第30話 Replication

 魔力の流れが変わったのを、肌身で理解した。

 周囲一帯魔力に満ちていてまともに感知も効かない中で、それでも強力で凶悪な気配がひとつ、消えた。


「リリとルナーリアがやったか!」

「俺たちロートルも負けてられないな、ガルム!」

「年寄り扱いすんじゃねえよ!」


 迫る神速の触手を、短剣で斬り落とす。

 どうやら、あの二人は無事に勝てたらしい。いや、無事かどうかは分からんけど、神災級を討伐したのは間違いないだろう。


 ならばこちらも、負けてはいられない。

 未だ決め手に欠けてはいるが、勝ちの目がないわけじゃあないのだから。


 一進一退の攻防、といえば聞こえはいいが、先ほどから防戦一方だ。ダメージ蓄積しているのはこちらのみ。なにせ触手野郎は斬っても斬っても再生しやがる。

 相応に魔力は消費してると思いたいが、感じられる限りは減ってるように思えない。


「ヴィクトル!」

「おう!」


 名前を呼ぶだけで応えてくれるのは、かつて何度も戦場を共にしたからこそ。

 前に出たヴィクトルが、幾百本にも及ぶ触手へ身を晒す。鉤爪のように、あるいはドリルのように形状を変化させた触手が、もはや黒い箇所が見当たらない鎧へ向けて殺到。


簒奪虹魔アルカンシェル!」


 叫ぶのは、ヴィクトルだけに許された虹の一端。リリにすら使えない、七星虹魔アルカンシェルの真価であるそのひとつ。


 巧みな剣術で斬り落とされた触手は、しかし再生する気配を見せない。

 さすがに動揺らしきものを見せる魔物へ、ハンドガンのマガジンを交換した俺は一気に肉薄した。


「再生できなくて驚いたか? うちの皇帝陛下を舐めすぎなんだよ、触手野郎」


 ゼロ距離で銃弾をぶち込み、すぐに下がる。

 残った触手が勢いよく迫るが、割って入ったヴィクトルに敢えなく斬り落とされ、再び肉薄。引き金を引く。


 アルカンシェル帝国皇帝、ヴィクトル・インペリウム・アルカンシェルの使える七星虹魔アルカンシェルは三つだ。身体強化に次元跳躍、そして魔力吸収。

 七つ全てを扱える半神のリリと比べると半分以下ではあるが、しかしヴィクトルはそのうち、魔力吸収の使い方を究極と呼べるまでに鍛え上げた。


 あらゆる魔力運用、その全てを簒奪する。

 吸収するのではない。奪うのだ。

 魔法にせよ、神災級の再生にせよ。そこに魔力が用いられているのなら、例外なく。

 魔法であればその術式ごと奪い、使えなくするばかりか己のものとする。

 ではそれが、神災級の再生能力に適応されればどうなるか。


「まあ、これでもリリの治癒に比べれば足元にも及ばんがな!」


 ヴィクトルの傷が、みるみるうちに癒えていく。元々鎧の上からでは大した怪我を受けていなかったが、ここまで蓄積された疲労も回復し、剣を握る手には更に力が込められる。

 対して触手野郎はといえば、再生能力を奪われて、斬られた触手は血を撒き散らしたそのまま。弾幕のようだった攻撃は幾分か大人しくなり、巨体の分いくらでも隙が生まれる。


 だが反面、触手の数が減ったと言うことは、それだけ一本一本の制御に集中できるということで。


「チッ、まだ速さが上がるかよ……!」


 鋭い刃と化した触手が鼻先を掠める。側面からは時間差で突きが。咄嗟に短剣を差し込むが、防ぎきれず。

 短剣の刃がポッキリ折れてしまい、しかしギリギリで回避には成功した。


「くそッ!」

「ガルム! くっ、さすがは神災級だな……!」


 こちらを気にするヴィクトルだが、あいつもあいつで自分に迫る触手の対処に背一杯だ。


 マズったな。ぶち込んだ銃弾は二発。必要なのはあと五発だ。更にスピードの上がった触手を全部回避しながらってのは、ちょい無理がすぎる。時界制御の固有魔法が泣いてらあ。


