第36話『いつもと変わらない街』

 家を出て、ネムに『蜜蜂同盟』の協力を取り付けてもらうよう頼むと、ネムは一旦アジトに戻って直接頼んでくるらしく、俺達とは別れて行動することに。


 そんなわけで、レンと一緒に街に出たわけだが。


 しかし、薬の売人なんて、どうやって見つけりゃいいんだ?


 俺は健全な高校生なので、夜に街を出歩いたりしない。

 そもそも、薬物をやろうなんて考えたこともない。

 なので、とりあえず俺達二人は、水凪駅近くの飲み屋街にやってきた。


 大きな声じゃ言えないが、風俗街にもほど近いそこは、まさに夜の街って感じだ。

 きっと大人たちは、ここで酒を飲み、勢いづいて風俗に行ったりするのだろう。


 楽しんでいる人の影に、悪いものもある。

 そんな、なんとなくなイメージでやってきたわけだが。


「まあ、わかりきってはいたが。変化なんてねえよなぁ」


 俺は行き交う人を、シャッターの閉まっている店の前に座り込み見つめる。

 レンもその隣に立ち、キョロキョロとしている。

 ここだけ切り取ると、なんだかもう一人の友達を待っているかのようだ。


 しかし、気張る俺たちとは対照的に、街はいつも通りの時を刻んでいる。

 時折、先ほどの噂を話している人を見るが「怖いねー」とか「俺がその場にいたらぶっ飛ばしたぜ」なんて冗談とか、その程度だ。


「はーっ。やるとは確かに言ったけど、俺に何ができんだぁ?」


 別に、街に出たら即何かがわかると期待したわけではなかったものの。

 こうまで街がいつも通りだと、先ほどのことも夢だったんじゃないかとすら思ってしまう。


「まあまあ、花丸様。気長にやりましょうよ。網にかかるまで街をふらふらするのもいいじゃありませんか」


 朗らかに笑うレン。

 俺は隣に立つレンを見上げ、何かを言おうとしたが、それすらも見失いそうになってしまう。

 これでは暇だから街に出てきただけと同じだ。


「とは言ってもなぁ。勇んで出てきたはいいけど。そもそも二件目が起こんのかなぁ」

「花丸様ともあろうお方が、気弱ですねぇ」

「そらなぁ。こんだけ手がかりがないと、弱気にもならぁよ」

「二件目はきっと起こりますよ。いや、起こってほしくはありませんが。仮に起こらないなら、最初に変身した彼にだけ、特別な事情があったことになりますから」


 確かに、それはそうだ。

 もしそうだとして、あいつだけ狙い撃ちにされた理由はなんだろう?

