第32話 決闘Ⅱ

 歓声が止む。奇妙な静寂が、演習場に訪れる。

 誰もが予想していなかっただろう。むしろ、逆の展開になると多くの人間が思っていたはずだ。


 なにせ表向きはC級冒険者の俺と、A級にして学園最強の男の戦い。


 まさか開始早々に、一年坊主が最強に一発食らわせるなんて。


血装ブラッドレイジ

「へえ」


 思わず口角が上がってしまったのは、砂埃の中から金髪のイケメン野郎がこっちに突っ込んできたからだ。

 目の白い部分は真紅に染まっていて、振るわれて受ける剣には予想以上の重さが。


「これは流石に予想できなかったな! まさか初手から全力で来るとは!」

「ノせたのはお前だろうが」


 固有魔法、起動。

 レオナルドの剣撃を視認できない速度で以て躱し、その首目掛けて短剣を振るう。

 さあ、これで終わりじゃないだろう。どう対処する?


「視えてるさ」

「っ!」


 躱された。いや、ただ躱されただけじゃない。まるで俺の攻撃がどこに来るのか、予め分かっていたかのような。そんな動きだった。


 反撃が来る。逆袈裟に剣が振るわれて、バックステップで回避。追撃に血の刃が生成されて放たれる。

 それがまた結構な弾幕となっていて、しかも俺の行く先へ的確に放たれるのだ。


「リリと同じ目か!」

「皇女殿下ほどのものじゃないさ! 精々が三十秒と言ったところだよ!」


 広いフィールドを縦横無尽に駆ける。当たりそうなものは短剣で弾き、あるいは拳で砕き、見つけた隙で敵へ肉薄。


 しかしそこはレオナルドのキルゾーンだった。いつの間にやら生成していた三本の剣が、頭上から降り注ぐ。

 急ブレーキ、眼前に突き刺さる剣はひとりでに浮き、まるで達人が持っているかのように動き出す。


「はっ! なかなかやるじゃねえの!」


 だが、ルナーリアほどではない。彼女と二人で練習した甲斐があったと言うものだ。


圧縮コンプレス星天燐タイムバースト!」


 短剣一振りで三本の剣をまとめて砕き、勢いそのままに前方へ跳躍。踵落としは手に持つ剣で受け止められて、大地がひび割れる。


「さすがと言う他ないな……!」

「まだまだ上げていくぞ!」


 固有魔法は切らさない。リリと同じ未来視を持ってるのは正直予想外ではあったが、納得できる話ではある。


 俺もリリも、フォルステラ様の加護を受けている。ならば同じ転生者であるレオナルドも、星と運命の女神から加護を受けていておかしくない。


 その加護は、受けたものに時に関わる魔法を与える。


 固有魔法が二つというのだって、なにもおかしな話ではない。生まれ持った神域魔法と、後天的に習得できる継承魔法か、あるいは昇華魔法。これらは両立できるものだ。


 至近距離で銃口を向ける。放たれた九ミリの弾丸は容易く躱され、お返しは血の刃。的確にこちらの急所を狙ってくるそれらから逃れて、状況はリセットされる。


 未来視は厄介だが、こちとら皇女殿下のお師匠様だ。その欠点も知ってるし、対処は簡単。血の刃や自在に動く血の剣にしたって、ルナーリアほどの練度はない。

 とはいえ、脅威じゃないってわけじゃあない。なにせレオナルドの野郎、若い癖に戦い方が上手いのだ。間合いを分かってる。戦いのテンポというものを熟知してる。


 おそらくだが、前世ではなにかしら武術を極めていたのだろう。齧ってた程度ではなく、間違いなく達人レベルにまで達していたはず。

 年齢と経験値が見合わない。


 未来視があったとしても、ここまで決めきれないのはそれが理由だ。


「予想してたよりもやるじゃねえか。学園最強ってのも嘘じゃないみたいだな」

「S級がいる手前、そいつを名乗るのは少々烏滸がましいと思っていたのだがね」


 いや実際、そんなに謙遜する必要もない。あと数年あれば、十分にソロで神災級を討伐できるだろう。新たなS級候補ってわけだ。


 しかしこいつには、致命的な欠点もある。

 手数は十分、戦い方も上手い。しかし、一撃の威力が足りない。ルナーリアと違うのはそこだ。

 おまけに言ってしまえば。


「その強化魔法、いつまで持続する?」

「……さすがに見抜かれるか」


 血流操作による身体強化。たしかに通常の強化魔法よりも上の効果があるだろうけど、体への負荷も相当なものになっているだろう。

 継戦能力にも難あり、だな。


「とはいえ、この決闘が終わるまでは余裕さ。心配には及ばんよ」

