名前紹介

 とまぁ、そう言う訳で、戦闘前にした約束の通り、残った二人が人間の町を案内してくれると言ってくれたのだが……


「あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね」


 突然立ち止まった男の言葉に僕たちも足を止めた。


 「……なぁ、それ今じゃなきゃダメか?」


 それに辺りを見渡しながら、僕はそう声を上げる。

 そこはやはり暗い森の中。夜というタイムリミットがある以上、会話に意識を割くよりこの森を抜けることに全力を尽くした方が良いと思うんだが……というか、そう言うのは、落ち着けるところでやりたいという気持ちの方が大きい。


「うーん、それもそうですね。いつまでも三人称だと呼びにくいと思ったのですが……」


 あぁ、なるほど。そういう……

 

「……名前ぐらいなら良いんじゃないか?」


 そう言った瞬間、男がぴたりと固まった。

 

「……それに異を唱えたのが貴方だったのでは?」

「いや悪い。てっきりもっと色々含めた自己紹介なのかと思ったんだ。」


 そう顔を背けながら答えると、呆れ顔を見せた後、男は一つ溜息をしてこう言った。


「私はラライア・ティニアス。これから行くトライアで生活しております……ほら、次ですよ」


 そう言って左の少女を小突く男……いや、ラライア。

 それにビクッと肩を跳ねさせると、少女はラライアを盾にするようにして隠れてしまった。

 その様子に苦笑しながらラライアはこう言う。


「彼女はミティス・サラシア。見ての通りの魔術師です」


 それを言い終えると、こちらは終わりましたよとでも言いたげにこちらへ向けて微笑む男。

 いわれずともだ。


 「僕は水橋 伊織。一応元人間だ。」


 そう何気なく口にした名前だったのだが、それを言った途端、男の顔が怪訝な物へと変わった。


「……失礼、もう一度……ミ、ミドゥハシ?」

「水橋だ。ミ・ズ・ハ・シ」

「ミドゥ……すいません。あまり我々に馴染みのない発音で……」

「……後にしよう。それまではスケルトンでもフードでも好きに読んでくれ。」

「……申し訳ございません」

「良いよ、しょうがないことだ。正直、この名前にもあまり愛着は無いしな」


 申し訳なさそうに頭を下げるラライアに笑ってそのまま会話は終わった。

 

 そして、そこから二人の案内に導かれるまま歩くこと約30分。

 

「お、あれって……」


 思わずそう口にした僕の視線の先には、光に包まれた森の切れ目。……おそらく考えた通りの物で間違いないだろう。

 そう考え、思わず駆けだそうとしたところで……


「フードさん!しばしお待ちを!」


 そう飛んだラライアの声にぴたりと動きを止めた。ってかフードなのか。


「どうした?」

「私の魔道具に反応が。こちらに近づいてくる何かが居るようです」

 

 何か……どれどれ。


 そう気を静めながら、僕は命を視る魔術を使った。


 「……うん?」


 そうして唸る。四方八方。上も下もしっかりと見たのだが、こちらへ向かってくる命など一つも無かったのだ。


「ラライア、方角なんかは分かるか?僕の魔術だと、どこにも見当たらないんだが……」

「方角は、私の右斜め前‼三秒も有ればこちらに追いつきます!コイツ……相当に足が速い!」


 三秒!僕の魔術に引っかからないってことはアンデッドか!?クソッ、今から何とか……うん?足の速い命の無い生物……あ。

 そう悟った瞬間だった。


 がさぁ!


 そうして飛びかかってきた何か。

 それにラライアは剣を抜き、ミティスは震えながら杖を構え……僕は左手をその影に向けて広げた。

 そうして飛びかかった大きな影は僕に覆いかぶさり……


「わっちょっ!」


 その勢いのまま押し倒されてしまったのだった。


「フードさん!」

「しゅ、スケルトンさん!」


 それに声を上げる二人。傍から見れば襲われているようにしか見えないかもしれないが、事実はそうでは無いのだ。なので僕はそれを伝えるべく体の下から顔を覗かせて、


「問題ない!」


 そう二人に向けて叫んだ。


「こいつはほら、僕がけしかけたウサギが居ただろ、アレだ」


 そう叫びつつ、左手でシャルを落ち着かせてやる。

 押し倒してきた直後から、なぜかしきりに僕の顔をなめて来るのだ。そんな設計は組んでない筈なんだが……アーキタイプに設定したウサギの魂の影響か?

