第17話 鎧騎士はツアーを周回する
魔物の内部は驚くべき事に四角い部屋状になっており、床からは複数の座席が生えている。天井と床以外の全面が透明なので外の様子がよく分かる。現在は乗り込んだ場所で停止したままのようだ。
座席を興味深そうにツンツンとつついたアリシアは、一つ頷くと座ってしまった。彼女の座った場所は深く沈み、大きく形を変える。
「意外と柔らかいわね。まるでソファみたい」
「大丈夫なのかよ? アリシア。…………おお! なんだコイツ!」
緑の目を細めてあやしげなモノも見るようにしていたホーネットも、少し様子を見た後でアリシアの隣に座ると、困惑した顔でポインポインとはずむ。どうやら柔らかいだけでなく弾力もあるようだ。
――しかし魔物の中で座っても大丈夫なのか?
私には調整の時のイメージが残っているため、急に噛みついてないか不安で手の甲を使い座席をつついていると、魔物はうなるような叫び声を上げながら動き出してしまった。
――何か刺激してしまったのだろうか!?
間違えて掴んでしまうと困るので思い切って座る。私の座った座席も面白いように沈み、不思議な感触だ。手のひらで触れないように両方の手のひらを組んで頭上に掲げた。確かに柔らかいが……。
「後輩殿マジで大変だな……」
――ホーネットからの労りの視線が痛い!
私の今の姿は自分でもちょっと馬鹿っぽいと想像できる。
気を紛らわすため、外を見ると窓から見える景色はゆっくりと動き出し、魔物は家々を縫って村の中を通り抜けたあと、林に飛び込んでしまったみたいだ。
小さな木をへし折りながら進んでいるらしく、バキバキと音が聞こえてくる。
「馬車と違って変なところに突っ込むわね。操り手がいないから好きに進んでいるみたい」
「生き物か道具かよく分からねえトコは、やっぱり魔物だぜ」
二人は座席に座りつつ窓を叩いたり背もたれをつねったりと、好きなことをしながら魔物に乗った感想を言っている。
しばらくすると、林の中で光り輝く魔法陣が見えてきた。
――あれはダンジョンの入り口だ!
魔物が構わず魔法陣に突っ込むと、次の瞬間には周囲の景色は一変し、ダンジョンに入ったみたいだ。
ダンジョン内は枯れ草の茂る荒れ地となっており、遠くに点々と動くモノが見える。
――魔物だろうか?
乗っている魔物とは違い大きさは普通みたいだが、少し似ているので同じダンジョンの魔物なのだろう。ミラから聞いた話だと調整するにも限度があり、必ず面影が残ってしまうらしい。
荒野と魔物以外に何もないからか、拓けた荒れ地はかなり広く感じる。
迷いやすそうなダンジョンだ。時々生えている枯れ木が寂しそうにしている以外、目印は何もないので探索しようとすれば骨が折れるだろう。
そんな荒野を私たちの乗る魔物はうなり声を上げて走り出した。
枯れ草と赤茶けた地面の風景が流れ去っていく。
「ミラの話だと宝物庫まで一直線らしいけど、ちょっと暇ね。話に聞いていた号令を試してみようかな?」
「楽な分は良いんじゃねぇか? 余計なことをしてやぶから蛇は困るぜ」
ひとしきり席の柔らかさを試したアリシアは、興味津々な様子でニヤリと笑った。
座席が柔らかすぎてお気に召さなかったらしいホーネットは床に胡座をかいて座っていたが、困った顔で文句を言いつつ床に手をついて立ち上がる。付き合ってあげるらしい。
「大丈夫、大丈夫! それにこのままじゃ初依頼が乗り物に乗っただけになっちゃう! 魔物とのふれあいコーナーをお願いしま~すっと!」
――少々不安ではあるが、アリシアの言ってることも一理あるな。
余裕のある内に力試しをしておくのは悪い考えではないだろう。周回したおかげなのか彼女の動きは成長というより、進化と感じるほど良くなっている。ダンジョンの祝福とは凄いモノだ。
アリシアの号令を受けた魔物は進路を急に変えると、遠くに徘徊している魔物めがけて突撃を開始する。急な旋回に体が倒れそうになるが、ホーネットが素早く私の腰を持って支えてくれた。
――助かった!
「気にすんなよ。冒険者は助け合いだぜ!」
感謝の気持ちをこめて頷くと、鼻をこすった彼女はニヤリと笑ってくる。
――この笑い方はアリシアの真似だろうか?
ホーネットの笑い方にアリシアの影響を感じていると、乗っている魔物は小さな魔物の元に到着し、移動中は固く閉じられていた出入り口であるエラのような場所を開いた。
レイピアを引き抜いたアリシアが意気揚々と魔物から降りていく。
顔を見合わせた私たちも彼女の後を追ったが、勝負は一瞬でついた。
剣を握った手のひらを上にする構えで飛び込んだアリシアが強烈な突きを浴びせかけると、たてがみを持つ四つ足の魔物は一撃でやられてしまったらしく消え去り、後には中くらいの赤い石が残された。
「思ったより楽勝ね!」
「アリシア大先生すげぇな!」
――昨日より動きが洗練されている!
「呼び方が元に戻っているわよホーネット。 一晩経って祝福に体が慣れてきたみたいね。これできっと後輩君の足手まといにはならない」
「すまん、つい……。記憶が無いのに後輩殿はもっと凄いのか! 記憶を失う前は何者だったんだ?」
――それは私にも分からない。
ホーネットの疑問に私は首を傾けることで返事をする。
だがナイトと呼ばれると誇らしさを感じるので、格好と併せて騎士でもやっていたのかもしれない。もしくはタダの騎士好きだ。
#####
沈む太陽を見ながら、私たちは新たな乗客達と共に魔物に乗っている。現在の場所はダンジョンに入るための魔法陣前だ。
これで何周目だっただろうか、もう思い出せない。
「ホーネットぉ……。何回ダンジョンに入ったっけ?」
「三十八回目だな。そろそろこいつらが船に乗りきらないんじゃないか?」
どうやら三十八周もダンジョンを回っていたらしい。いつの間にか太陽も沈んでいるし、夢中で周回をしすぎたな。
メモを片手に持っているホーネットがこいつらと呼んでいる新たな乗客達は、ダンジョンの宝箱から出てきたモノで、これは人が中に入れる巨大ぬいぐるみ。要するに着ぐるみ達だ。
着ぐるみ達は車内に並ぶ席を埋め尽くし満員である。
こんな事態となった原因は、出口の魔法陣を最初に起動したときに乗ってきた魔物も仲間扱いで一緒に出てきてしまったからだ。
――あまりに楽々と攻略できるので、思わず周回してしまった!
しかもこの巨大ぬいぐるみの持つ魔法効果が強力であり、アリシアとホーネットの二人はしっかりと着込んでいる。
その魔法効果とは単純に力を強める【剛力】と、一定の動作を行うことで防御の力場を発生させる【障壁】の二つ。
攻防一体の凄い魔法装備だ。
このダンジョン、見た目はともかくとして良い装備が出てくるので、今後は人気になりそうだ。
ミラの話と違うが、恐らく村を作った冒険者は移動用魔物のガラスや金属部分が目当てだったのだろう。
きっとダンジョンの一部と勘違いしたのだ。
ダンジョン内は入る度に再構成されるので、良いものを置いてしまうと中々攻略されなくて問題になると、ミラは言っていた。
「よ~し! 帰るわ! ツアーの開始位置まで送迎をお願いしま~すっと!」
「おう! 途中で魔石やポーションも山ほど拾ったし、チビどもに良い土産が買って帰れそうだぜ」
着ぐるみもかぶり物と同じ認識をされるみたいで、アリシアの宣言に方向転換した魔物は行きと同じく林を突っ切り始める。
「あっ、魔力酔い止めを飲んでくれよな。酔っ払って船を転覆なんて笑えないぜ」
「うっ……わかったわ」
アリシアは嫌そうにしつつも自分のテンションがおかしくなっていることに自覚はあるのか、渋々ながらホーネットから手渡された魔力酔い止めを飲んでいる。
――鎧姿なので泳げそうにない私にとっても安心だ!
ダンジョンから出てきた魔物は制御可能だったので帰って貰えば良いし、何度もダンジョンを周回して魔物の間引きもしたので、依頼は達成。早くも昇格してシルバーランクになれるだろう。
あとは二人が着ている以外の六体の着ぐるみ達をどうやって小船に積むかだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます