第23話 婚約者
レオナルド・フリーデン。
セレスティア魔法学園三年生の彼は、当然ながら事前に准将閣下からの書類でその存在を確認している。
帝国より西に位置する大国の一つ、ソルシェール連合国の連合議会第二席の長子なのだ。他国で言うところの王族かそれに類する地位に当たる彼は、しかしこの魔法学園において、別の意味で有名人であった。
曰く、学園最強。
例外たるお姫様方を除いて、在学中にA級冒険者の資格を有する、学園史上初の生徒。
同性であっても見惚れる美しい容姿もあり、学園内どころか冒険者の中ですらファンが少なからず存在する。
ソルシェール連合国は元々、冒険者の活動がかなり活発だ。国を上げてギルドに多大な支援をしているし、そもそも小国の集まりに過ぎなかった連合国をまとめ上げたのが、かつてのS級冒険者パーティ。つまり、レオナルドを始めとした議会の席に座る一族の祖先は、偉大な冒険者だった。
ゆえに冒険者に対してある種神聖視しているような国の出身で、若くしてA級ソロの資格持ち。
連合国内のみならず、帝国やその他の大国ですら、卒業後の動向に注視するような人物。
そんな大物がいきなりやって来て、いきなりとんでもないことを宣いやがった。
さすがに一瞬自失してしまい、その間にも彼は話を進める。
「ふむ、その様子だと初耳かな? 安心したまえ、俺もこう見えて色々と分からないことがあってな。ルナーリア嬢、貴公が帝国国民となったことは聞いている。しかし我がフリーデン家に婚約の話を持ちかけて来たのは、何を隠そう君の実家なのだよ」
「そいつはおかしな話だな、先輩。あんたが言ったように、ルナーリアはもう帝国の一員だ。いくらエルフ女王国の王家とは言え、皇帝陛下を通さずにってのは筋が通らないんじゃないんすか?」
エルフ女王国も、情報は掴んでいるはずだ。追放した元第三王女が、帝国へと正式に亡命したことは。
あるいはだからこそ、とも考えられる。政治の世界はややこしく迂遠なやり取りが好まれる故に、エルフ女王国側からの無言の抗議とも取れるのだ。
だからと言って、この婚約が正式に成り立つはずもない。エルフ女王国側からの抗議だろうがなんだろうが、ルナーリアを追放したのは女王国の連中で、帝国はルナーリアを受け入れた。
亡命者の扱いに関しては国際条約にも記されているし、となると受け入れたフリーデン家も問題だ。
「勿論番犬くんの言う通り、俺もこの婚約はなにかおかしいと思っているとも。筋が通らないともね。君が皇帝陛下にお伺いを立ててくれるのなら、俺も手間が省けるのだが」
フッ、と。嫌な笑みをひとつ。
こいつ、俺のこと知ってやがるな? どこで掴んだのかは分からないが、A級ソロともなれば不思議な話でもないか。
「しかしだね、俺としては乗り気ではあるのだよ。家からの指示ではあるが、ルナーリア嬢のような美しい女性であれば大歓迎だとも」
「正気かよあんた」
一歩踏み出したのを見て、懐のハンドガンに手をかける。さすがにA級ほどの実力者ともあれば、即座に気づくか。足を止めて両手を上げる。
さて、どうするか。
正直この件に関しては、マジで陛下か宰相あたりの指示を仰がねばならない。あるいは、軍上層部に。
ルナーリアの後見人である帝国貴族としても、彼女の安全を預かる帝国軍人としても、無視できる案件ではないし、しかし俺の一存でどうこうしていい範疇を超えている。
「ちょっと、本人をそっちのけに話を進めないでくれる?」
場が一瞬の硬直を見せたところに、呆れたような声が響く。
銀の髪を風に靡かせる彼女は、俺の前へと踏み出して、忌々しく揺れる金髪を睨む。
「さっきから聞いてれば、随分と好き勝手言ってくれるじゃない。婚約がどうの実家がどうのと、私の意思は関係ないって?」
「極論、そう言うことになるのだよ、ルナーリア嬢。貴公もよく存じているだろう、我々のような身分であれば、婚約や結婚に己の意思は介入する余地がないのだと」
「あなたもよく知ってるんじゃないの? 私は、S級六位の《白薔薇》よ。私の我儘は私の力で押し通す」
「おいルナーリア、ちょっと落ち着けよ。話はかなりややこしいんだ、S級六位の権限もどこまで通用するか分かんねえぞ」