 だとすればうれしい様な……少し困る様な……まぁ、先の戦闘ではあの賢さを見せていたシャルだ。そこは放置していても大した問題はあるまい。

 ……まぁ、今は少し困るんだが。


「シャル、戻れ」


 そう言うと、目の前の肉塊は突然崩れ、核となっていた部分だけが僕の腕として戻ってきた。

 よいよし、ご苦労さん。

 

「おぉ……前から気になっては居たのですが、それは使い魔なのですか?」


 そうして戻ってきた腕の具合を確認していると、ラライアはそんなことを尋ねてきた。

 別に聞かれて困ることでもないが……説明が面倒くさいな。

 

「あぁ、何度も叫んでるから分かってるだろうが名はシャルだ。優しくしてやってくれ」


 そんな訳なので、話を合わせてそう返すと、ラライアはふっと微笑んでこういうのだった。

 

「はい、もちろん。……しかしアレですね。最初は見た目からおぞましいなんて思っていたのですが、慣れてみると可愛いものですね。」


 んまぁ、その感想にはおおむね同意する。最初の頃は可愛さなぞ最初から期待すらしていなかったが、最近になってシャルの見せる様々なしぐさがどこか可愛らしく見えてきたのだ。

 取り合えずの急ごしらえで選んだのがたまたまウサギだったわけだが、結果的に考えれば、その選択は存外間違いでも無かったのかも知れない。

 賢くて、気が利いて、しかも強い。

 犬派だの猫派だの世間はその二つに湧いているようだが、何故その中にウサギは入ってこないのだろう。

 気が付けばそんなことを考える程度には僕は兎という種全体のことが好きになっていた。

 ……まぁ、暴兎は悉く滅ぼすが。

 あの必死過ぎる様は僕の求めている物とはまた違うのだ。


 とまぁ、いつの間にか僕の脳内にまで喰らいついてきた兎談義もそこそこに。


 「どうしようかな、これ」


 そう呟きながら下した視線の先にはシャルが集めてきた兎の肉だったもの。

 シャルと同化している内は体の一部として動いていた物だが、シャルが切り離した今、先ほどまで動いていたそれはどろどろの液体の様になって、地面へとこびりついていたのだ。

 

 肉と一緒に取り込んでいた魂はシャルが持ち帰ってきてはくれたものの……この余った肉は本当にどうしようもない。まさか持ち歩くわけにもいくまいし、僕が吸収してしまえば、やはりサイズが変わって怪しまれるだろう。

 なんせこんな面だ。目立つのはよろしくない上に、やはり説明が面倒なのである。

 まぁ、順当に考えれば、放置になりそうなんだが……


 「まずいでしょうね。魔物という物は魔力を喰らえば喰らうほど強くなります。そんな奴らに一時だったとはいえ、使い魔の一部なんかを与えるような真似は、たとえ人が滅多に来ないこの魔境と言えどやめるべきでしょう。」


 だそうだ。

 だとすれば次に出て来るのは燃やすというある種万能の解決策なのだが、まぁ、ここは森なので当然却下。ならば……


「埋めるというのはどうだろう」


 そう思いついたままに声を上げると、ラライアは難しそうな顔で、

 

 「埋める……埋めるですか。確かにここらの地中の魔物に危険な種は少ないですが……いや、このイレギュラーが原因で変異する可能性も……」


 そうぶつぶつ呟きだしたのだった。なにやら悩んでいるようだが……強化というのはそんなに怖い物なのだろうか。アインはそう言った研究にはとんと無頓着だったようで、ろくな記憶が無いのだ。

 ホントに死の壁を乗り越えることしか頭に無かったのだろう。

 そんなことを考えつつも、ラライアの呟きを聞き流していると、


「……はい、それで行きましょう」


 しぶしぶと言った感じにラライアはそう言うのだった。

 埋めるは埋めるで危険ではあるけど、他がマズいので致し方なし、といったところだろうか。

 ぎりぎり妥協したといった感じの声だ。

 それにしてもこの徹底ぶり、どこかの組織によるルールだったりするのだろうか。

 

 まぁ、それはともかくとして。僕は地面に手をかざして、土と肉を混ぜる様にして回転させた。

 そうして混ざった部分をなるべく地下に、逆に下に有った土を上に持ってくるようにして……


「ほいっと」


 辺りに散らばっていた落ち葉で隠す様にしてやれば、何ら他と変わりない地面の出来上がりだ。

 

「おぉ~……」


 そうしていると突然聞こえた声の方角に顔を向けてみると、そこには目を輝かせたミティスの姿が有った。先程こちらに言ってきた言葉と言い、きっと魔術が好きなのだろう。

 あいにく僕の答えは変わらないが、ぜひとも頑張ってほしいものである。……まぁ、ズルしたやつに何を言われてもうれしくは無いだろうが。


 一人そう自嘲的になりながら僕は、


「行こうか」


 後ろをついてきた二人と一緒に森の切れ目へと足を向けたのだった。

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