第41話 戦士たちの休息


 そのまま成田に向かっても良かったのだが、ここで一泊することにする。


 人数が増えたことで移動するスピードが若干落ちたこともあった。さらにグールの『人さらい部隊』をいたので、周辺にやつらの拠点がないかも確かめたかったのもある。


 駅前におあつらえ向きのビジネスホテルがあったので、例によってゾンビたちを追い出した後に拠点として使用する。


 さきほどのショッピングモールで、親帆さんがカセットボンベやら調理器具を入手したらしく、夕飯は何か温かい食事を作ってくれるという。これはありがたい申し出だった。


「あ、わたしも手伝いますよ。親帆さん」


 ニコニコ顔でそう告げるのは小春。料理は専門家に任せるべきだろう。俺はキッチンを離れ廊下へと出た。


 食事ができるまで少し休もうかと、部屋へ戻る途中で道世に会う。


「お疲れさん」


 そう言って、すれ違おうとして何か違和感に気付く。


「……」


 道世は恥ずかしそうにモジモジしながら、俺のことを上目遣いで見ていた。ん? 何かがおかしい?


「あれ? おまえ着替えたのか?」


 道世が来ていたのはいつものパーカーではなく、黒いロング丈のワンピースに真っ白なエプロンドレス。いわゆるメイド服であった。


「……はい。どうでしょう? ご主人さま」

「おい!」


 漫才のボケにツッコミを入れるように、とっさに裏拳で道世を小突く。


「変ですか?」


 元々の素養が良いから似合わないわけがない。というか、喋り方も若干変……じゃなくてまともなので、違和感がある。いや、本来はそっちの方がまともなんだが。


「変だけど、変じゃないというか。似合っているか似合っていないかで言うなら、似合ってるよ。道世は美人顔だしな」


 普段の中二病っぽい姿と喋りじゃないと、道世だと認識しづらい。感覚がバグりそうだ。とはいえ、道世のトレードマークである眼帯は外していないので、そこの違和感は拭えない。


「あはは、ご主人さまに褒めてもらえた」

「おい、道世。俺は『あるじ」呼びは認めたけど、『ご主人さま』と呼んでいいとは言ってないぞ」


 何か、こう、むず痒いというか……。


「え? 同じじゃないですか」

「どう考えても違うだろ」


 言葉は同じだが、呼ぶ側に込められた意味が違う。それこそ、道世がフリーズしそうな18禁ネタにもなり得るのだが……。


「同じ意味……ですよね? 小春もそう言ってました」


 なるほど、元凶はあいつか。


「それよりも、その服はどうしたんだ?」

「さっき行ったモールで、コハルが見つけてくれたものです。私なら似合うだろうって」


 一人称を『我』でなく『私』にすると、本当に道世なのかって混乱するぞ。


「あいつはあとで叱っておく」

「コハルは悪くないですよ。服を汚してしまって、代わりはないかと聞いたのは私なんですから」

「まあ、道世がいいならかまわない。いちおう聞くが、無理矢理着せられているわけじゃないよな?」


 小春は道世を玩具にしているところがあるからなぁ。


「私、この服、気に入っていますし、こういう服の方がなんか落ち着くというか」

「喋り方、変わっているよな?」

「あははは、これはコハルから指導された結果なんですよ。喋り方が女の子らしくないからご主人さ……あるじに嫌われるって」

「しゃべり方くらいで嫌うわけないだろうが。まあ、俺はどっちでもかまわないけど」

あるじはどちらの方がいいですか?」


 メイド服の女の子がそんなことを聞いてくる。こんなのまともに対応できるわけがないだろ。


「どっちでもいいって」

あるじの指示に従います」


 真剣な目で見つめられるから、さらに調子が狂う。


「じゃあ、調子が狂うから、前の喋り方に戻してくれ」


 道世はそれほど女の子として意識していなかったから、この姿で女の子っぽい喋りだといつものように接することができない。


「御意。主。我はこの喋り方でお仕えいたします」

「まあ、その方が道世らしいよ」


 こんな変な喋り方の女の子に落ち着くというのも、変な性的嗜好に目覚めそうで怖いのだけど。というか「ご主人さま」呼びされた方がヤバいか。


「ちなみに服装も戻した方がいいですか?」

「服装に関しては好きにしろ。というか、おまえ、あのパーカー姿にそんなこだわりなかっただろ?」

「えへへ。そうですね。どちらかということ、こちらの服の方が我らしいというか」

「そうだな。最近は、メイド系の戦士も多いからな」


 と、これは創作物の話だが。


「フローレンシアの猟犬と呼ばれたいですね」

「最強かよ!」


 漫才のようにツッコミを入れる。というか、元ネタ知らないとなんだかわからないやりとりだよな。


「主に仕えるのですから、しっくりくる衣装でもありますよ。やはり、メイドといったら『ご主人さま』の方が自然では」


 いや、だから「ご主人さま」方向へと持って行くのはやめて。


「道世の場合はシノビの方が似合ってるな」


 話題を強制的に修正する。


「ニンジャは憧れの職業です」

「ニンジャのコスプレはなかったのか?」

「あったにはあったのですが、全身ピンクのイロモノ系のジョークグッズしかなくて」

「ははは、さすがにピンクはないよな」

「私としては黒の方が落ち着くので、ニンジャよりメイドなのですよ」

「なるほど」


 なるほど? いや、俺たち今、まともな会話しているのか?


「サトミさーん」


 後ろから声をかけられる。この声は信乃ちゃんか。


「どうした?」


 振り返ると、そこにはもう一人のメイドがいた。


 うん、これは小春のワナか。


「小春さんにこの服もらったんですが、似合いますかね」


 信乃ちゃんは楽しそうにくるりとその場で回る。スカートが翻り、華麗に舞う。って、おいおい回りすぎだ。


「似合うけど、メイドならもうちょっと控えめに行動した方がいいよ。舞踏会のドレスじゃないんだから」

「あはは、そうでしたね」


 そう言って返答する信乃ちゃんは、なんだか楽しそうだった。


「俺は、部屋で少し休む。羽目を外し過ぎるなよ」

「はい。サトミさん」

「わかってますよ。主」


 しばらく、部屋で休んだ後、むっちゃんに呼ばれて食堂に行く。親帆さんと小春の作ってくれた料理を皆で食した。


 普段、缶詰とかレーションを食っていたのもあって、極上の満足感を得られた。といっても、料理の素材は缶詰がほとんどなのだが、一手間加えるだけで、これだけの物が作れるのだから凄いよなぁ。


 道世や信乃ちゃんはメイド服のままだったので、むっちゃんや親帆さんに突っ込まれている。


 彼女が給仕でもやってくれれば面白かったのだが、いちおう仲間だし、そこまでは求めない。


 その元凶である小春は大口を開けて笑っていた。おまえ、一歩間違うと『いじめ』だからな、と口には出さずにツッコミを入れる。


 こんなことを思えるのも今が平和だからかもしれない。


 戦士たちの休息はそうやって過ぎていった。


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