第四章 祭りの夜
■1■ 騎士団長の日常
状況は、停滞していた。これといって大きな戦争もなく、シュネー国も沈黙を守ったままで、表面上は平和な日々が過ぎていった。
ルシアとリムネッタが騎士団長になってから半年以上が過ぎ、生活も落ち着いてきた頃。国王就任三周年を祝うパレードが催されることになった。それはルシアとリムネッタにとって、騎士団長就任後、初めての晴れ舞台でもあった。一方で、シュネー国からの使者が何度かブルーメ国に出入りしており、水面下では緊張が続いていた。
……
…
「振り下ろす時はもっと思い切って!」
「はいっ!」
ルシアの声に、元気のいい返事が返ってくる。ルシアは城の訓練場で、数人の騎士の少女たちと剣術の練習をしていた。
「一、二、三、四……!」
騎士団の少女達も、ルシアに倣って木剣を振る。
「次は、二人一組で模擬戦ね」
「はい!」
少女達は二人一組になって散り散りになると、向い合って木剣を向け合う。ルシアは、少し離れた樹の下に移動すると、立ったままその様子を見守った。
「ルシアさん、お疲れ様です」
ルシアの後ろから声がかかる。シャルロッテだった。
「あれ? そっちの仕事はもう終わったの?」
「はい、つつがなく終えまして、報告に参りました」
「流石シャルロッテ、早いね」
「お褒めにあずかり光栄です」
やんわりと笑みを浮かべるシャルロッテ。事前にヘンリエッタから聞いていた通り、何でも卒なくこなしてしまう優秀な子だった。
「最近は平和ですね……怖いくらいに」
シャルロッテがぽつりとつぶやく。凪のように静かで争いもない、当たり前の毎日。周辺諸国の戦争の噂も、ここ最近はぱったりと途絶えていた。
「近々、大きな戦争がある前触れなのかもしれません」
「ヘンリエッタさん、何か言ってたの?」
ルシアが尋ねると、シャルロッテは小さく首を振る。
「そういう訳ではないのですが……」
シャルロッテは神妙な表情で遠く彼方に視線を向ける。ヘンリエッタは、国政に関することを妹であるシャルロッテにも一切話さなかった。たとえ全幅の信頼を置く妹であっても、国の機密を話すことはしない。しかしシャルロッテは姉の様子から、水面下で何か不穏な事態が進行しているのを察していた。
「……」
ルシアは模擬戦を行う騎士団の少女達を無言で見つめる。純粋で、まっすぐに国を守るために研鑽を積む少女達。ルシアよりも年上の人も多い。後から入って来ていきなり副長になったルシアを歓迎し、支えてくれた大切な仲間だった。そんな彼女達を、ルシアは一人たりとも死なせたくはなかった。
「ルシア将軍、お相手お願いしまーすっ!」
一人の少女が大きく手を振りながらルシアに声をかける。ルシアと同い年で、最近入った元気で活発な子だった。
「うん、オッケー。今行く!」
ルシアは一歩踏み出して立ち止まり、その場でシャルロッテを振り返る。
「今は一つ一つ、出来ることを積み重ねていくだけだよ」
ルシアが言うと、シャルロッテは軽く笑みを浮かべた。
「そうですね……行ってらっしゃい」
軽く手を振り、シャルロッテはルシアを見送った。
……
…
「ま、参りました、ルシア将軍ー……」
少女はその場に座り込む。
「お疲れ様、大分腕を上げたね」
ルシアが手を差し伸べると、笑顔で握り返してくる。
「えへへ、ありがとうございます。でもいつか、絶対ルシア将軍を超えてみせますからね!」
「うん、その意気だよ」
少女は服についた汚れを払うと、ルシアに向き直った。
「それではルシア将軍、ありがとうございました!」
「こちらこそ、ありがとうございました」
お互い一礼して別れる。駆け足で離れていく少女の後ろ姿をルシアが見ていると、シャルロッテが近づいてきた。
「ルシアさん、お疲れ様でした」
「ありがとう、シャルロッテ」
「……次は、私とお手合わせお願いできますか?」
シャルロッテは軽い兵装を身につけ、練習用の木剣を手にしていた。
「うん、いいよ」
ルシアは快諾する。シャルロッテと模擬戦をするのは久しぶりだった。
「それじゃあ早速……よろしくお願いします」
ルシアはそのままシャルロッテに向かって一礼した後、静かに構えをとる。
「よろしくお願い致します」