 警察の捜査資料でも見れたらわかるんだろうが……。

 さすがにそんなもの、一介の男子高校生が見られるワケないからなあ。


「ネムノキさんも、彼については知らなかったんですよね?」

「特に聞いたわけではないが、覚えもなさそうだし、そうだろうな」


 知ってたら言ってくれるだろうし。


「異世界の関係者でもない人間に出回ってるなら、相当数が流れてると見るべきですよ」

「……そうだな。それは、よくないことだ」


 弱気になって、レンに確認するようなマネをしてしまった。

 俺からやるって言ったのに……反省。


「わりぃ。ありがとう、レン」

「いえいえ。お礼は、そうですね。あの店の奢りでどうです?」


 そう言って、レンが指差したのは、某有名牛丼チェーン店だった。


「なんだ、向こうで食わなかったのか?」

「だって、王族の食事っていちいち大げさなんです。こっちみたいに食べたい時にサッと、というわけにいかなくて」

「ふうん。確かに、テーブルマナーとかうるさそうだし、コースとかになっちゃいそうな印象はあるが」

「花丸様が作ってくれたチャーハン、美味しかったなぁ」


 ジュルリと口元を拭うレン。

 初日に作ってやった簡単なチャーハンか。

 俺も一人暮らしが長いので、炒める料理くらいはできる。


 チャーハンはその中でも、長い間俺の空腹を癒してくれた相棒だ。

 そこそこに作れている自信があったので、レンが気に入った様子なのは素直に嬉しい。


「また作ってやるよ。まあ、毎日じゃ飽きちゃうから、今日は違うのを……」

「その前に、あれ食べたいです、花丸様」


 再度牛丼チェーン店を指差すレン。

 どんだけ食べたいんだ。


 まあ、異世界人からしたら、物珍しいのだろう。

 しかし、俺は腹を撫でて調子を確認するが、やはり減っていない。

 さっき天丼食べてから、一時間も経ってないし。


「俺は腹減ってねえんだよなぁ。レンだけ食べてよ、と言いたいが、牛丼屋に入って俺だけ待ってんのも気まずいな」

「ネムノキさんとは一緒にご飯食べたのに……」


 羨ましそうに、俺を見下ろしてくるレン。

 ……さっきはシリアスな空気だったから、追求を一旦棚上げしてくれてたんだな?


「そうですか、そうですか。確かに私は人手も動員できない役立たずの姫ですよぉ。心造兵器も、花丸様からのもらいものですしぃ」

「いじけるなよ。今は、腹いっぱいってだけで」

「私はまだまともに花丸様とデートしてないのに、もうネムノキさんとデートしてるんだもんなーっ」

「子どもかお前は。今はデートの場合ではないだろ」

「一緒にご飯食べようって言ってるだけじゃないですかぁ〜っ! じゃあ花丸様は、この捜査中に休憩しないんですかぁ〜!?」

「子どもだなお前は! そこまで言ってねえ!」

「いいじゃないですか、花丸様ぁ。食べきれないなら食べてあげますから〜……」


 雨に濡れた子犬のようにしょぼくれてみせるレンに、なんだか罪悪感が湧いてきてしまう。

 腹いっぱいって言ってるだけなんだが……?

 なんでここまでごねられてるんだ。

 王族故のお嬢様気質か?


「わかった、わかった。まあ、牛丼一杯くらい食えるし、付き合うよ」

「わーい! さっそく行きましょう!」


 レンが差し出してくれた手を掴み、立ち上がらせてもらうと、俺達は軒先から抜け出し、近くの牛丼チェーンに向けて歩き出した。


 まあ、レンには世話になってるし、こういうのもいいだろう。

 滅多に頼まない、カロリーオフの米が豆腐になってるやつとか頼んでみてもいいかもな。


 そんなことを考えていると、俺たちの向かいから、数人のガラが悪そうな男が歩いてくる。

 いわゆるB-BOYファッションの、二〇歳そこらの連中だ。


 こういう輩は、ちょっと離れてすれ違うに限るので、俺はレンの手を引き、道の端っこに避けようとしたのだが、なぜか奴らは俺たちの方に歩いてきて、ぶつかりそうになってしまう。


 やべぇ。

 レンが可愛いから、絡まれるか……?


 そう思って、様子を窺ってみたのだが。

 なぜか黙ってこっちを見てるだけ。


 なんか、不気味だな。


「……なんでしょう?」


 口に出して聞いてみた。

 すると、一拍遅れて、目の前に立つ四人が一斉に


「「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃッ!!」」


 と、笑い出し、それぞれの右腕が膨らみ、爪が伸びる。

 これって、さっき暴れてたやつと同じ……!?


「はッ!」


 俺が掴んでいたレンの腕が勢いよく引かれ、後ろにすっ飛ばされた。

 そして、レンは目の前の男が振り下ろしていた爪を、ターコイズで防いで弾き飛ばす。


 ガキィンッ!


 そう、甲高く、金属同士が擦れる音がして、その音が注目を集めた。

 まずい……!


「顔隠せ!」


 レンに叫ぶと、何かに気づいたように、レンは掌で顔に触れた。

 対スマホ用の、幻惑の魔法をかけたのだ。


 周囲を見ると、逃げる人たちの中に紛れて、案の定スマホのカメラを向けてる危機感のない連中かいた。

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