第四十話 魔術オタクは思わず帰れと言ってしまう
「授業が終わった後でも実験室を使いたいのか?一体何をするつもりなんじゃ?」
「魔法の練習をするつもりですが」
「本当か?また何か、突拍子もない事をしようとしておるのではあるまいな?」
アザド教授に対する俺の信用が暴落している。困ったもんだ。そして実際に俺はこの先、ちょっとこの世界の常識に無いことをしようとしているのがなんともはや。疑われても仕方ねえな。
午後の実習時間が終わった後から寮での夕食までの時間、呪文実験室を使わせて欲しいと俺がハザ教授に訴えてから三日。彼はちゃんと俺の要望を教授会に持ち込んでくれたようで、授業が終わってアザド主任教授に呼び出された俺は、先程のような質問を受けていた。魔法の練習をすると言っても素直に信じてもらえないあたり、俺の人徳の低さが露呈してしまったな。
「ルリアが午後の実習だけだと、魔力を持て余してしまうんですよ。勿体ないので、もう少し練習させてあげたいなと」
事実である。一年生でも優秀な部類に入るロシェやイサク、エリシェ嬢が休み休み呪文を唱え、それでも午後の実習が終わる頃には相当にくたびれているのに比べ、ルリアは彼らより遥かに速いペースで呪文を唱えていてもピンピンしているのだ。俺が見るに、ルリアの魔力の輝きは午後の実習を終えた頃合いですら半分も失われていない。どんだけ膨大な魔力なんだよ一体、と俺達全員が戦慄している程だ。
「あの娘っ子も大概だのう……。しかしサキよ、お主の魔力はそれほどでもなかったはずじゃろう。ルリアが居残って練習しておる間、お主は付き添っているだけか?」
「確かに、僕の魔力は少ないです。今現在でも、この学院の生徒で一番小さいくらいでしょう。しかし何でか、最近呪文を唱えられる回数が増えているんですよね。だから実習が終わった後でも、少しくらいならルリアに付き合ってあげられるかな、と」
俺の言葉に、アザド教授は深く頷きながら答えた。
「それはそうじゃろう。魔法使いは新しい呪文を習得するたびに、既に覚えている呪文をそれまでより少ない魔力で発動できるようになる。普通一年生ではそれを実感できるほど呪文を覚えられないんじゃが、お主とルリアはもう第二階梯も目前。最初に覚えた呪文などは、相当効率よく唱えられるようになっておるはずよ」
なるほど、そういうことか。俺は最近、自分の魔力がそれほど育ってないのに呪文を数多く唱えられるようになっていたので、どういうことかと
要はこういうことだ。俺が初めて呪文を覚えた頃の魔力量を、十と仮定する。あの頃の俺は十の魔力で、<
それに俺には、例の魔力吸収法があるからな。自分の周囲にある魔力の粒子を集めて自分の魔力に変えてしまうこの技術のお陰で、実習中にちょいちょい休みを入れながら魔力を回復させることが出来、俺よりずっと魔力が多い皆の練習にも付き合えている。一回で掻き集められる魔力の量は僅かだが、結構重宝している技なのだ。
また一つ新たな知見を得てしまったことに俺が無表情を装いつつ喜んでいると、アザド教授が溜息をつきながら
「色々と言いたいことはあるが、学生の自主的な努力を教授が妨げるのは本意では無い。呪文実験室の使用を許可しよう」
「本当ですか?!ありがとうございます!」
「ただし!寮の夕食前には必ず練習を終わらせて、儂かハザの奴に部屋の鍵を返却すること。この約束を一度たりとも破れば、今回のような特例はもう二度と許されぬと思え。よいな?」
「勿論です教授。寛大なお取り計らいに感謝致します」
俺はそれまで崩していた言葉遣いを直すと、改めて教授に礼を言った。正直アザド教授は身内も同然なので、他人の目が無いとどうしても親戚のおじさんを相手しているような口調になってしまう。だがこういう大事なポイントでは、しっかり礼を尽くして感謝の念を表すことが重要だ。その辺はちゃんと
まあ、問題はそうして礼を言われた当人が、すごく嫌そうな顔で俺のことを見ている事だな。
「え。何ですかその、苦虫でも噛み潰したようなお顔は」
「お主が行儀良くしておると、嫌な予感がして堪らんわい。本当に、裏で良からぬことを考えておらんだろうな?」
「そ、そんな事は考えておりませんよ。お忙しい中、時間を割いていただきありがとうございました」
俺はアザド教授のじっとりとした視線を背に受けながら、主任教授に与えられている執務室から退出する。部屋の外では、陽が傾いてきた廊下でルリアが一人俺を待っていた。彼女に教授から借りた鍵を見せると、ルリアは一つ頷いてから近寄ってきて、俺の左腕を取る。そのまま呪文実験室へ歩き出しながら、俺はルリアに小声で話しかけた。