シャルロッテも同じく一礼した後、木剣を構える。シャルロッテは剣術にも非常に長けていて、ルシアやリムネッタを除けば、騎士団の中で一二を争う強さだった。動タイプのルシアとは対照的に戦闘スタイルは徹底した静タイプで、風のない水面に浮き立つように、静かにふんわりと構えをとる。向かい合っていると、シャルロッテがさらに深く神経を研ぎ澄ますのが分かり、呼吸すらしていないのではないかと思ってしまうほど気配が薄くなり、隙も無くなっていく。
シャルロッテの集中力は、時間が経つごとにどんどん高まっていく。その集中が極限まで達すると完全に隙が無くなり、ルシアでもまったく手が出せなくなる。そうなる前に、ルシアは自分から仕掛けていった。右の前方へ足を大きく一歩踏み出し、一気にシャルロッテとの距離を詰める。シャルロッテはその機を逃さず、横から木剣を振るい攻撃を試みる。しかし、ルシアは二歩目でやや不安定になりつつも身体を倒れ込ませてシャルロッテの斬撃をかわすと、三歩目では力強くシャルロッテの懐に踏み込み木剣を振るう。目にも留まらぬ一連の攻防が終わった時には、シャルロッテの脇腹にルシアの斬撃が見事に決まっていた。
「……っ!」
「勝負あり、だね」
ルシアは少し得意げに言う。シャルロッテは一蹴目を見開いて驚きの表情を見せたが、徐々にいつもの無表情に戻っていった。
「……私、負けたんですね」
シャルロッテは落ち着いた声で確認する。
「二人ともすごいすごーい! カッコいーっ!」
突然、黄色い声があがる、いつの間にか、他の少女たちも集まってきていた。
「ほらほら、みんな、練習に戻って」
「はーい!」
ルシアが言うと、騎士の少女たちはそれぞれまた散り散りになって練習を再開したのだった。
……
…
ルシアとシャルロッテが模擬戦をしていた頃、リムネッタは団長室で事務仕事をしていた。
「ねぇねぇ、リムネッタ。パレード中の巡回当番はこっちで決めるの?」
短髪の少女がリムネッタに尋ねる。
「そうね。ヘンリエッタさんからは、私達で第一と第二、両方の当番表を作るように言われてるから、早めに作ってチェックしてもらわないと。お手伝いお願いできる?」
「もちろん! 頑張っちゃうよ!」
「ありがとう、ニコ。わたしが第一騎士団の方を作るから、あなたは第二騎士団のをお願いね」
リムネッタは書類の半分を短髪の少女──ニコと呼ばれた少女に手渡す。ニコはリムネッタよりも一つ年上で、第二騎士団の副長を務めていた。
「了解でーす! えっと、平原のある西側が第一騎士団の持ち場で、森のある北側がボク達第二騎士団の担当なんだよね」
「うん、その通りよ。お願いね」
「任せて!」
二人は仕事机を挟んで向かい合い、せっせと書類を作ってまとめていく。二人が行っていたのは、数日後に控えたパレードの準備だった。
「……」
「……」
それからしばらく、二人は黙々とそれぞれの作業をこなす。
「……終わったよ、リムネッタ。こんな感じでどうかなぁ?」
「あら早いのね」
先に作業を終えたのはニコだった。ニコが担当した第二騎士団は第一騎士団よりも人数が少なく、その分作るのも早く終わったのだった。
「……うん、大丈夫、お疲れ様。あとは買い出しなんだけど、リストは……」
「大丈夫! 全部覚えてますぅ! それじゃ、行ってきまーす」
ニコは得意げに笑みを浮かべると、タタタッと慌ただしく部屋から出ていく。
「行ってらっしゃい、気をつけてね……って、もう聞こえてないね」
嵐のように出ていくニコを、リムネッタは苦笑交じりに見送った。
「あんなに勢いよく駆け足で……怪我とかしなければいいけれど」
ニコはモント国の出身であったが、国が滅びた後で母親と二人で逃げ延び、ブルーメ国に住むことになった、いわゆる難民だった。そのあと必死になって努力を積み重ね、他国出身者でありながら異例とも言える騎士登用の門を突破したのだった。出身地の条件が緩和されたのも、騎士登用における身分制限撤廃の一環だった。
「さて、わたしは続きをやらなきゃ。ルシアも今頃頑張ってるでしょうしね、うふふ」
リムネッタは一人、作業に戻ったのだった。
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