ある所に騎士が居た。

かつては身寄りのない少年だったが、神殿の兵になるべく養育され、心身を鍛え抜いた過去がある。

その末に一人前と認められ、"パートナー"を得た。

とは言っても、恋人や伴侶のことではない……共に使命を為す聖女である。

生涯を捧げる唯一人の主（あるじ）にして、守り抜くと誓う相手でもある。

　聖女の方も、簡単にその称号を手にした訳ではない。

祈祷師の中でも選りすぐりの能力と精神力が認められて今があるのだ。

彼女は自身が信仰する女神のように心優しかった。

各地の教会へ頻繁に赴き、民の声に耳を傾け、傷や病や呪いを癒す……素晴らしい奇跡の使い手だった。

騎士は自分よりも若いのにそれだけ立派な主を誇りに思っていた。

　ただし、聖女の奇跡は不完全だった。

実は、彼女は誰の傷も治す事ができない。

自身が一度身代わりとして傷を引き受け、それを治すだけなのだ。

普段聖女の下に舞い込んで来る傷や病は軽微なものであり、多少重いものであっても、彼女は苦しみをおくびにも出さなかった。

　騎士と聖女は魔物の多い地域を渡らなければならないときがあった。

その日は特に難が多く、幾ら腕の立つ騎士でも重傷に追い込まれた。

主を守る為に捨て身の覚悟で戦った結果だ。

聖女は当然、命懸けでこれを癒す。

しかし、傷と呪いの重さは度を越しており、ついには彼女が倒れてしまった。

　その後目を覚ました騎士は目を疑った。

自分の右腕にあった裂傷は消え、それによく似たものが主の右腕にある事を。

自分の腹に植え付けられた呪いが、主の身体に渦巻いている事を。

彼は、確かに主を無傷で護衛した筈だと己に確かめる。

そして事態に理解が行った瞬間、酷く悔いた。

拳を握り締めるあまり手甲が歪んでしまう程に。

彼は 聖女の一番近くに、一番長く居たにも拘らず彼女の障害に気付かなかった己を責めた。

できる事なら、そんな度し難い者を剣で切り刻んで罰してやりたかった。

しかし、それは聖女が癒してくれた体であり、無駄にする事はできない。

騎士は目を覚まさない主を背負って歩む中、ただ己の無力を恥じるのだった。

　無力なのは騎士だけではなかった。

名のある祈祷師や医者たちが、神殿に連れて帰られた聖女の治療を試みたものの、完全な成功には至らず。

最低限 外傷は消えても、彼女の目蓋を固く閉ざす呪いだけはどうにもならず、みるみるうちに衰弱して行った。

　決意をした騎士は、主を神官たちに託す。

そして、意識の戻らないままの彼女に

「一時、お傍を離れます」

と断って旅に出た。