帝国とエルフ女王国だけの話ならば良かったが、レオナルドは連合国の人間だ。しかも連合議会第二席の長子とかいう貴人も貴人。
あちらの方が筋が通ってないとはいえ、下手な手を打てば帝国が不利益を被りかねない。
俺としては国がどんな不利益を被ろうが、どうでもいいってのが本音だが。それでルナーリアの身の安全が脅かされる可能性があるなら、慎重にならざるを得ないのだ。
「私はね、ガルム。恋愛だの婚約だのにうつつを抜かしてる暇なんてないの。分かってるでしょう?」
「そいつはよく分かってるけどな」
「ほう? そこの番犬くんと懇ろな関係かと邪推していたのだが、これは失敬。俺の早とちりだったようだ」
レオナルドがバカなセリフを吐いて。
空気が、凍った。
比喩ではなく、物理的に。周囲の気温が急激に下がり、足元には霜が降る。
ルナーリアは神域魔法を完全に制御できておらず、彼女のとある感情に呼応して勝手に発動される。
その感情とはなんだったか。
そう、恐怖だ。
このシチュエーションに似つかわしくない、あきらかに怒りの表情を浮かべているのに。
「貴公が強さを求めていることは俺もよく存じているとも。そのために魔法学園へ入学したこともな。入学式の日、教室で宣言したそうじゃないか。しかし今の貴公は、そこの番犬くんやリリウム殿下と仲良しこよしの学生ごっこに興じているようにしか見えんがね」
「……そのよく回る口を今すぐに閉じなさい。それとも、私が直々に縫い留めてあげましょうか?」
冷気が手元に収束して、両手に剣が握られる。声には殺気が乗せられて、リリの後ろに隠れていたドロシーが小さく悲鳴を上げた。
ルナーリアの情緒が不安定なのは今更として、レオナルドもどうして挑発するようなことを言うのか。
その狙いが読めない。ルナーリアとの婚約に乗り気だというなら、ここで彼女を怒らせても利はないはずなのに。
どうにも俺の手には余りだしてきた。視線でリリに助けを求めるも、彼女は微笑を浮かべて静観の構えを解かない。
使えない皇女殿下だことで。俺になんとかしろってことね。
ため息を一つこぼして、華奢な肩に手を置く。信じられないくらい冷たいそこに多少驚いたが、あいにく寒さや冷たさには耐性があるので。
「もう一度言うぞ、ルナーリア。ちょっと落ち着け。お前が剣を抜いても、いいことなんてなんもないだろ。この状況じゃ、正当防衛も成り立たねえぞ」
現状、彼は彼自身が言ったように、挨拶に来ただけだ。こちらが危害を加えたわけでもなければ、剣を抜いたわけでもない。
「じゃあどうしろって言うのよ。まさか、あいつの戯言を受け入れろって?」
「それこそまさかだな。ぽっと出の胡散臭いイケメンにやるくらいなら、俺が本気で口説き落とすよ」
「なんだ、やはり番犬くんもルナーリア嬢に気があるのか? これは困った、強力なライバルが現れてしまったな」
ハハハ、と口だけで笑うレオナルドに、言葉が詰まってしまった。悪手だ。やらかしたと気がついた時には、彼の笑顔は固まっていて。
「ハッ、ハハハ! これは傑作だ! かの猟犬がまさか本気だとは!」
「おい、一言もそんなこと言ってないんすけど? その辺デリケートなとこなんでやめてもらっていいですかねぇ?」
あと危ない言い回しも控えてもらっていいですか? ドロシーは俺の正体知らねえんだぞ。バレたらどうすんだ、落とし前つけてくれるんだろうなこいつ。
しかしドロシーに気づく素振りはなく、レオナルドの言葉にやっぱり……! と目をキラキラさせてる。違うよドロシー嬢、そんなんじゃないってさっきも説明したよね?
当のルナーリアはというと、今のやり取りはうまく理解できなかったのか、小首を傾げていらっしゃるけれど。
さて、マジでどうしよっかね……。
考えられる選択肢としては三つ。
①ハンサムなガルムさんは突如この場切り抜けるアイデアを閃く。
②静観してるリリの気が変わって助けてくれる。
③どうしようもない。現実は非常である。
個人的にはまだリリがどうにかしてくんないかなーと思ってるのだけど、やつは微笑むどころかニヤニヤと面白いものを眺めるかのように見守るのみ。
となれば、やはりハンサムなガルムさんが閃いちまうのか。やっぱなー、百戦錬磨のガルムさんだからなー。てことで一丁お願いしますよガルムさん! 無理だよ! 答えは③でした!
