この作品は、若かりし頃文学を志した作者が、社会で役割を果たし、仕事を引退して旅に出た記録を、日記として綴ったものである。
私が若い頃の旅をテーマにした小説を構想している時、そういえばカクヨムでは紀行文など投稿されているだろうかと思い、検索してこれを見つけた。
「老人旅日記抄」とは今どき実にシンプルで、目を惹くタイトルではないか。これはと思い、第1話を読んで、すぐにやられてしまった。さらに第3話「旅支度」で、もう完璧に打ちのめされた。
その時私の頭には、大江健三郎の小説に引用されたT・S・エリオットの詩が思い浮かんでいた。
もう老人の知恵などは
聞きたくない、むしろ老人の愚行が聞きたい
不安と狂気に対する老人の恐怖心が
ここには分別くさい「老人の知恵」ではなく、「老人の恐怖心」が、あからさまに表されていたのだ。
若向きの作品の多いカクヨムで、こんなものが読めるなんてと、私はこの地の意外な豊穣さを知ることとなった。
さまざまな作品を読んでいると目にする、作家志望の若者たちにとってもこれほど参考になる作品もなかなかないだろう。書くことはもちろん、これからの行き方にも指針を見出だせるのではないか?
カクヨムの機能を使えば直接疑問を問いかけることすらできるだろう。しかしまあ、それは無用のことかもしれない。わざわざそんなことせずとも、ここにちゃんと書いてある。夏目漱石『こころ』の先生の言葉を借りるなら、「私はこんなふうにして生きてきたのです」と。