「形状変化も奪えなかったのかよ!」

「再生を阻害しただけでも十分だろう! 文句を言うな!」

「ブレス! 来るぞ!」


 触手が一度引っ込んだかと思えば、やつの口周りに極大の魔力反応。ヴィクトルの次元跳躍で逃げるには間に合わない。


 放たれた魔力の奔流は、森を漂う毒や振り続ける酸性雨を、木々ごと蒸発させるような威力。上空へ高く跳ぶことで難を逃れ、そのままやつの頭に着地。


「あと四発!」


 脳天に銃弾を撃ち込み、空中に離脱。ヴィクトルのやつはと言うと、驚くことにブレスを切り裂いていた。なんでそんなことできんだよ。


 渾身の一撃も躱されたことに苛立ったのか、不快な鳴き声があげられる。

 かと思えば、全く動かなかった背中の巨大な羽が動き出した。


「羽があるんだから、そりゃ飛ぶよなぁ!」


 鈍重な見た目の癖して、気がつけばすぐに目の前まで飛び上がっている。

 こうなると地上のヴィクトルからの援護は期待できない。かといって、俺も自在に飛行できるわけではないのが悲しいところだが。


 触手が減ったことで顕になった、木の幹よりもぶっとい腕が振り上げられる。身を捻ったところで躱せない。全身を可能な限り強化して、迫る拳を受け止めた。


「ぐッ……!」


 突き刺さる勢いで地上に落とされた。余裕を持って防御していたとはいえ、無視できないダメージだ。銃を持つ手は震えて、今にも取り落としそうになる。

 短剣が折れたのが痛すぎる。俺が発動しようとしている魔法は、昼でも発動できるとっておき、奥の手の一つだが。あれは七つの銃弾とトドメの刃がなければ成立しないのだ。


 最悪ヴィクトルから大剣を拝借すればいいだけだと思っていたが、やつの機動力が予想以上だ。さてどうするか。


「どうするガルム!」

「今考えてるところだ! もう一発ブレス来るぞ! 防御任せた!」


 空中から放たれたブレスを切り裂くヴィクトル。その影に隠れてやり過ごし、晴れたところで飛び出す。


座標検索サーチ量子展開セット!」


 チッ、数が少ない! 神災級相手だとこんなもんか!


