■2■ 剣術訓練

 その日も、ルシアはリムネッタの家に向かっていた。騎士になる──そのための訓練をするためだった。


「おはよう、リムネッタ!」


 リムネッタの家は、よく手入れされた広い庭のある、大きな館だった。朝の日差しの中、草花が太陽を求めて空を仰ぎ、きらりと光を反射させている。


「おはよう、ルシア。今日も頑張ろうね」


 リムネッタは、館の外でルシアを待っていた。動きやすいように、お嬢様のイメージとは離れた皮の防具を身につけている。


「早速、始めよう」

「うん!」


 言葉を交わして、ルシアとリムネッタは軽い細身の木剣を手にすると、庭の中央に向かった。


「……あっ」


 突然、トテッという音が聞こえてきそうな勢いで見事にリムネッタが転んでしまう。


「リムネッタ!」


 ルシアが声をかけると、お尻をついたままリムネッタはえへへと照れ笑いを浮かる。


「大丈夫、大丈夫! さ、一緒に頑張ろう、おー!」

「ほんと、リムネッタからは目が離せないよ……」


 言いながら差し出すルシアの手を、リムネッタは優しく握り返した。


「ありがとう、ルシア。頑張ろうね!」

「うん、気を取り直して頑張ろう!」




 太陽が横から差しこみ、二人の横に影を落とす。ルシアとリムネッタは、無言で木剣を向かい合わせた。周囲の温度がすっと下がっていく。ルシアは口元をきゅっと結んで呼吸を落ち着かせ、リムネッタは眼光鋭くルシアの隙を窺う。そうして、お互い静かに集中力を高めていく。しばらくの膠着状態が続いた後、先に仕掛けたのはリムネッタだった。剣をわずかに揺らし、ルシアの意識を逸らした上で重心を前に傾け、一瞬にしてルシアの懐に飛び込んでいく。ルシアは体勢を崩しながらも、辛うじて攻撃をいなすと、一歩下がった。


「くっ……」


 リムネッタはすぐに体勢を立て直すと、ルシアを見据える。稽古の時のリムネッタは、普段の穏やかでのんびりした雰囲気とは一変して、ルシアに僅かでも隙があれば果敢に踏み込んで攻めてくる、攻撃的なスタイルだった。ほとんど動きが無いにも関わらず、リムネッタの姿はぼやけ、輪郭が曖昧になっていく。リムネッタと対峙する時、ルシアはいつも幻覚に囚われたような気分になるのだった。


「……」


 不意に、ふっとリムネッタの姿が二重三重にブレて、ルシアの左右から連続して斬撃が飛んでくる。ルシアはそれらを受け止め、リムネッタのさらなる追撃を軽く身を翻してかわすと、その勢いを利用して攻撃の出所──リムネッタのいると思われる場所に迷わず木剣を振り下ろす。ざっと地面に木剣が振り下ろされ、リムネッタが大きく跳ねて後ろへ下がる。ルシアは空振りになってしまった木剣を戻そうとしたが、それよりも早く、リムネッタは再びルシアの懐に飛び込んできた。


「……っ!」


 急ぎ体勢を立て直し、ルシアが攻撃しようと身構えたその瞬間──


「あにゃっ!」


 つんのめりになったリムネッタは、奇妙な声とともにドサッとその場に倒れこんだ。


「……また転んじゃった」


 リムネッタは顔を上げてルシアを見ると、照れ笑いを浮かべる。


「リムネッタはいつも、肝心なところでドジするんだから……」


 ルシアは軽くため息をつきながら言う。ルシアが手を差し伸べると、リムネッタはクイッと手を握り返した。リムネッタは手を引かれながら立ち上がり、その場でパッパッと服についた土を払う。


「それじゃあ、もう一回!」


 リムネッタのかけ声で、二人は再び剣を構えて向かい合った。




……





 訓練は夕刻まで続き、疲れた二人はその場に座り込む。


「リムネッタは、そのドジなところをもう少し何とかなればね……」

「うふふ……反論できないな」


 騎士になるには、剣術は最優先だった。騎士団長ともなれば、騎士団をまとめる司令塔でありながら、なおかつ最前線に於いて騎士団の先陣を切って戦うことになる。普通は団長や指揮官は後方に控えるものだが、ことブルーメ国に於いては騎士団長が前線に出て士気を上げる、それが建国以来ずっと貫かれてきた。他国との小さな小競り合いはあるものの、小国の一つであるブルーメ国が国として存続してこられたのは、この兵の士気の高さあってのものだった。


「そろそろ部屋に行こうよ」


 周囲が暗くなってくる頃、リムネッタが提案した。


「うん、そうだね」


 この後はリムネッタの部屋で書物を読むがいつもの流れだった。ルシアとリムネッタは腰を上げると、二人並んで館の中へ入っていった。

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