「しばらくの間は授業が終わった後、呪文実験室で例の本の読み合わせをしよう。ルリアが読んでみて分からなかった所があれば、僕が教えてあげられると思うから」
「ん」
「それから、ハンナに頼んで用意してほしい物があるんだけど……」
学院の廊下を並んで歩きながら、俺達はまるで悪巧みでもするかのように小声で話し合うのだった。
「んもう、どうしてサキさんだけルリアちゃんと一緒に居残り練習をされるんですの?そんなの不公平ですわ!」
明けて次の日。友人達に「これからしばらくの間、午後の授業が終わった後でルリアと実験室を使って練習する」と告げると、案の定ぷんすこ怒り出した人が居た。言うまでもない、エリシェ嬢のことである。
「いや、皆とは毎日午後の実習で一緒じゃないですか。それで満足してくださいよ」
実際今現在進行形で、五人で呪文の実習をしている最中である。全員の練習が一段落して、ちょっと一息入れようという時に居残りのことを切り出したのだ。
「そういう事じゃありませんわ!こんな可愛い
七歳児ふたりで一体何を妄想してるんだよ、この桃色思考系お嬢様は。
「ですので、そんな事にならないように
「そんな発想が出てくる時点で、
俺の指摘に、横でこのやり取りを見ていたロシェとイサクが黙って頷く。当然ルリアも、全く信用ならないと言わんばかりにエリシェ嬢を睨んでいる。俺は一つ咳払いして間を置くと、真面目な表情を作って真摯に答えた。
「正直なところ、そろそろ皆にもお見せできない部分の練習を始めるんですよ。僕とルリアは、もうじき第一階梯を終了してしまいますからね」
俺の言葉に、口元を押さえショックを受けた様な表情を浮かべるエリシェ嬢。そのままよよよ、と泣き崩れるようにしながら「ううっ。ルリアちゃんとサキさんだけ、私達より先へ行ってしまわれるのですね」などと仰る。まあこれは彼女の、何と言うか多分にお
しかし、この出来の悪いコントもどきを
だがそうは言っても、いつまでも現実から目を背けていては彼等のためにならない。なので俺は、あくまで淡々とした調子で告げる。
「実はついさっき、僕もルリアも十一個目の呪文の習得に成功したんだよね」
そうなのだ。今日の実習を始めたとき、何と言うか「あれ、いけるんじゃね?」という気がしたんだよな。そこで俺とルリアはいつもの習得済み呪文の復習ではなく、新しい呪文を練習してみることにした。そして見事、十一個目の呪文習得に成功したというわけだ。
この俺の宣言を受けて、周囲からは「うわぁ」だの「はあ~」だの「ええ……」だのといった声が上がる。おいお前ら、一人くらいは「おめでとう」とか「大したもんだ」くらいのことは言えないのか?友達甲斐の無い奴らだな。
まあ仕方ない。今三年生でトップのラグ寮長が十一個目の呪文に取り掛かっているところなので、俺とルリアは入学したてで現在学院にいる全学生をごぼう抜きにしてしまったことになる。それを間近に見ていたこいつらにしてみれば、もはや呆れるしかないのかもな。
ちなみに、先程はあたかも俺とルリアが同時に新呪文を習得したように語ったが、実は全然そんなことはない。俺が実習開始から繰り返し新呪文を練習してやっとついさっき成功したのに対し、ルリアは初っ端から成功させている。これでルリアは塾時代から通算して、呪文初回発動成功連続十一回目である。いつまで続くんだろうな、この記録。
「今日覚えたのが<
「……入学して
「な、七歳の第二階梯魔法使いとか、この先もきっと現れないだろうね」
「私なんかまだ三つ目を練習中ですのに……あやかりたいですわ。抱きついたら、才能を分けて貰えたりしませんかしら?」
最後にエリシェ嬢が意味不明なことを呟きながらふらふらと近寄って来たので、両手を前に突き出して押し留める。あのな、そんなんで才能が分け与えられるんだったら、あんだけルリアを猫可愛がりしてたあんたはとっくに才能まみれになってるはずだろうが。
「そんなことよりエリシェさん、教えた練習はちゃんと毎日やっています?」
人差し指を立てて<
「サキさんから教えていただいた例の修行法ですわね?ええ、毎晩自室でちゃんとやっていますわ」
「それなら大丈夫です。アレをやり続けることで、僕やルリア、ロシェにイサクも実力が伸びたんです。エリシェさんも、きっと近い内に結果が出ますよ」
俺の言葉に笑顔で頷くロシェとイサク。ルリアもエリシェ嬢を回り込んで俺の腕にしがみつくと、無言でこくこくと首を縦に振った。彼女はそんな俺達を最初きょとんとした目で見ていたが、やがて片手を頬に当てると困ったような表情で呟く。
「もう……私がこの中で一番のお姉さんですのに。でも、ありがとうと言っておきますわ、サキさん。それに皆さんも」
そう言って花が
……俺の倍近く年上だけどな!
