■5■ 王位継承

 それから半年ほどの月日が流れ、王位継承に伴うパレードが行われる日がやってきた。次に王位につくのは、幼い頃より神童と呼ばれた聡明な人物で、町中その話題で持ちきりだった。


 その日は出店も朝からたくさん出ていて、人々の表情は明るかった。大陸の不安定な情勢に不安を感じる人も多かったが、今日くらいはその不安を忘れて明るく騒ぎたい──そんな感情が見て取れた。町の人が警戒を緩める分、兵士達は普段より警戒を強くしていた。


「この町、こんなにたくさんの人がいたんだね! ねぇリムネッタ、もっと前に行こうよ!」

「ルシア、待ってよー」


 澄み渡った空の広がる、いい天気だった。ルシアはリムネッタの手を引き、パレードがよく見える最前列へと人ごみをかきわけていく。リムネッタは長いスカート姿だったので、少し歩きにくそうだった。


「あの人が、新しい国王なんだね」

「うん」


 二十半ばと思われるその青年は、噂どおりの凛とした出で立ちで、観衆に手を振っていた。多くの兵士がその周りを警護しながら、大通りを闊歩していく。そしてその先頭には、他とは違う煌びやかな鎧を身に着けた二人の女性が肩を並べて兵士達を率いていた。


「すごい……」


 ルシアが思わず声を漏らしたのと同時に、わぁっと観衆から声があがる。先頭に立つ二人の女性は、第一と第二、それぞれの現在の騎士団長だった。長く綺麗な金の髪を風に揺らし、威風堂々と歩く明るい女性。もう一人は、黒い髪を後ろで一つに束ね、眼鏡をかけた知性的な雰囲気の女性だった。


「あの二人が、今の騎士団長だよね」


 ルシアが確認すると、リムネッタは「うん」と小さく頷く。


「リューブルク家のヘンリエッタさんと、シモン家のアニエスさん。わたしもあまり話したことは無いのだけど、お二人とも、とても尊敬できる立派な人たちだよ」


 言い終わってからリムネッタは「金色の髪の方がヘンリエッタさんね」と小さく付け加えた。


「リムネッタと私も、いつかはあんな風にみんなの前で歩いたりするのかな」


 ルシアは、その日のことを想像する。リムネッタはそんなルシアを見つめていた。


「でも、リムネッタの場合……」

「わたしの場合?」

「えっと、うーん……何でもない」


 ルシアは少し笑いをこらえるような表情で誤魔化す。


「あっ、ルシアーっ! 今、少し失礼なこと想像したでしょ!」

「えっ、ご、ごめんね! ついリムネッタが転ぶシーンが思い浮かんじゃって……」

「もう、ルシアったらー!」

「ごめんってばー」


 プンッと頬を膨らませるリムネッタを、ルシアがなだめる。こうして話すのも、二人にとってはとても楽しい時間だった。


「あっ、王様があんなに遠くに! リムネッタ、追うよ!」

「ちょ、ちょっと、ルシア!」

「ほら、早く早くっ♪」

「もぅ、ルシアったら……」


 まごつくリムネッタの手首をしっかり握り、ルシアは駆け出す。頬を膨らませていたリムネッタの表情も、明るいルシアに手を引かれ、自然と笑顔に変わっていった。




……





 夜、パレードはお祭りへと移り変わっていった。中央広場では大きく火が焚かれ、満月の光と相まって、幻想的な祭りの雰囲気を醸し出している。人々は自由気ままに歓談して踊り回り、弦楽器や打楽器の音が流れてくる。少女たち数名が、踊りの輪の中心で模造の剣を手に取り、動きの激しい剣舞を見せていた。


「あれが騎士団の娘たちか」

「若いのにすごいのねぇ。ここ数年は特に、優秀な娘たちが集まってるって話よ」

「へぇ、そうなのかい」


 人々の声が聞こえてくる。ルシアとリムネッタも、その騎士団の少女達の舞に目を向けた。


「すごい……」


 ルシアは思わずその舞に見とれてしまった。昼間見た二人もいる。昼の凛々しい鎧の姿とは打って変わって、神秘的な光沢を放つ白絹の服を着た少女達は、剣を手にしながら激しいリズムを刻み、幻想的な舞を見せている。その場にいる皆がとても楽しそうで、ルシアもリムネッタも場の空気に飲み込まれてしまった。


「リムネッタ、みんな踊ってるよ。私達も踊ろう?」


 ルシアが手を差し伸べると、リムネッタは小さく頷いて、遠慮がちに手をとった。魔法のようなひと時と言う時間があるのならば、二人にとって今がその時だった。絶え間なく流れる音楽、幻想的な光景……踊りはまだそんなに上手くなくても、二人は皆の輪の中に入って、楽しく踊っていた。二人の頬が上気し、顔が近づく。時が経つのも忘れて、二人は踊り続けたのだった。




……





 そうしてしばらく踊った後、二人は踊りの輪から離れた。少し人気の少ない場所に移動する。


「やっぱり、リムネッタはこういう踊りすごく上手だね」

「そんなことないよ。ルシアも上手だったよ」


 二人の頬はまだ赤かった。まだ踊り続けている人はいたが、少しずつ人も減ってきていた。


「リムネッタ、喉が渇いたよね。ちょっと待ってて。向こうで飲み物、買ってくるから」

「あ、待って、わたしも……」

「ううん、リムネッタはここで待ってて。すぐ戻ってくるから」

「……うん、分かった、待ってる」


 ルシアは軽く手を振ると、タッタッタッとすぐ近くの露店に向かっていった。




「これと……これ、ください」

「あいよ」

「はい、お金」

「ちょうどね、ほれどうぞ」


 気前のいいおじさんが、二人分の飲み物を渡してくれた。ガラスのビンに入ったその飲み物を受け取ると、踵を返してリムネッタの待つ場所へと向かう。


「リムネッタは葡萄の飲み物が好きなんだよね」


 そう呟いて人混みから少し離れた石段の上に目を向けると、そこには同い年くらいの一人の少女がいた。


「あの子……」


 ウェーブがかった金色の長い髪に、キリッと少しつりあがった目。細部まで細かい装飾にこだわった立派なドレスは、まるでその少女だけのために作られたように馴染んでいた。満月を見上げ、手をかざすその様子は、他の何者も寄せ付けないような、神秘的な雰囲気を漂わせている。


「……」


 ルシアは少しの間、その少女に見入ってしまった。少女の周囲だけ、時間の流れが緩やかになり、風もゆっくりとかき消えていく……ルシアには、そう感じられた。


「あっ」


 不意にその時、少女と視線が合った。少女は何か表情を浮かべるわけでもなく、ルシアを見つめる。とても綺麗な瞳だった。ルシアには大分長いこと見つめ合っていたように感じられたが、実際はほんの数秒のことだったのかもしれない。しばらく絡み合った二人の視線は、ふっとほつれて離れていく。


「あ! そうだ、早くリムネッタのところに戻らないと!」


 飲み物のことを思い出して、ルシアはその場から離れた。ふと、ルシアがもう一度少女に目を向けると、少女は先ほどまでと変わらず空を見上げ、月の光がその少女を照らしていた。


「なんだか、すごいお嬢様だったな……」


 ルシアは「リムネッタならあの子のこと知ってるかな?」などと思いつつ、リムネッタの元に足を速めた。

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