■6■ 奇襲

 ルシアとリムネッタが中央広場に辿り着いた頃には、半マイルほど離れた北面だけでなく、ルシアとリムネッタが走ってきた町の西側からも火の手が上がっていた。異変に気づいた町の人達が、パニックに陥っている。


「誰かっ!」


 赤子を抱き抱えた母親が、泣き崩れながら祈りを捧げている。ルシアは意を決してその場にいる全員に向かって言い放つ。


「第一騎士団のルシアです! 城のある東へ逃げて下さい! あなた方は、必ず私達が、守ります!」


 ルシアの声に、その場にいた全員がルシアとリムネッタに目を向ける。


「ルシア将軍だ!」

「リムネッタ騎士団長もいるぞ!」


 ルシアの声を聞いて、みんなが安心するのが分かる。迫り来る敵兵を恐れ、ただ怯えてうずくまるだけだった人達もルシアの言葉に安心すると、立ち上がって移動を始めた。


「リムネッタ、第一と第二、それぞれ持ち場に急ごう!」

「うん!」


 広場にいる人達を見送った後は、既に戦っている騎士団や兵士のみんなに合流して、一刻も早く戦線に立たなければならない。ルシアは第一騎士団が受け持つ西へ、リムネッタは第二騎士団が受け持つ北へと、それぞれ全力で駆け出した。




「はぁっ、はぁっ、はぁ……」


 ルシアが息も絶え絶えになりながら西側の戦線に到着した時、そこに広がっていたのは凄惨な光景だった。家々からは火の手が上がり、騎士団の人達や兵士達が必死で交戦している。動かなくなった町の人がところどころに倒れており、それを敵の兵が踏みつけ、蹴飛ばしていく。ルシアは残酷な現実を目の当たりにして、頭の中が真っ白になった。


「うっ、うぅぅ……」


 少し離れた場所に建っている家のドアが開き、燃え盛る家から一人の少女が出てくる。


「君は……ライラ!?」


 頭から血を流しながら家の外に這い出てきたのは、ルシアがお祭りで話した短髪の少女、ライラだった。


「痛いよ……痛いよ……」


 血と汗と涙が混じり、少女の頬を伝う。ルシアはライラのもとに駆けつけ、少女を支えた。


「ライラ、しっかりっ!」


 ルシアはライラの肩を抱く。背中や腹部からも血が出ていた。


「来て、くれたんだ……。助けに、来てくれたんだ……」


 ライラは、痛みがあるにも関わらず、ルシアを見て安心した表情を見せる。


「パパも……ママも……リーゼも……みんな……ぐすっ……」


 苦痛と悲しみで顔が歪み、ライラの頬を涙が伝う。


「大丈夫……もう、大丈夫だからね!」


 ルシアは血で赤く汚れた頬を指で拭う。ルシア自身、何がどう大丈夫なのか分からなかったけれど、それ以外の言葉が見つからなかった。


「うぅっ……」


 再びライラが痛みに顔を歪ませる。


「パパ……ママ……リーゼ……」

「ライラッ!」

「痛い……痛いよ……痛い……」


 ライラが発した言葉は、それが最後だった。ぐったりと身体をルシアに預けている。気がつくと、ルシアの頬にも涙が流れていた。


「なんで……どうして……」


 ルシアの口からこぼれたのは、言葉にならない声の断片だけだった。


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幼い頃。

ささやかな幸せが続くことを、ルシアは望んだ。

一つでも多くの小さな幸せを、その手で守ろうと心に誓った。


今この瞬間。

多くの幸せが目の前で踏みにじられ、ルシアは泣いた。

目の前の小さな幸せすら守れない現実に、強く胸を締め付けられた。


涙を拭い、ルシアは前を向いた。

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