第25話 善悪
「はあ……はあ……」
高架下にある川原で学生服を着た傷だらけの男子学生が息を荒くしながら何かを守るように腕を組んで座り込んでいた。すると、その腕の中から一匹の仔猫が顔を出し、男子学生の顔を見ながら小さな鳴き声を上げると、男子学生は少し安心したような顔で仔猫に視線を向けた。
「おめぇ……どうやら怪我はねぇみてぇだな」
「ニャ」
「……それなら良かったぜ。だが……俺は結構やられちまったな。やれやれ、複数人が相手だったからといってここまでやられるとは……俺も喧嘩の腕が鈍っちまってたのかもな」
男子学生が苦笑いを浮かべながら言っていたその時、一人の女子高生が男子学生達へ向かってゆっくりと歩いてきた。
「……ひどい怪我ですね。大丈夫ですか?」
「……なんだ、おめぇは?」
「通りすがりの女子高生です。それで、その怪我は喧嘩でもしたのですか?」
「……ああ。
「そういう事でしたか。では、その勇気を讃えて傷を癒してあげましょう」
「あ? 傷を癒すって……一体何をするつもりだ?」
男子学生の疑問には答えず、女子高生はゆっくりと目を瞑ると、手を男子学生に翳しながらぶつぶつと何かを呟き始めた。すると、みるみる内に男子学生の傷は治っていき、女子高生が目を開ける頃には男子学生の傷は全て無くなっていた。
「これで良いですね」
「……おめぇ、本当になにもんだ?」
「さっきも言った通り、通りすがりの女子高生です。まあ、学校では何故か私が天使だという噂が広まっていますが、私はただの女子高生ですよ」
「……はは、こんな簡単に傷を治せるような奴がただの女子高生なわけあるかよ。だが、助かった。ありがとな」
「どういたしまして。では、私はこれで。あなたのその優しさ、どうかいつまでも大切にして下さいね」
そう言うと、女子高生は踵を返し、その場を去っていった。男子学生はその姿をボーッと眺めていたが、やがてその場に寝転がり、空を見上げながら笑みを浮かべた。
「……世界ってまだまだ知らねぇ事で溢れてんだな」
「ニャー」
「おめぇもそう思うか?」
「ニャ」
「はは、そうか。ほんと……あんな風に非日常的な物を目の当たりにすると、こうして
男子学生が遠い目をしながら空を見上げていると、そこに一人の女性が心配そうな顔をしながら近寄ってきた。
「君……大丈夫?」
「……大丈夫っすよ。さっきまでは傷がありましたけど、通りすがりの奴に治してもらったんで」
「そう……」
「それより、俺みてぇな悪の近くにいると他の奴から変な目で見られますよ」
「あなた……悪なの? その猫ちゃんが懐いてる辺り、そうは見えないけど」
女性がクスクスと笑いながら言うと、男子学生は体を起こしてから頬をポリポリと掻き始めた。
「……まあ、たった今、悪失格になったような奴ですけど」
「ふふ、そう。ねえ、あなたってどこかでバイトしてたりする?」
「……してねぇっす。バイトとかして汗水流して働くのバカバカしいと思ってたんで」
「それなら……ウチで働いてみない? 私、この近くで店をやってるんだけど、力仕事を任せられるスタッフをちょうど探してたのよ」
「……力仕事、か。まあ、腕力しか取り柄無いっすからちょうど良いと言えばちょうど良いっすけど、俺みてぇな半端者、本当に雇うつもりなんすか?」
「ええ。私にとってあなたは必要な人材だもの」
その言葉に男子学生は驚いたような顔をした後、少し泣きそうな顔をしながら俯いた。
「……俺、初めて言われたっすよ。俺の事を必要だって。親にも学校の奴にも言われた事無いのに……まさか初対面の相手に言われるなんて思ってもみなかった……」
「そういう物よ。それで、ウチで働く件はどうかしら?」
「……やるっす。俺の事を必要としてくれるなら、その期待には応えるつもりっすから」
「ありがとう。それじゃあ色々説明したいから一緒に来てちょうだい。もちろん、その子も一緒で良いわ」
「うす。よし……んじゃあ、行くか」
「ニャーン」
そして、女性達が歩き始める中、それを橋の上から見ていた女子高生は静かに笑みを浮かべた。
「この出会いで彼らの心には無事恋の花の
そう言うと、女子高生の姿は音も無く消えていった。
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