牙狼天燐タイムバースト!」


 宙に飛び上がるは三人の俺。それぞれが銃を構えて、放たれた弾丸が巨体に突き刺さる。

 欲を言えばもう一人分欲しかったところだが、神災級相手に渡れる可能性など知れてる。これで十分だ。


「あと一発!」


 体内に撃ち込まれた弾丸が、なにかまずいものだと悟ったか。ここに来て触手野郎は、俺たちに背中を向けやがった。


「逃がさん!」


 その背を突き破る、ヴィクトルの大剣。

 身体強化で引き上げられた膂力によって投擲され、大剣はその巨体を容易く貫通した。空いた風穴は塞がらず、巨体が地上へ墜落する。


「バカ皇帝! お前の大剣なかったら仕上げが出来ねえだろうが!」

「なにっ、そうなのか!?」

「いや言ってなかった俺も悪いなこれ! にしたって得物を投げるかバカ!」


 墜落したところに最後の銃弾を叩き込み、これで準備は完了なわけだが。

 肝心なラストアタックが出来なくなった。魔力の物質化で一時的な短剣は作れるが、それだと強度が足りない。


 あと一手、たった一手で勝負は決められる。けれどその一手が遠い。


 そんな思考に引っ張られすぎたか。

 反応が遅れた。

 気がつけば魔物の巨体が目の前に迫っていて、あろうことか体当たりを仕掛けてきやがった。


「ガハッ……!」


 直撃。僅か一瞬、あまりの痛みに視界が真っ白に弾ける。


 速度×質量=威力

 単純な計算式だ。これまでのどの攻撃よりも強力。骨の折れる音が体の中から聞こえて、内臓もいくつかおしゃかになってるかもしれない。


 流石にダメージが大きくて、立ち上がるのが遅れる。その隙にも残されている触手が、俺にトドメを刺そうと蠢いて──


「『止まれ』ッ!!」


 冷涼な声が、森の中に響き渡る。

 コンマ以下の、ほんの一瞬だけ。魔物の動きが止まった。次の瞬間には触手が再び動き出すが、俺が立ち上がり離脱するには十分。


 なにもない場所に突き刺さる触手。その上空から降り注ぐのは、いくつもの氷の剣。


「使いなさい、ガルム!」


 声の方には、振り向かない。

 なぜここに、とか。さっきの声はなんなのか、とか。魔力に余裕があったのか、とか。

 聞きたいことはいくつも浮かんでくるけれど。彼女が作ってくれたこの好機を、逃すわけにはいかないから。


「さすが、やっぱいい女だわ」


 口の中だけで呟いて、ニヤリと口角が上がる。

 触手を地面に縫い留めていたうちの一本を抜いて、半ばから斬り裂いた。いい切れ味だ。


 再生能力はヴィクトルが奪っている。もう生えてくることはない。

 触手が使い物にならなくなったことでフリーになった氷剣が、今度は触手野郎の本体目掛けて飛んでいく。


 突き刺さる氷剣、上がる絶叫。

 相変わらず耳につく汚らしい鳴き声だ。


 懐まで潜り込んで、剣に魔力を通す。

 まるで自分の一部かのように通りがいい。


 術式起動。アルコルのように、特別な祝詞は必要なく、魔力の消費もかなり軽い。

 然して、放たれるは紛れもなく俺の持つ切り札の一つ。


再演レプリケーション


 短い詠唱。必要なそれだけを呟き、手に持つ氷剣を突き立てる。

 たったこれだけの動作で、変化は現れた。


 触手野郎の巨体に、七つの魔法陣が浮かび上がる。それぞれが銃弾を埋め込んだ場所だ。そしてその全身に、あらゆる傷が再現される。

 裂傷、凍傷、火傷、あるいは肉が抉れ、弾け飛び、腐れ落ちて。


 生まれてから今日この時までに負った傷を。

 今日から先の未来で負うはずだった傷を。


 今、この時に。その全てを再現させる。


 再生能力が健在であれば無意味な技だが、ヴィクトルにそれを奪われた今であれば。


「久しぶりに見ると、やっぱりえげつない技だよねー、これ」


 ズシン、と沈んだ巨体に背を向けて、振り返った先にはルナーリアに肩を貸したリリ。

 金眼が輝き背に翼を伸ばしたその姿こそ、久しぶりに見た気がするけれど。


 俺の視線が吸い寄せられたのは、そちらではなく。リリに支えられながら立つルナーリアの、その瞳。


 己を支えてくれている半神と同じ、金。

 それは、神にしか許されない瞳であったはず。


 一瞬呆然とし、疑問が頭を埋め尽くして。しかし彼女がその瞳と鼻から流す血を見て、疑問は全て吹き飛んだ。


「おい、大丈夫かルナーリア⁉︎」

「うるさい、頭に響くから静かにして……」

「魔力切れか? まさかさっきの魔法もかなり無理して……」

「だから、黙ってなさいって。別に無理したわけでもないし、今もリリに魔力を分けてもらってるから問題ないわよ」

「そ、そうか……ん、リリ?」


 呼び方が変わってる。ルナーリアは長い耳を赤く染めて、そっぽを向いていた。どうやら、追及するなとのことらしい。


「ともかく、これで一件落着か?」