「……こうして人目を忍んで研究してると、何だか凄く後ろめたい気分になるなあ」
三人を寮に帰らせルリアと二人きりで呪文実験室に残った俺は、思わず独り言のように呟いた。それを耳にしたルリアは少し首を傾げて頭の上に疑問符を浮かべていたが、特に言うことは無いのかそのまま黙って椅子に腰掛けると、膝の上に「
「まあ、教授にもあの三人にも、完全な嘘をついている訳じゃない。呪文の練習もするだけで、『呪文の練習以外のことはしない』とは言ってないしな」
如何にも苦しい言い訳だ。しかしルリアは全く表情を変えず、「精霊の書」に目を落としたままだ。聞こえていない振りをしているのか、聞こえているがどうでもいいと思っているか。多分後者だな。
そこで俺は、今更ながらルリアと二人だけの時は被っていた猫を脱ぎ捨てていたことに気付いた。子爵家次期当主であるサキ・アドニ・アルカライではなく、前世から数えて足掛け三十年以上を生きている、白沢秋=サキとしての地が出てしまっていることに。
(本当に今更だな。しかし何でだ?……ああ、そういうことかよ)
多分、俺の中に「ルリアは俺がどう変わろうと離れていくことはない」という確信がある。同時に、俺がこの幼馴染から離れてどこかへ行くこともないだろう。だから、ありのままの自分を
今こうして居残り練習と称し、魔術の研究に付き合わせているのもそうだ。「魔術を極める」というのは完全な俺個人の目標であって、言うなれば俺の事情にルリアを巻き込んでいるとも言える。だが俺はこれまでルリアに一切隠し立てをしていない(まだ教えていないことは山ほどあるが)し、ルリアも拒絶することなく受け入れてくれている。彼女の好意に完全に甘える形になってるがな。
そもそも彼女は自分が受け入れられないことは頑として拒絶するし、それは俺でも変えられないことは学院に入学する時の一幕で証明済みだ。あの時はどうにかマリア母さんがルリアを説得してくれたが、本当にどうやったんだろうな?母は偉大なり、ということか。
ふと気づくと、ルリアが顔を上げていつも通りの眠たげな目で俺を見ている。相変わらずの無表情だが、俺が黙り込んでいることを怪訝に思っている色が見えた。目が合って、もうほとんど反射的に今考えていたことが口をついて出る。
「いつも付き合ってくれてありがとう、ルリア。感謝してるよ」
たっぷり数秒、ルリアは俺と視線を交わしていたが、そのまま無言で顔を伏せた。表情は変えていないが、心持ち頬が上気して
何か微笑ましい気がしてそんなルリアを眺めていたら、頬を染めたまま上目遣いで睨まれた。普段の眠そうな目と違い、力の籠もったその視線は「からかったのか?」と咎める気配がある。俺は更に相好を崩して、ルリアに笑いかけた。
「いや、本当にそう思っているよ。さて、ここを借りていられる時間もそう長くないから、早速最初の方から読み合わせようか――」
普段から無口なルリアだが、この日は輪をかけて口数が少なかった。その割に、居残りを終えてアザド教授に鍵を返しに行く際は、いつもより力を込めて俺の腕にしがみついていたのだった。
前にも言ったが、学院での寮暮らしというのは魔術の研究には向いていない。呪文実験室での居残り許可を貰ってようやく人目につかないスペースを確保できたが、それだけではこうして本を読む程度の事は出来ても、魔術儀式の実践は困難と言わざるを得ない。
俺の「火の短剣」やルリアの「水の聖杯」といった魔術武器、「精霊の書」のような本程度だったら持ち込めるが、祭壇とかを運び入れるのはどうしても目立つ。香炉や鉢といった小道具も沢山あるし、それらを学院の外へ出ずに揃えるのも一苦労だ。本格的な儀式を執り行えるのは、当分先のことになるだろう。
