という通り名で呼んでいた。


「教会には、ヒナビという【人質】を寄越すことで同盟を保っている状態だった。だからこそ、ヒナビを同行させれば、東国側が有利になるはずだ」


 東国の山城が徐々に近づいてくるなか、俺は目論見を口にする。


「問題は、鴉羽将軍が我らを受け入れるかどうか、ですね」


 着陸し、ヒナビを山城に運び込むと、大勢の侍や女中たちが出迎え、ヒナビを手当した。


 俺達も一息ついていると、大広間の向こうから、異質な魔力が感じて取れた。


「情けない限りだな、大篝鄙火。聖騎士として四聖憲にまで上り詰めておいて、役目も果たせずおめおめと帰ってくるとは」


 黒衣の剣士が奥から姿を表した。鴉羽将軍という通称の通り、黒い羽毛に覆われた甲冑を着ている。静かな威圧感を秘めた歴戦の戦士だと分かる。


 重傷を負ったヒナビにかける言葉がそれとは、厳格な人物のようだ。


「レイブンどの。ヒナビさんは立派に務めを果たしました。教会に仇なす悪魔と戦い、私たちを救ってくださったのですから」


 ウルスラ様が擁護するが、それでもなお、レイブンは険しい表情を崩さない。


「大聖女様を守り抜くなど当たり前のこと。できなければ自害する程のことだ。現に、悪魔に憑依される失態を犯した聖騎士ライアンは、自害したようだしな」


「そんな……」


 ウルスラ様は衝撃のあまり瞠目する。俺は驚きのあまり声も出せなかった。あのライアンが自殺したというのか。


 だが考えてみれば当然か。俺を殺し、悪魔に後れを取って聖都を荒らしたのだ。多くの聖騎士も殺した。実直な性格のあいつが自責の念に耐えられるわけはない。


 俺は悔しさをこらえようと、拳を握りしめた。爪が掌に食い込み、血が滴る。何としてでも、かの悪魔を討滅し、仲間の無念を晴らさなければならない。


「私のせいで……私のせいでこんなことになり、申し開きのしようもありません。ユークどの」


 驚くべきことに、ウルスラ様は俺の正体を当ててみせた。


「ウルスラ様、一体いつから……」


「憑依が解かれた時からです。ユークどのには大変な苦労を掛けました。転生してもなお私に忠義を尽くしてくださるその誠意に、深く感謝申し上げます」


 ウルスラ様は額を床に擦り付け、俺に謝意を示した。まさか教会のトップに頭を下げさせる日が来るとは思わなかった。が、今までの艱難辛苦が、少し報われたような気がした。


「頭をお上げください! ウルスラ様。我ら聖騎士は皆、身命を賭して教会の教えを守る覚悟。仲間の死も、自分の命も、厭うことはありません!」


「申し訳ありません……申し訳ありません……」


 ウルスラ様は涙ながらに謝罪し続けた。

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