「うわっ、お父様それ落ちるの? 代々の皇帝に受け継がれる由緒ある鎧なんでしょ?」

「大丈夫だろ。うちの使用人は優秀だしな」


 全身真緑に染まった鎧は、幾分か俺にも責任があるので、ほんのり申し訳ない。

 いやでも、嬉々としてゼロ距離で斬りかかりにいったヴィクトルの自業自得か。


「で、なんで二人してここに? そっちは思ったより余裕あったとかか?」

「そんなわけないでしょう。こっちもギリギリよ」

「ほら、わたしって混沌の森だとほとんど永久機関完成しちゃうからさ。ルナの魔法だったら援護できるかなって。ナイスタイミングだったみたいだねー」


 混沌の森内部は魔力に満ち溢れている。そしてリリには、魔力吸収の固有魔法がある。

 変換率は100%とは行かないらしいし、神災級との戦闘中では中々そうも行かないが。それでも戦闘がひと段落してしまえば、リリは周囲の魔力を吸収し放題。

 そいつをルナーリアに分けてやって、その魔力で俺を援護したと、そういうことらしい。


 ところで、リリのやつも愛称で呼んでやがるな。これ、俺もドサクサに紛れて呼んでもバレないだろうか。バレるか。


「本当に、リリの言う通りよ……間に合って良かったわ」


 心の底からと言ったような安堵の息を吐き出して、ルナーリアはこちらをチロリと睨む。

 ああ、本当に。いい女だよお前は。


「ん、サンキューな。死ぬかと思ったわ、マジで」

「余裕で勝つって言ったくせに」

「そこはほら、ヴィクトルが大剣ぶん投げるから」

「えっ、ちょっとお父様⁉︎」

「待てリリ、これには海よりも深い事情があってだな」

「あの剣も貴重なやつなんだけど! お母様の加護が掛かった世界に二つとない宝剣なんだけど!! はいガルム、ルナのことよろしく。お父様っ! 探しに行くよ!」


 半ば放るようにして、ルナーリアの体を預かる。ポスっと胸の中に収まったエルフの少女は、驚くほどに華奢だ。

 不意の接近に年甲斐もなく心臓が暴れ始めて、絶対に聞かれてるだろうと眼下を見やると。


「……なによ」

「いや、なにも」


 どうやら、銀髪エルフさんもそれどころじゃないらしい。より一層に耳を赤く染めてしまい、それどころか頬まで真っ赤でキッと上目遣いに睨まれた。

 うーん、可愛い。この可愛さはなにかしらの罪に問えるのでは?


「とりあえず、お疲れさん」

「気安く頭を撫でないで。許可した覚えはないわよ」

「そいつは失礼」


 言い合いながらも、ルナーリアは逃げようともしないし、俺も止めようとしない。


 娘に詰められる皇帝陛下を見ながら、しばらくの間、触り心地のいい銀髪と戯れていた。



 ◆



 ガルムたち四人が、ヴィクトルの次元跳躍で混沌の森を離れた後だ。


 戦闘の爪痕が色濃く残る森の中には、ガルムがトドメを刺した魔物の死骸がそのままに残されている。

 当然ながら死亡確認はした。後ほど帝国から、死体の回収班が派遣されることだろう。


 完全に新種の神災級ということで、研究者は今か今かと死体の回収を待ち望んでいるはずだ。今後同種の魔物が現れないとも限らないので、死体は解剖され、その生態を余すことなく調べられる。


 そうなる、はずだった。


 最早死因も定かではない死体には、あらゆる傷がつけられている。

 この魔物が今日この時までに負った、そしてこの先の未来で負うはずだった傷の全てを、今この瞬間に集約されたからだ。


 そんな死体が。

 パキリ、と。

 音を立てて、割れる。


 脱皮。

 そう呼ぶのが最も正しいだろう。

 割れた死体の中から、なにかが這い出てくる。


 ソレは、ヒトの形をしていた。

 人型であるというだけで、人間とは似ても似つかない。背丈は二メートル強。骨格はおよそヒトのものとは思えず、ともすれば四足歩行の獣が二本足で立ったような。


 ギョロリと目玉が動く。背中から生える幾本もの触手が蠢く。立った今這い出てきたばかりの母体を、伺うように。


 ガルムか、あるいはリリウムやルナーリアがこの場いたら、気づいたはずだ。

 一目見て理解したはず。この人型の魔物が、かつてテオール山で相対した魔人と、同じであると。


 相違点はいくつかある。

 まず背丈の大きさ。次に凶悪な爪が生えていない。そしてなにより、テオール山の魔人はエルフの男が、なにかしらの薬品によって変化したものだ。対してこちらは、神災級の魔物から生まれた。


 それでも三人が見れば、間違いなく同じだと揃って口にするだろう。


 生まれたばかりの魔人は、触手で母体をそっと撫でる。まるでその死体を労るように、人のような情緒のある行動を見せて。


 魔人は、森の奥へ歩いていった。

 その存在を知るものは、まだ誰もいない。

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