だが「精霊の書」で述べられている儀式の中に、こんな環境でも実行可能な儀式は皆無というわけじゃない。俺は最初に「精霊の書」を読み込んだ時からその儀式に目をつけていて、ここ数日ルリアと読み合わせを行う中でもそこを重点的に確認してきた。
それはズバリ、<
しかし前世の魔術書を見る限りでは単なるミニサイズの悪魔、コウモリの羽を生やして尖った耳と尻尾を持ち、硫黄の匂いを漂わせるちっちゃいオッサンだったりするのだが……。残念すぎるぜ中世の魔導書、どうして女体化しなかったし。そういう「小悪魔」は需要がねえんだよなあ。
まあでも?意思疎通が出来るペットみたいなものでも役に立つだろうし、例えちっちゃいオッサンであったとしても翼があるなら空は飛べるのだろうから、その有用性は計り知れない。何より、こいつを呼び出す儀式は細々とした祭具が要らず、床に魔法円を描く程度で済むらしいのが大きい。これだったら、この呪文実験室でもなんとか実践できるだろうと考えた訳だ。
「よし、こいつは今日で仕上げてしまおう。それから詠唱のおさらいをやって、儀式を行うのは明日だ」
そう言って俺は肩掛けカバンの中から畳んだ布を取り出し、呪文実験室の床に広げる。大体二m四方、凡そベッドシーツと同じくらいの大きさの、正方形の一枚布だ。広げられた布には大きく円が描いてあり、その中に種々の記号や文字が書きつけられている。言わずと知れた魔法円だ。ルリアは俺の言葉に頷くと、絵筆をインクに浸して布の上に紋様の続きを書き始めた。
この布はハンナに頼んで、学院都市の商店で仕入れてきて貰ったものだ。流石に呪文実験室の床に直接魔法円を描く訳にはいかない。見られたら「何のイタズラか」って怒られるからな。それに居残りの僅かな時間で魔法円を描いて、儀式して、床の痕跡を消し去るのは物理的に不可能だ。この実験室は俺達五人が毎日午後の実習で使っているので、すぐにロシェたちにバレるだろう。
そこで、広い布に魔法円を描いておいて現地で広げる。場所を選ばず儀式を執り行うことが出来る、ポータブル魔法円というわけだ。布を畳んでしまえば、持ち込むのも撤収するのも簡単だからな。我ながらナイスなアイデアだぜ。
今回は俺が炭で魔法円の下書きをして、ルリアにインクで清書してもらう形を取った。魔術の儀式に使用する様々な祭具は、出来る限り術者自身の手で作成することが望ましいので、経験の少ないルリアを俺がフォローしながら魔法円を描いている。そう、今回<使い魔召喚>の儀式を実際に執り行うのは、俺ではなくてルリアなのである。
前にも言ったが、魔術で高位存在を呼び出す儀式には<
そこで儀式の詳細をよくよく読んでみると、「術者は儀式を通じて自身の中に力ある
また注意書きに、術者の魔力が少ないと儀式が失敗する可能性があり、また術者の魔力が大きいほどより強力な使い魔を生み出せるとあったので、儀式を行うのはルリアが適任だろうということになった。俺的にも、ルリアにはもっと魔術の経験を増やしてほしいと思っていたところだったので、全く問題ない。
そうこうしている間に、ルリアが魔法円を描き終わった。今回も単純な円に五芒星、各元素のサインと神名が記された簡単なものだ。ただ、その神名が「Isis」……イシスなのが気がかりだ。いや普通にイシスでも何の問題もないよ、前世ならな。ただこの世界では、イシスってあのシスター・マギサのことだろ?なーんか、不安……。
ま、ここまで来て今更やめるとか論外だし、やるけどな儀式。その後俺とルリアは儀式の流れをおさらいし、詠唱を通しで練習した後、教授へ実験室の鍵を返して寮に戻った。
