第28話 わたしのしらないあとしまつ




 わたしの開発コード【N−9Ptノール・ネルファムト】とは、まあ表記からしてわかるように『9番目』の被検体である。

 当然、9番以外のナンバリングの被験体も存在していたらしく……そして今回のわたしたち同様、帝国に弓引いた被験体もまた存在していたらしい。


 ……というか、なんなら今回レッセーノ基地の応援に駆け付けてくれた傭兵団だが、なんでもその『元・被験体』が率いているのだとか。

 自ら部隊を束ねて、古巣である帝国に喧嘩を売るなんて……きっとものすごく意思が強くて、責任感が強くて、頭が良くて、人望もある、すごく立派な被験体……もとい、すごく立派な『ひと』なのだろう。


 自分本位で周りを引っ掻き回して、大切な『あの子』を死なせるわたしなんかとは……大違いだ。




『アー…………ノール、聞こえるネ? ワタシヨ、テオドシアヨ。チョとお部屋入れて……アー、せめて扉を開けてホシイネ』


『ね、ねえ……ノール? ねーえ?』




 わたしはずっと、まわりに流されて生きてきた。研究所にいたときはもちろん、大佐に拾ってもらってからも、ぜんぶ大佐の言うことを聞いて生きてきたのだ。

 そうすればぜんぶ、うまくいっていた。大佐の判断に従い、大佐の命令をこなしていれば、全てうまくいっていたのだ。


 なのに……わたしが自分勝手な行動をしたせいで、大佐の計画を歪めてしまったし、迷惑をかけてしまった。

 そしてなによりも……たいせつな『あの子』と、二度と会えなくなってしまったのだ。




『の、ノール? ……ねえちょっと、聞いてる?』


『ウーン……かなり塞ぎ込んでしまてるポイヨ、此れは。……よほどアムのコト、タイセツに想てた証拠ネ』


『………………えへへっ』




 今回わたしが失敗してしまったのは、わたしが世界の情報を知らなさすぎたというのも、もちろんあるのだろうけど。

 根底にあるのは、やっぱり……長いこと『命令を聞く』ことを遵守してきたわたしが、自ら行動判断をおこなうなんて、それそのものがぜんぜん不適格だったのだろう。


 大きな力を得たことで、わたしは『なんでもできる』と思い上がっていたのだ。しょせんは借りものの力なのに、自分の力だと勘違いしていたのだ。

 現状を正しく認識して、そして正しい判断を下すには……やっぱりわたしは、ぜんぜん足りなかった。まだぜんぜん『ひと』にはなれない、ただの『道具』でしかない。一人では正しい判断ができない『なりそこない』でしかないのだ。




『……ソレはソウと、ノールがゼンゼン声聞こえてくれナイネ。……気は進まないが、やっぱエスペ呼ぶしかナイネ?』


『えー…………やだあのおじさん、ボクのノール取ろうとするもん』


『ソウは言うも、このママは良くナイネ。……たとえば、アムがノールに……こう、頭の中に直接声を送る、みたいなのは、出来ナイネ?』


『えっ、そんなのできるの?』


『ワタシはわからナイヨ。でもビオ……あー、ワタシの知人が、アムと似た立場のコは出来たと言うヨ』


『………………うー?』




 もっとたくさん、あの子と話がしたかった。

 作戦行動のことだけじゃなく……天気のこととか、ごはんのこととか、そんな他愛もないお話をしたかった。


 ……いや、だめか。肉体をわたしに奪われたあの子は、当然『ごはん』なんか食べられない。そのことを突きつけて、どうしようというのだ。

 やっぱり、わたしはダメダメだ。あの子を想っているようで、所詮は独りよがりの自己中ジコチューでしかなかったのだ。


 あの子を失い、大佐の役に立つこともできず、自分のダメダメなところを再認識して、こうしてふさぎ込むことしか出来ない。

 ……どうして、わたしは生き残ってしまったんだろう。わたしは生き残って、何ができるというのだろう。

 あの子は、あんなにも生きたがっていたのに。あんなにも求めていたのに。


 あの子の代わりに……わたしが消えれば、よかったのに。





――――冗談でもそうゆうこと言わないで。おこるよ。


「………………えっ?」




 暗い色がぐるぐると、際限なく渦巻いていたわたしの頭の中に、ふと『あの子』の声が聞こえた気がした。

 わたしを叱咤するような、激励するような、鬱々うつうつとしたわたしを元気づけてくれるような……棘々とげとげしくもどこか温かい、聞こえるはずのないアムの声。


 あぁ、きっと優しいあの子は……うずくまったわたしに、そんな声をかけてくれるのだろう。

 わたしが前を向けるように。先に進めるように。きっと『あの子』なら、そう声を掛けてくれるにちがいないと……わたしの心が、求めているのだろう。




 そうとも。そんな幻聴を、幻影を求めてしまうくらいには。


 わたしは『あの子』のことがたいせつで……だいすきだったのだ。






――――っ! えっと、あの…………そのぉ、




 …………………………。



 ……………………えっ?




