■5■ 日常業務

 ルシアとリムネッタの一日は朝の自主訓練から始まり、午前中は騎士団の訓練、財務状況の記録管理、城の警備確認、その他の雑務、そして団長業務の補佐に当たることになっている。


「リムネッタ、調子はどう?」


 調理場の入り口に立ったルシアが声をかける。リムネッタはちょうど調理室で昼食の準備を手伝っているところだった。


「ルシア、来たのね。好調だよ」


 今日はいつもより仕事の量が少なく、ルシアもリムネッタも午前中の仕事は早々に終わってしまった。午後には城下の巡回等があるが、それまでの時間が空白になる。そのため、団長の許可をもらってそれぞれ城の中の仕事を手伝って回っていた。


「うん、味付けもバッチリ」


 小皿にとったスープにそっと口をつけると、リムネッタは可愛く手で丸を作ってルシアに向けた。


「私も!」


 リムネッタが持っていた小皿を手に取ると、ルシアも口をつける。


「うん、流石リムネッタ! すごく美味しいよ!」


 リムネッタの真似をして、ルシアも手で丸を作ってリムネッタに向けた。


「うふふ、ありがとう、ルシア」


 嬉しそうな笑顔で答えるリムネッタ。


「お二方、仲がよろしいのは構わないけど、お仕事の方もちゃんとしてくださいな」

「はーい」


 恰幅のいい中年女性に言われて、ルシアとリムネッタは一緒に返事をする。午前中の仕事が早めに終わった日、調理場の手伝いに入る時のリムネッタはいつも活き活きしていた。そんな嬉しそうなリムネッタの姿を見ると、ルシアも自然と嬉しくなってしまうのだった。




……





 団長室の部屋の前。ルシアはトントントン、とドアを叩く。午後の仕事も早々に終わり、今日の仕事はひと通り終わったため、団長へと報告に来ていたのだった。


「どなた?」

「ルシアです」

「入って」


 ルシアは一礼して部屋に入る。少し広めの部屋の中央には来客用のテーブルと椅子がある。奥には仕事机があり、そこに座っていた女性はルシアに視線を向けた。


「城の仕事はもう終わったのかしら?」


 部屋の奥で仕事をしていた女性──ヘンリエッタ・フォン・リューブルクは顔を上げると、ルシアに問いかけた。ルシアより頭一つ分ほど高い背、長くまっすぐな金色の髪、端正で凛々しい顔立ち──彼女の前に立つだけで自然と背筋が伸び、姿勢を正してしまうような風格のある、第一騎士団の団長だった。


「今日中にやるべき仕事は全て終えてきました」

「はい、頑張りましたね」


 ヘンリエッタはねぎらいの言葉をかけると、再び口を開く。


「今、お茶淹れるわね」

「あ、お茶なら私が淹れます!」


 立ち上がったヘンリエッタをルシアが呼び止める。


「あらそう? それじゃあお願いしようかしら」


 そう言ってヘンリエッタは来客用の椅子に腰を下ろす。ルシアは部屋の備え付けのお茶入れの前に行くと、慣れた手つきで二人分のお茶を用意した。


「どうぞ、ヘンリエッタさん」


 ことり、とお茶を来客用のテーブルに置く。ほんのりした酸味のある香りがルシアの鼻をくすぐった。


「ありがとう。さ、ルシアも座って」


 ヘンリエッタは自分の向かい側にルシアを促す。


「ありがとうございます」


 ルシアも椅子に腰を下ろす。日々の仕事の合間の小休止だった。陽の光が部屋に差し込み、中を明るく照らす。耳を澄ますと、遠くから町の喧騒が聞こえてくる。湯気と一緒に立ち昇る芳香が二人を包み、酸味が少し強めの紅茶を少しずつ口にする。そうしてしばらく言葉も無く、この時間と空間をゆったりと共有した。


「城の仕事は、もう全部覚えられたかしら?」


 紅茶が半分くらい無くなった頃、口を開いたのはヘンリエッタだった。


「一通りは覚えられたけど、まだまだです。明日も明後日も、少しでも要領よくできるように頑張ります」

「その意気込みなら大丈夫ね」


 にっこりと笑みを浮かべると、ヘンリエッタは続ける。


「彼女……リムネッタはどうしてるかしら?」

「んっと、リムネッタもアニエスさんの団長室に向かうと言っていました」

「そう。あの子も、とっても頑張り屋さんよね」


 紅茶を一口だけ飲んでから、ヘンリエッタは続ける。


「もうすぐ私達は騎士団長の任を降りるけど、その後はリムネッタと協力し合って騎士団を引っ張っていくのよ」

「ヘンリエッタさん……」


 ヘンリエッタもアニエスも現在十九歳。一ヶ月後には騎士団長の任を降りることが決まっており、ルシアとリムネッタがそれぞれ副団長から団長に昇格することが決まっていた。ヘンリエッタは騎士の任を解かれた後も城に残り、軍師として働くことになっている。しかし、今までみたいに気軽に会える機会がなくなる事は確実だった。


「あっ、そういえば」


 ふと何か思い出したように、ヘンリエッタはカップの縁をトンッと指でタップする。


「私の妹が入れ替わりで第一騎士団に入ってくるから、よろしくね」

「妹さん、いるんですか?」


 ルシアには初耳だった。


「えぇ。年齢は十五歳、あなたより一つだけ年下ね。名前はシャルロッテ。捉えどころがなくて少し変わったところもある子だけど、姉としての贔屓目を差し引いても賢くて優しくて優秀、おまけに素直ないい子よ」

「シャルロッテ……」


 ルシアにはその妹がどんな子なのか想像出来なかったが、ヘンリエッタがここまで言うのであれば、とても立派な子なんだろうと思った。


「早くそのシャルロッテって子に会ってみたいですね」

「ふふっ」

「?」


 ルシアの言葉に、ヘンリエッタは少し意味深な笑みをこぼす。ルシアにはその意味が分からず、不思議そうな表情を浮かべた。


「さて、そろそろ休憩も終わりにしましょうか」


 ヘンリエッタは休憩の終わりを宣言すると、すっと立ち上がった。


「ルシア、この後は私の仕事を手伝ってもらえるかしら?」

「はい、もちろん!」


 残った紅茶を一気に飲み干すと、ルシアもヘンリエッタに続いて慌てて立ち上がった。

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