「そいつはよかった。時間切れで勝つんじゃ味気ないからな」


 インターバルは終わり。互いに再び大地を蹴って、血の剣と短剣がぶつかる。

 戦いはまだ始まったばかりだ。



 ◆



 観客席はかなりの熱気に包まれている。

 開始直後こそ異様な沈黙が降りたものの、それもほんの僅かな時間だけ。

 学園最強とダークホースの一年。両者の激しい激突は、観客席を再びの熱狂へ落とすには十分だった。


 隣に座っているエクレールは不憫なほど縮こまっているけれど、逆隣に座るフレンダは、周囲の観客と違って未だに唖然とした様子だ。


「まさか、彼がこんなに強かったなんて……ルナーリアさんは知っていましたの?」

「じゃないと決闘なんて受けさせないわよ」

「もしやエクレールさんも?」

「へっ? い、いえいえいえ! 私は知りませんでした! ……でも、たしかにガルムくんの色は、すごい綺麗だったから……」


 魔力を色として捉える魔眼で、彼女もなにかしら勘づいてはいたのだろう。しかし彼女は、そこからもう一歩先に、考察を進める。


「ただの強化魔法じゃないと思うんです……多分、前に言ってた固有魔法、速くなるってだけじゃなくて……なんだろう……」


 その正体にまでは迫れないようだけど、中々いいところを突いている。

 ガルムのあれは時間に干渉する魔法だ。身体強化なんてちゃちなものじゃない。なんなら、速く動くだけなら二、三ほどやり方があるみたいだし。


 って、なんで私が自慢気にならないといけないのよ。


「しかし、やはりレオナルド先輩もさすがですわね」

「血流操作だけじゃないわね。なにか別の魔法も併用してるわ」

「というと?」

「ガルムのあのスピードは、普通ついて来れるようなものじゃないのよ」


 眼下のフィールドでは、ガルムとレオナルド・フリーデンが激しい剣舞を披露している。互いの技量が高いからこそ、それはまさしく舞と呼ぶに相応しい。


 ただ、そうなっていること自体がおかしい。

 初手で蹴り飛ばしたように、普通なら目視することすら難しいのだから。実際、フレンダもエクレールもまともに動きが見えているわけではないだろう。私だって中々ギリギリなのだから。


「それでもああやって、二人はチャンバラに興じてる。フリーデン側になにかしらカラクリがあるはずよ」


 ガルムの魔力量は、決闘開始時点で四割かそこらといった感じだった。リリ曰く一昨日から殆ど寝ずに書類仕事もしてたみたいだし、その疲労も溜まってることだろう。


 ただ、それだけで負けるほどS級は柔じゃない。なんならまだハンデが足りないくらいなのに、フリーデンはガルムの動きに食らいついている。


 その動きから察するに、多分……。


「目にキラキラした色が集まってるから……あっ、そうか! 殿下と同じ──」


 不意に大きな声を上げたエクレールの口を、咄嗟に手で塞ぐ。

 え、この子気づいたの?


「ま、まあ、人の固有魔法を暴くような真似はやめておきましょうか」

「それが懸命ね」


 多分フレンダも、今のエクレールの言葉で気づいたのだろう。


「むぐっ……で、でも、だったらガルムくんは、どうやって勝つんですか……?」


 未来視の対処法はいくつかある。見えたところで対処できないようにしたり、そもそも負ける未来だけを見せたり。他にも色々。


 ガルムもそこは弁えているだろうし、逆に言えばフリーデンだってその弱点はちゃんと理解しているだろうけど。


「ま、問題ないわよ。安心して見てなさい、どうせ勝つのはガルムだから」


 自分の顔が笑みを作っていることに、私は気づかないままだった。



 ◆



 さて、どうしようか。

 レオナルドと何度か剣を打ち合い、時折混ぜられ飛んでくる血の刃やらを撃ち落としているが、このままじゃ埒があかない。完全に千日手。どちらが先にスタミナを切らすかの持久戦の様相を呈している。


 ぱっと見では俺が押されてるようにも見えるだろう。しかし実際、俺は有効打をひとつも貰ってないし、かなり余裕がある。

 対してレオナルド側はといえば、いくら未来が見えているとは言ってもその対処は常にギリギリを強いられているはずだ。


 なにせ俺のスピードは、そんじょそこらの強化やらとは違う。時間に干渉することによる速度だ。いくら未来が見えたところで、その対処をするのはレオナルド自身。だからこその血流操作による身体強化なのだろうけど。