「くくく……笑わせてくれた礼だ。この俺からひとつ提案してやろうではないか、後輩」
「ほう? 聞くだけ聞いてやるよ、先輩」
「うむ、話は簡単だ。俺と貴様、互いにルナーリア嬢の心を希うもの同士、決闘をする。どうだ、これが最もシンプルだとは思わんかね?」
乗ってくると、確信しているのだろう。レオナルドは右の手袋を外し、こちらへ投げて来た。
どうやら答えは、④見かねた敵が哀れんで助け舟を出してくれる、だったらしい。
情けないったらありゃしねぇ。
が、しかし。待てしばし。
たしかにレオナルドの提案は、最もフィジカルで最もプリミティブなやり方ではあるが、ベストではない。
先ほどS級六位に惨敗したのがいい例で、手を抜かなければならない以上、A級ソロのレオナルドに俺は勝てないのだ。
やつの手の内はある程度知っている。レオナルドの持つ固有魔法も、情報だけなら持っている。だから勝てるかと言われれば、首を縦に振れないのだ。
やはりこの話は一旦持ち帰って、今からでも陛下に指示を仰ぐべきだろう。なにもこの場でなにもかも決めてしまう必要はないのだから。
そんな俺の決心とは裏腹に、手袋が拾われる。隣に立っていた銀髪エルフさんの手によって。
「え、あの、ルナーリアさん……?」
「いいじゃない、受けてあげれば」
「いやお前ね、分かってんのか?」
具体的になにを賭けた決闘か、なんてのは互いに口にしていないけれど。
分かってんのかこいつは。つまり決闘に勝った方が、俺がレオナルドに勝ったら、それがどう言うことになるのか。
「あいつが勝てば、私はあいつの婚約者。と、急にそうなることはないのかしら? なんにせよ、あなたが勝てばいいだけの話よ。それで私とあなたがどうこうなるわけでもないだし」
ダメだこいつ分かってねえ。
今すぐに決闘というなら問題はない。ドロシーにはお帰り願って、俺がレオナルドを瞬殺すればいいだけの話。目撃者は当事者のみで、変に話が広がることもないだろう。
だが、決闘とは公平を期して行われなければならない。レオナルドが手袋を投げて、俺自身ではないのだとしてもそれを拾ってしまったのであれば、なおさらに。
日を改めて、教師にも話を通して、観客もどこぞから話を聞きつけて満員の中行われることだろう。
エルフのお姫様を賭けた決闘。
娯楽に飢えた思春期の少年少女が心を躍らせるには、十分すぎる餌だ。
ここからでもどうにかして回避したいのだけれど。
「ガルム、あなたなら余裕でしょう?」
日が落ちる。
空が夜の闇に覆われて、月と星がその顔を覗かせる。
月明かりに照らされて美しく煌めく銀髪。決して俺を信頼してくれているような表情には見えず、不機嫌さを隠しもしないムッとした顔。
でも、君からそんな風に言われてしまえば、男ってのは単純な生き物だから。
「できらぁ……」
ため息とともに吐き出した言葉に、返されるのは満足そうな頷きひとつ。
髪を蒼銀に染め、耳と尻尾を生やした俺が、改めてレオナルドへと向き直る。
「お姫様からのご命令なんでな。いいぜ、受けてやりますよその決闘」
女神様曰くの我が運命からご指名されたのだから、もはや逃げ場なんてないも同然。
私情を交えて言わせてもらえれば、納得できるわけがないのだ。なににって、なにもかもに。
横から急に出てきたやつが、婚約者になったからルナーリアを貰って行きますだって? ふざけんのも大概にしろよ。こちとら年甲斐もなくガキみたいにあれこれ考えてたところだってのによ。
「婚約者だかなんだか知らねえが、ルナーリアは渡さねえよ、先輩」
「ハハッ! 乗り気になったようでなによりだ! では、詳細は追って知らせるとしよう! ご令嬢方、時間を取らせてしまって申し訳ない。俺はこれで失礼させていただく!」
実に満足そうな高笑いと共に、レオナルドは歩き去っていく。
あー、マジでどうしよう。
「男らしかったですわよ、フェルディナントくん。不覚にもときめいてしまいそうでしたわ」
うるせぇリリこの野郎。ニヤニヤしてんじゃねえぞドロシーを見習え。
「そ、そうですよガルムくん……! す、素敵でした……!」
「あぁ、ありがとうドロシー……」
君だけが唯一の癒しだよマジで。
明らかに愉悦入ってるリリと純真無垢なドロシーはさておくとして、一方のルナーリアはというと。
「……本当にいいんだろうな、ルナーリア」
「しつこいわね」
何度も聞くなと言わんばかりに手を振る。今回のことで確信したが、こいつは恋愛がどうのこうのに対して、あまりに無頓着だ。
これまでの人生、そこにリソースを割くだけの余裕がなかったのだろうけれど。
もはや何度目かも分からないため息を吐いていると、ボソリと、小さな声が耳に届いた。
「私、自分よりも弱い男は範囲外なの」
「……そうかい」
返事が来るとは思ってなかったのか、キッと睨まれた。
しかし、そう言われてしまえばあれだな。無様な真似は出来なくなったな。
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