――――えー、っと…………ボクも、すきだよ? ……ノール。




 …………………………。




「え!?!!??!? は!!、?!!?」


『だ、だからね? ノール、ほら、そろそろドア、カギ開け――』


「うそでしょ!!?!?」


「「ワァ!!?」」




 わたしの身体は、こんなに機敏に動くことができたのか。びっくりするほど素早く部屋の入口に駆け寄り、蹴破るほど勢いよく開け放ったドアのむこう。

 ツノとしっぽと、物々しい両手をもつ『シャウヤ』のテオドシアさんと……もうひとり、見慣れないちいさな女の子の、びっくりしている姿。


 ……ひと目みて、わかった。わたしの心が、魂が、たったのひと目で理解した。

 小さくて、可愛らしくて、ちょっと生意気そうで、意志の強そうな、心の底から愛しく感じられる『この子』は。



「…………ぁ……」


「うん?」


「っ、……ぁ、む? あむ、なの?」


「…………そうだよ、ノール。さっきから呼んでたのに、ちっとも聞いてくれわぷぇ」


「……っ! あむ……あむぅぅ!! あゔぅぅうぅぅ……っ!!」


「………………もー、泣いてばっかり。……やっぱりノールは、ボクがついてなきゃだめだね」




 幻聴じゃない。幻覚じゃない。わたしの弱い心が生み出した幻なんかじゃない。

 実際にこうしてここにいて、わたしの言葉に答えてくれて、わたしをやさしく慰めてくれて……あたたかく、抱きしめてくれている。


 会いたかった。触れたかった。もう一度言葉を交わして、いろんな気持ちを伝えたかった。

 それがこうして叶ったのだ、心の底から嬉しいにきまっている。貴重な戦力だった【パンタスマ】こそ喪ったが、しかしはなんの問題にもならない。


 命懸けでわたしを生かしてくれたアムが、こうして生きてくれていた。今は、それだけでいい。




「ウムウム。以前も似たヨウな経験、アルみたいネ。ビオ……アー、ウー、処置をおこなタ担当者、苦笑いヨ」


「あ゛む゛ぅぅぅゔぅぅうぅぅ」


「前例あタぶん、処置は簡単だタみたいネ。先の戦闘区域に霧散してた『アム』の魂、ビオの【擬人肢鎧アルマトロポス】でゼンブ捕まえて、本拠点キャストラムで『こんなコトもあろうかと』しておいた『ヒュモリアヒト種型エメリスゴーレム』に移植、定着させタヨ。さすがのお手並みネ」


「わ゛ぁぁぁあぁああぁぁぁゔ」


エメリスゴーレムとはいえ、見てのとおりちゃーんと『カワイイ』に仕上げてアルヨ。……マァ、多分にワタシタチのこのみははいてルが、その『前例』のときに意見たくさん、コダワリたくさんで仕上げた経験アルネ。職人の技が光るヨ」


「ボクもまんぞくだよ。こうしてちゃんと、自分で動かせる身体カラダだもん。……ホラっ、どお? ノール」


「ゔんぅぅぅうぅうぅぅ…………!」


「…………しょーがないなぁ、ほんと」




 アムが身体を得たことについて、テオドシアさんがなにやら説明してくれそうな雰囲気だったけど、わたしは正直それどころじゃない。

 わたしが大恩を感じている子と、これからもいっしょに過ごせるのだ。たくさんおはなしして、たくさん声を聞いて、たくさん一緒に居ることができるのだ。


 そのことだけで……わたしは、とてもあたたかな気持ちになれるのだ。

 あぁ、これはほんとに現実だろうか。こんなに幸せでいいのだろうか。





「具合はどうです? ネルファムト特務大尉」


「っ!! た、たいさ! たいさっ!」


「うわでた陰険メガネ」


「……ッ! …………随分と調子良さそうですね、燃え殻ふぜいが」


「出遅れおじさんほどじゃないよ。大して働いてなかったもんね? 今回の戦闘」


「……成程? 殊勝なものですね、貴重な戦力を喪った責任を、自ら進んで背負おうとは」


「それ同じことノールの前でもいえる? ボクを罰するってそれ、ノールを罰するになるからね?」


「………………生意気な小娘だ」



 わたしのことをぎゅっと抱きしめたまま、アムは大佐に向かって一歩も引かない口撃を仕掛ける。

 さっきは到着直後でわたわたしていたせいもあり、大佐とゆっくり顔を合わせる時間は無かったけど……大佐のお顔をじっくり眺めるのは、久しぶりな気がする。


 相変わらず眉間にシワは寄っているし、ほぼ常に半眼だし、自信ありげで鼻を鳴らしているし、でもそんなところがすてきな大佐。

 わたしにすべてを与えてくれて……わたしという『モノ』に命を与えてくれた、最初のひと。



 大佐のもとへ戻ってこれたのは、それは間違いなくとても嬉しいことだけど。

 だけど、専用機の機能の大半を喪ったわたしには……これまでのような働きを献上することは、もうできないのだ。




「ネルファムト特務大尉」


「はい」


「貴官は……管理責任者たる私の指示を反故にし、任務を途中で投げ出した挙げ句、ジークムント・シュローモ大尉の提言に耳を貸さず、独断で敵戦力と戦闘。……結果、特務兵機【パンタスマ】を喪失し、我軍の戦力低下の要因となりました」


「はい」


「…………反論は?」


「ありま、せん」


「…………そうですか」



 アムは変わらず大佐を睨みつけてるみたいだけど、これはれっきとした事実である。わたしの為出しでかしたことは『わがまま』に過ぎず、しかも貴重な戦力を喪ったのだ。

 ふつうに任務中に撃墜されたのとは、わけが違う。事実、わたしが大佐の言いつけどおり【ヴェスパ】本隊やセーイアル解放軍に同行していれば、避けることが出来た損失である。


 ……それくらいのことは、ちゃんと理解できている。間違いなく、まぎれもなく、これは『わたしのせい』なのだ。

 だから、わたしはこれから処罰を受ける。これでも軍属の身だ、それくらいは覚悟の上だ。



「わたし、とくむたいい、で……ぐんぞく、なので。……ちゃんと、せきにん、りかいして、ますっ」


「その通り。貴官は大尉ではなくであり、そしてです。……間違いありませんね?」


「…………? ……? はいっ」




 なにやら意味ありげな大佐の物言いに、ちょっと違和感を感じる間もなく。



 大佐が入ってきた扉が再び開かれ……軍事施設であるレッセーノ基地にはそぐわない人物が、大佐を押しのけて姿をあらわす。



「そういうことなら、上のひとも納得するとおもう。わたしも大丈夫とおもうよ。……まぁでも、わたしたちはもともと関係なく『いらっしゃいませ』するつもりだけど」


「はいっ! ……えっと、でもいちお、軍、関連の施設、なので……えっと、えらいひと、なっとく、の、タテマエが必要、ですっ!」



 若い……というか、まだ『幼い』から抜けきってなさそうな年頃の女の子が、ふたり。

 どちらもきれいな白髪で、容姿はとても良く似ているが……その口調は対象的であり、かたや『はきはき』かたや『おどおど』といった感じだ。

 双子か、あるいは姉妹か。はきはきのほうがお姉さんで、おどおどのほうが妹なのだろうか。とても可愛らしい。


 そしてなんとそれだけじゃなく、その後ろから更に姿をあらわしたのは……なんというか、優しそうなおじさんだ。多分だけど、レッセーノ基地のひとではないのだろう。

 こちらのおじさんはちゃんと軍服に身を包んでいるようだが、しかしその意匠はわたしが見たことのないもの。……つまり、イードクア帝国アムの攻撃対象のひとではない。




「…………まぁ、事情は色々と理解しました。カンダイナー部門長へは、私から報告しておきます」


「感謝して差し上げましょう。……それにしても、特務制御体がまさか、軍上層部にまで食い込んでいようとは……さすがに思いもしませんでしたが」


「それはほら、わたしたち、いっぱいがんばったから。いっぱい革新的したもんね」


「えぇ、そうですね。彼女達は、とてもよくやってくれています。そのお陰で、今と……そして『この後』があるのです。そちらにとっても、悪い話ではないでしょう?」


「…………否定はしませんとも。くれぐれも、頼みますよ」


「えぇ。ご両名、謹んでお預かり致します。決して不自由はさせないと誓いましょう」


「大きく出たものです。……まぁ、そうでなくては困りますが」


「………………???」




 アムとの再会に心を揺さぶられていたわたしと、軍基地にはそぐわない女の子ふたりと、見慣れぬ軍服を纏ったおじさんと……そして、ウェスペロス大佐。

 呆気にとられたままのわたしを余所に、何かを何処かに預けることが決まったようだが……当たり前のことながら、わたしには何が何やらサッパリである。


 いや、そうか。きっと【9Ptネルファムト】を修理したり、改良したりする段取りを決めてくれたのかもしれない。

 なるほど、このおじさんはきっと例の傭兵部隊の隊長……は、元特務制御体っていってたか。じゃあとりあえずえらい人なのだろう。


 つまりこの『お預かり』のおかげで、大破した機体をいい感じにしてもらえることで、わたしはまた【9Ptネルファムト】で大佐の役に立てるようになる……のかもしれない。

 それはとてもうれしい。すごくありがたい。わたしにとっても望むところだ。




 果たして、わたしのその認識は……一部においては正しくて。



 ほかの部分においては……わたしの予想を、軽々と超えてしまっていたのでした。



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