しゃぼん玉


 丘の上にある最寄りのバス停から家とは反対側にある、ベンチがあるだけの芝生の公園へ降りていく。


 丘を降りきると鞄からビニールポーチに入ったしゃぼん玉を取り出す。

 大きく息を吸い、優しく少しずつ息を注いでいく。

 緑色の棒から生まれる虹色の膜たちは夕焼けの空に放たれゆらゆらと上っていくと弾けて溶けていった。


 私はよくここでしゃぼん玉を吹く。

 言葉にできない気持ちを抱えた時、叫びたい想いがある時、それを口に出来ない時、しゃぼん玉に乗せて吐き出していく。

 そしてそれが空に溶けていくのを眺める。私の気持ちも溶けてなくなってくれたらいいのにと思いながら。


 しばらくそうしていると、後ろから誰かが歩いて来る音がした。

 止まった足音が気になり振り返ると丘の斜面に立ち、しゃぼん玉をじっと眺める男性がいた。

 彼はゆっくりと瞼を閉じる。


 「ありがとう」


 小さいけれど確かにそう呟くのが聞こえた。

 その瞳からは涙が流れていた。


 私はその姿から目が離せずにじっと彼を見つめる。目を開けた彼が私の姿をとらえると、ふわりと笑いそのまま丘を登って行った。


 その一瞬の出来事が私の心を大きく揺らした。

 誰にも届くことのないはずだった想いがしゃぼん玉に乗って届いたような気持ちになった。


 彼は何を思っていたのだろう。どんな気持ちで見ていたのだろう。

 それを知ることが出来ない私はきっと彼を忘れることはないだろう。


 

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