「そろそろ変わり種が欲しくなってきたところだな、さっきから同じ攻撃ばかりだぜ、先輩!」

「ではご期待に応えようか、後輩くん!」


 距離を取るレオナルド。変わり種が欲しいとは言いつつも、簡単にやらせるわけがない。取られた距離を埋めるように前へ。だがそれはレオナルドも承知の上。


 目前に聳える、赤黒い壁。咄嗟に足を止める。血の壁だ。固体化されていないから突っ切ることもできるが、やつの血を浴びたら厄介なことになる。


 その壁のど真ん中を突き破り、超高速で迫る赤黒いなにか。

 短剣で受けるのはダメだと判断し、身を屈めて回避する。だがそれも判断ミスだと気づいたのは、壁を作っていた血が幾つもの細いレーザーのように放たれてから。


「超高水圧カッターか! 漫画で見たなそれ!」


 外れた血のレーザーは、大地を裂いている。それだけの威力が秘められた一撃を、弾幕のように放ってくるが。それでも俺の速度を捉えるには至らない。


 壁の血を撃ち切って、続け様に迫るはレオナルドが手に持つ剣。そいつを鞭のように伸ばして、超高水圧カッターが迫る。


 液体である以上短剣で受けられないのが面倒だが、やはり躱せばいいだけだ。


「ならば数を増やそう!」

「うげっ」


 宙に浮く三本の剣も同じように鞭となり、それらを避けたかと思えば地面にぶちまけられた血が棘のように勢いよく生えてきて、徐々に逃げ道を塞がれる。


 出来ればあまり手札を切りたくはなかったんだが、仕方ないか。


座標検索サーチ量子展開セット!」

「やはりそう来るか!」

牙狼天燐タイムバースト!」


 五人に分かれた俺が、レオナルドの攻撃を全て躱す。勢いそのままに全方位から囲むようにして斬りかかれば、さしものレオナルドとて逃げられない。

 逃げられるような可能性なんて、潰してるのだから。


「ぐッ……!」


 左右正面からの攻撃を血の盾と壁で防ぐが、背後から迫る二つの斬撃はまともに通った。

 背中に刻まれる二閃。追撃に容赦なく背中から蹴り飛ばせば、何度も地面をバウンドしながら吹っ飛ぶ。フィールドの壁にぶつかってようやく止まり、それでもレオナルドが沈むことはなかった。


 血の剣を杖に立ち上がり、不敵な笑みは顔から消えない。

 いいね、気合い入ってんじゃねえか。


「大盤振る舞いじゃないか、後輩くん。そこまで手の内を晒して良かったのかな?」

「この程度なら晒したうちに入らねえよ、先輩。まあ、切りたい手札じゃあなかったがな。そこは自分を褒めてやれよ」


 いやマジで、出来れば牙狼は切りたくなかった。これで俺の固有魔法に辿り着くやつがいない、とは言い切れないのだ。

 なにせここは、優秀な魔法使いの卵が揃う、セレスティア魔法学園。


 ドロシーのような魔眼だったり、レオナルドみたいな経験豊富なやつだったりしたら、気づかれておかしくない。


 潜入任務をしてる身からすると、固有魔法バレはノーサンキュー。しかしここで負けることに比べれば、小さな問題。

 レオナルドをみくびっていた俺の落ち度、とも言えるか。


「しかし、そんなボロボロでまだやるか? 素直に負けを認めていいんだぜ」

「ハッ、生意気な後輩だ。学園最強を預かる者として、ここで素直に引き下がるわけにもいかんだろう」

「そうかい。なら、きっちり引導渡してやるよ、最強殿」


 魔力を練り上げ、全身に巡らせる。

 残念なことに俺には、リリやルナーリアのような分かりやすい魔法がない。魔力砲撃やら氷の薔薇やら、ああいう派手なのに憧れた時期もあったけれど。

 今となっちゃ、性に合わないとすら言えてしまう。地味で結構、しかし秘めるは必殺技。


 しかし観客もいることなのだから、する努力はした方がいいか。


座標検索サーチ量子展開セット

「二度も同じ魔法は通さんよ!」

「残念、同じじゃねえよ」


 魔法の発動を阻止しようと一歩踏み出したレオナルドは、しかし二歩目を出せなかった。


 彼を囲むようにして展開されるのは、いくつもの斬撃。

 そう、斬撃だ。魔力による刃などではない。俺がレオナルドを斬る、その可能性を今この場に展開している。


 本来なら目に見えて分かるようなものではなく、なんならこうやって展開させること自体がおかしな使い方だ。

 牙狼天燐は俺自身に作用する魔法。つまり本来なら、目に見える前に斬ってるのだから。


「さて、どうだ? ご自慢のお目々で未来は見えるか?」


 もはや一歩も動けないレオナルド。当然だ。そこから抜け出す可能性は潰してある。


 ふぅ、と一つ息が吐かれる。手に持っていた赤黒い剣を落としたレオナルドは、そのまま両手を挙げた。


「勝負あり、ですわね。この決闘、ガルム・フェルディナントの勝利とします!」


 リリの宣言の後、演習場は大歓声に包まれた。

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