第45話 二つの質問

 部屋の内部は、先程までの店内と違い殺風景なものだった。壁、床、天井、その全てが石造りで、年季が入っている。おおよそバスケットコートくらいの広さはありそうだ。コスモは宰吾の腕が入った壺を入り口の横に置き、歩みを進める。


「広いですね。ありえないくらいに」


「だろう? これも魔法さ。この部屋は空間を歪ませて作ってある。実際は三人も人が入れば袖が触れ合うくらい狭いんだ」


 部屋の中央にある大きな机。それに対しやや小さめの椅子に腰かけ、コスモは宰吾の問いに答える。木製の椅子が小さく軋んだ。


「ここは実験室なんだ。やや危険な魔法の発明だったり、魔物や魔法植物の解剖だったり、用途は様々」


 それを聞いた宰吾は、壁や床の年季の入った染みが何なのか想像してしまい、少々気分が悪くなった。自分以外の死に対しては、やはり人並みの感情はある。


「防音も完璧だから、外では憚られることも大声で議論できるってことさ」


「大声である必要はこれっぽっちもねぇだろ」


 とアイザックは大声で言った。


「今みたいにね」


 コスモのカウンターにアイザックは口ごもる。宰吾は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「さて。本題だ」


 ぴしゃりと空気が張り詰めるのを感じた。こうした威圧感を出したら右に出るものはいないのではないだろうか、と思わせる何かをコスモは纏っている。


「回りくどいのはいいだろう、十分に場は温まっている」


 先程までのひと悶着を、“場が温まる”と表現するのには些か無理があるようにも感じたが、宰吾とアイザックは言葉を呑み込んで続きを聞いた。


「私からサイゴくんに聞きたいことは二つだ」


 コスモは右手の親指と人差し指を立てた。


「一つ。死んだはずの我が一番弟子ルーナ・ハワードにどうやって会うことができたのか。二つ。ルーナが言った、私についての秘密とは何なのか」


 言い終わる頃には、右手の拳は握り込まれていた。そして、その拳を開くと、蒼い光が現れた。


「嘘を吐くと、その者の爪を剥がす魔法、なんて拷問じみたこともできるんだけど、不死身のキミには効果が薄いかな? それとも、延々に生え変わる爪を無限に剥がし続けるってのは、普通の拷問よりも耐え難いのかな?」


 恐ろしいことを楽しそうに語りコスモを見て、宰吾は身震いする。


「冗談はよしてくださいよ」


「はは、すまない。知的好奇心が溢れだしてしまった」


 にこやかなコスモと裏腹に、アイザックは不愉快そうな顔を浮かべ、腕組みをしている。


「気色の悪ぃこと言ってねぇで、話進めろって」


 すまない、と言いながらコスモは黙り込む。

 沈黙が流れ、二人の視線が宰吾に集まる。


「あ、えっと。まず一つ目の質問なんですが――」


 宰吾はルーナに出会うまでの経緯と、そこからどうやってアイザックと合流できたのかをできる限り細かく話した。

 スライムの森のこと、魔犬との鬼ごっこのこと、レッドドラゴンのこと、地下のゾンビのこと、謎の文字列と扉のこと、長い階段のこと、大きな扉のこと、地下水路を彷徨い続けたこと……。

 二人は口を挟まずに聞いてくれたので、頭の中で整理しながら理路整然と話すことができた。聞き終えたところで、コスモが質問をする。


「……謎の文字列に二回出会っているみたいだが、どちらもサイゴくんの能力を発動させることで開くことができたんだね?」


 宰吾は頷く。


「恐らくその文字列は、マナを流し込むことで開く魔法陣だ」


 何だか単純な仕組みだな、と宰吾は思った。


「でもよ、それだと今までルーナ・ハワードが見つからなかったってのが不自然じゃねぇか? ゾンビ狩りの冒険者なんかが見つけててもおかしくねぇ」


 アイザックが、宰吾も抱いていた疑問を投げかけてくれた。


「ああ、流し込むと言ったが、厳密には魔法陣付近で多量のマナをただ集めるだけ、という動作が必要なんだ。大抵の魔法使いは、マナに働きかけ常に動かしているから、そんな動作は絶対にしない。したがって、ただただマナを吸収するだけのサイゴくんだけが偶然開くことができたってわけさ」


 つまり、普通の魔法使いはマナをただ集めるだけという動作などしないということなのか。と宰吾は解釈する。


「普通の魔法使いには、そんな概念すらない」


 宰吾の思考を見透かしたように、コスモは断言した。

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