第22話 アミィの慈悲

「ちょ~~っと待ったァ!」

 ダイヤが詠唱を始める直前、唐突に大きな声が響いた。

「誰だッ!」

 ダイヤは即座にその場から退き声の主を探す。

「本当に?本当にやっちゃうの?」

 その声を上げたのはいつの間にか顕現していたアミィだった。

「アミィ!どうしてここに?」

「お前が召喚したのか?」

 ダイヤがキッとこちらを睨む。

 決断を邪魔されたのに腹を立てた様子だ。

「いや……何もしてない」

「出しゃばりなやつめ……それでなんだ?」

「この子にはもう戦う意思はないみたいだよ?」

「それはわかっている……。だが、復讐されるおそれがある。仲間を殺されては私も黙ってはいられない」

 既に終えたはずの問答を蒸し返されてダイヤは更に苛立ちを加速させる。

「その気がなくて、ただ家族の許に帰りたかっただけならどう?」

「……それもそうだろうが……しかし……」

 だとしても、それをどうこうする術を持たないが故に私たちは悩んでいるのだ。

「ボクはね、そういう子には命を落として欲しくないんだ」

 キラキラとした目で言うが、それが可能ならばどれだけ良いか……。

「綺麗事を言うな。ではこいつが復讐しないと言いきれるのか?」

 当然だがダイヤはアミィの揺さぶりにも最もな理屈を求める。

 感情論で全員を救えるはずもない。

 私もアミィの言うことは綺麗事にしか感じられないが……。

「絶対に大丈夫な方法があるよ」

 しかし彼女は断言する。

 周囲の沈痛な雰囲気など気にすることもないかのようにのたまうのだ。余程の自信があるに違いない。

「何?」

 ダイヤは圧をかけたつもりだったが、随分簡単に言い返されたことに眉をひそめる。

「この子の記憶を消して強制送還しちゃえばいいんだよ。そうしたらキミたちのことも仲間が死んだこともわからない」

「それは……ありだな…」

 ダイヤは唸るような声を上げて肯定する。

「ほら、解決法、もう見つかったじゃん?」

 ふふんと軽く笑いながらアミィが得意がる。

「しかしそれをできる者がいなかったんだ。致し方ない……」

 事実記憶を消すだの強制送還だのと言われても誰がどうそれを実現するかという話になるのだが……。

「アミィちゃんをなめてもらったら困るよ!ボクにかかれば大抵の事はなんとかなる!」

 どうやらこの子が全て解決してくれるらしい。

「じゃああんた戦いなさいよ……」

「ぐぅ……すぅ……」

 私が言及するといきなり両手を合わせて頬の横に添えて眠っているジェスチャーをとる。

「露骨に寝たフリをするな!」

 多分彼女のできることにも限界があるに違いないが……。

「とまぁ……そんな感じでどうかな?マイコタンちゃん?」

 アミィはマイコタンに優しく話しかける。

「カエ……レルノ……?」

 おずおずと顔を上げてマイコタンがアミィを見つめる。

「もっちろん!あ、そうだ。向こうで怒られないようにこれもあげちゃうね」

 アミィは懐から淡く光る石を取り出した。

「なにそれ?」

「この子たちのお望みのものさ!この国はそれが豊潤だから魔法生物が攻めてくるってワケ。……でも本当はお互いに譲り合って暮らせたらいいと思うんだけどね……」

 苦い顔をしながらアミィが語る。

「ワタシ……キオク……ケサナイデ……」

 マイコタンがカタコトで何かを求めている。

「な、なんだ急に!」

「コノカンジョウ……ウレシイ……ワスレタクナイ……イツカ……オレイ……シタイ」

「本当か?」

 まだ少し距離を空けてその言葉を聞き取るダイヤは、怪訝そうな顔でその真意を問う。

「この子の言葉に嘘はないよ!ボクには嘘をついていればわかるからね!保証するよ!」

 アミィにはわかるらしい……何なのこいつの万能感……。

「それじゃあ……まぁ……いいか」

 この状況では仕方ないが、アミィの言うことを瞬時に受け入れダイヤは納得する。

「よかったねマイコタン!」

「アリ……ガトウ……」

 アミィに向けてマイコタンが嬉しそうにお礼を言う。

「それじゃあまた会おうね!ばいばい!」

 マイコタンにアミィが手をかざすとマイコタンは光に包まれて消えていった。

「転移魔法をいとも容易く……ほんとにこいつは何者なんだ……」

「アミィちゃんで~す!」

 圧倒的なチカラを見せつけ周囲をドン引きさせているにも関わらず、アミィは場違いなほど明るいポーズをする。

「はぁ……まぁいいか」

 最早考えることも馬鹿らしくなったか、ダイヤは額を抑えながら嘆息する。



「生徒各員に通達します。ただ今最後の魔法生物の反応の消失を確認。警戒態勢を解き任務を終了とします。お疲れ様でした」

 マイコタンが消えてから間もなく、校内に状況終了のアナウンスが鳴り響いた。

「よし……終わったか」

「私たちが倒したのが最後だったみたいね」

「というか今回の功績ほぼ私たちじゃない?」

「いや、教室以外にも発生してたと思うから驕るのは良くないな」

「かたいなぁダイヤは!」

 嬉しそうにはしゃぐメンバーと対照的にダイヤは浮かれないように注意を促す。

「まぁまぁ、みんながんばったし、良かったってことで!」

「確かに報酬は期待しても良さそうだが……」

「新作いっぱい買っちゃうぞ~!」

 結局は周囲の雰囲気に押され、彼女はやれやれと肩を竦める。

「おい、もう帰って寝るぞ。明日も早いんだから」

「はぁ……こんな日くらい明日は休みにしてくれればいいのに……」

「常に戦いは近くにあるのだと心得よ」

「もう!ほんとかったい!」

「お前がやわらかすぎるんじゃないか?」

「むき~!」

 怠け代表と規律第一主義者の抗争だ。

「落ち着きなって……さっきまでやられそうになって叫んでた子とは思えないよ」

「そ……それは言わないでよぉ……」

 私に痛いところを突かれたクローバーが苦笑いしながら誤魔化す。

「でもみんな無事でよかったです!あ……さっきの生徒さんは……」

 言いかけてハートは心配そうな顔をする。

「きっと保護されてるよ。でもしばらくは菌糸の入り込んでいた神経がまともに動かせないだろうね……」

「本当に危ないところだったんですね……」

 菌糸に支配されかけていたクローバーを見つめてハートは安堵した表情を見せる。

「ま、なんだ。みんな無事だった!それが今回のご褒美だろ」

「スパーダにしては珍しく良いこと言うじゃん」

「ははっ。珍しくは余計だな!」

「……ありがとね。リリィ。あんたが火をつけてくれなかったら私……」

 クローバーが改まって私に感謝を述べる。

「それを言ったら私もダイヤやモカちゃんに 火を消してもらったし……」

「なんやかんやでみんな助け合って勝った!私たち、良いチームだな!」

 スパーダが全員をまとめて巻き込んで抱きしめる。

「ですね!」

「ちょっ……苦しいって!」

 流石に5人をまとめるのは無理があったか……。

「じゃあ今度こそ帰ろっか」

「うん!」

 私たちは疲れた身体を引きずりながらうっすらと明るくなりつつある空の下を歩いていった。

 ……もう朝じゃん…………。

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