翌日、いつものように午後の実習を終えた俺とルリアは三人を先に寮へ帰し、呪文実験室に残った。今日は本番、ルリアが「使い魔召喚」の儀式を執り行う日だ。既に床には魔法円を描いた布が広げられ、そこにはルリアがいつも通りの無表情で立っている。
俺はそこから離れて立ち、ルリアの儀式を見守る形だ。見たところ、ルリアは変に
俺がルリアに軽く頷くと、ルリアも黙ったまま頷き返し、この儀式のために持ち込んだ「水の聖杯」を高く掲げた。そのままみぞおちの辺りまで聖杯を下ろしながら、細いがしっかりした声で「十字の祓い」を詠唱する。
「汝、王国。峻厳と、荘厳と、永遠に、斯くあれかし」
ルリアの詠唱とともに天上から光の柱が降り注ぎ、地平線の彼方から真横に光の柱が貫いて、彼女の体の中心で十字を成す。
「我が前方に風、我が後方に水、我が右手に火、我が左手に地」
続けてルリアは聖杯で宙に五芒星を描き、その軌跡をなぞって空中に銀色の五芒星が現れる。これを四方に向かって行い、ルリアの周囲には四つの五芒星が浮かび上がった。「追儺式」だ。
「我が四囲に五芒星、炎を上げたり。光柱に六芒星、輝きたり」
最初の「十字の祓い」は術者自身を清め、次の「追儺式」は儀式を行うこの場を清める。自身が霊的に乱れていたり、儀式の場が
そしてここからが本番。ルリアは高々と聖杯を掲げ、「使い魔召喚」の詠唱を開始する。
「来たれ、至高なる御方の眷属よ
いと深き地の底より、嵐吹き荒れる虚空より、大海の深淵より、灼熱の火口より、
至高なる御方の威を以て
我は汝を呼び覚まし、召命し、命令せん。
我は至高なる御方を
汝、至高なる御方に従うものよ
我は至高なる御方の聖名によって汝を清め、また汝に命令せん。
豊穣の女神、王権の守護者、魔術の創造者、偉大なるイシスの名において
我が身に宿り、我に付き従うものの姿を成せ」
ゆっくりとした詠唱を終え、ルリアは頭を垂れて前方に聖杯を差し出す。
そして、俺は見た。突然呪文実験室の屋根が吹き飛び、空が割れたような錯覚を覚えると、光の柱が天上から下り来てルリアを貫いた。そして光の柱の中を通って柔らかな銀の光の粒子がルリアに降り注ぎ、新雪が降り積もるかのように音も無く、彼女の中に吸い込まれていくのを。
やがて銀の粒子が降り止むと共に、ルリアがその身に宿す莫大な魔力が彼女が捧げ持つ聖杯に移動する。聖杯の中でルリアの魔力は凝縮し、そして一瞬だけ一際強い光を放つと、すべての光が消え去った。
周囲から一切の音が消え失せ、耳が痛いほどの沈黙の中、何かが聖杯の中から浮かび上がってくる。
それは両の掌で包み込めるような、小さな小さな女性の姿をしていた。閉じた切れ長の目も、引き結んだ口元も、造りが非常に小さいだけで、実に愛らしい少女そのものだ。ただ、長い銀髪から覗く耳は長く尖っており、二対四枚の透き通った羽をまるで薄絹のように裸体に巻き付けている。一言で言って、妖精。それ以外に、この存在を表現する言葉が思い浮かばなかった。
その妖精は聖杯から完全に浮かび上がると、ゆっくりとその閉じた眼差しを開き始めた。それに連れて、体をくるんでいた羽が広がり――
くわっと目が開き、妖精は拳を天に突き上げて大音声で叫んだ。
「魔法の妖精イシスちゃん、こ こ に 爆 誕!!!ルリアちゃん、サキきゅん、これからよろしく頼むゾ★」
「チェンジで」
考えるより早く、脊髄で俺は反射的にそう口にしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます