第13話 緑の魔導書

 学園長室で光から現れたエトンは、グリぐりのタイトルにあるような緑色のエトンだった。

「このエトンは……」

「学園長……」

「緑色だな」

「見ればわかりますが……」

 学園長は冷静を装っているが、不思議そうに首を傾げていた。

「エトンは生徒によって色が違う。それ以上でもそれ以下でもない」

 きっぱりとそう言い放つがそれは私に余計な心配をさせないような配慮にも思えた。

 ……そうか。第3天使アカデミー編の2部ではまだ緑のエトンが出てきていないんだ。だから学園長でさえこのエトンのことをわかっていない。物語の始まりで大天使メロウ様にのみ伝えられたからだろう。

「あの……」

「何か知っている様子だが……私が知らぬことを君はあまり言わない方がいい」

 やはり学園長も私が何か言おうとしていることを察したようでその発言を制した。私が介入したことによって世界に影響を与えることを危惧しているようだ。

「いいかいリリィくん。君がもしそのエトンに大きな使命を感じたなら、是非全うして欲しい。それがどうしても困難ならば私や君の仲間たちも頼ってくれ」

 学園長は優しく私に微笑みかける。

「学園長……」

「その答えも全て、今はただ君の胸の内に秘めておくといい。ただ、ここで過ごす日々は必ず君を成長させるからね」

「……はい!」

 そうして私はエトンを抱えて学園長室を後にした。



「……まさか、私が緑のエトンの所有者になるなんて……」

 廊下を歩きながらぼやく。

 緑色のエトン。この物語の根幹に関わる……というのは前にも言ったが具体的にはどういった存であるかというと、この緑色のエトンは、まだ完結していないグリぐりの最終呪文を使うことの出来るエトンと言われている。

 このエトンを持つ者が集まり全員で魔法を使うらしいのだ。私は図らずもこの物語の最後の切り札を担うことになってしまった。……責任は重大だ。

「何をしょぼくれてるのさ~」

「はっ!」

 不意に声をかけられた。しかし周りに人なんていなかったはずだ。ということは……。

「そう。ボクだよ。エトンの精霊アミィちゃんだよ!」

 ぼわんっと音を立ててエトンの近くに魔女みたいな格好をした小さな女の子が出てきた。緋色の帽子を被りマントを羽織った紫色の髪と翠色の瞳を持つ、少女…というにはかなり小さい見た目だ。ただそれは幼いという小ささではなく私と同じくらいの年齢の子がサイズ感だけぬいぐるみみたいな大きさになっているような感じだった。

「アミィ?」

「うん!これからはキミと行動を共にするよ!」

 なんともかわいらしい精霊の登場に私はさっきまでの不安を一瞬忘れるくらい嬉しくなった。

「よろしくね!アミィ!」

 小さな魔女っ子はにんまりと笑うとエトンとともに消えた。



 用を終えたので私も特訓に参加することにした。

「みんな、お待たせ」

 みんなが集まるグラウンドの一角に訪れ声をかける。

「おーう、おつかれリリィ。ストレッチは入念にやって途中から訓練に参加してくれ」

 スパーダが汗を拭きながら応じる。

「はーい」

「じゃあモカが手伝うよ!」

「ありがと!」

 私が来たことに気づいたモカちゃんが近寄ってきたので一緒にストレッチを始めた。

「ねぇねぇ、エトンはどうだった?」

 早速興味津々といった様子でエトンについて訊かれる。

「かわいい精霊が出てきたよ」

「そっかぁ!リリィねぇねの精霊だもん。きっとかわいいにきまってるよね!」

「あはは。ありがと」

 なんかプレッシャーだなぁ……。

「さ、押すよ?」

「う……うん」

「はい、ぎゅ~!」

「うわわわ……」

 モカちゃんはいつも通りに私を押すが、やはりなかなか気持ちよく身体は曲がってくれない。

「なんだ、まだ慣れないのかリリィは」

 ダイヤがこちらを見て声をかけてくる。

「いやぁ……でも前よりはいくようになったかな」

「十分な進歩だ」

 そう言って私の背を少し押した。

「あいたたっ!」

「ほう、確かに以前よりは曲がるようだな」

 感心したように軽く笑むとダイヤはまた自分の訓練に戻っていった。

「この調子で頑張ろう!」

「うん!」

 その後もモカちゃんに数分手伝ってもらい、ストレッチを終えた。

「はい、リリィも追いついたね」

「いらっしゃい~」

 訓練中のみんなと合流する。

「今日はこの後はいぱーデコイくんを使おうと思ってるんだ」

 スパーダが傍らに置いた奇妙な人形を示して嬉しそうに言う。

「はいぱーデコイくん……訓練用の木人みたいなやつか」

「お、知ってるなら話ははやい。そう!はいぱーデコイくんは半端な攻撃では傷もつかない特殊な防御魔法がかけられた訓練用設備!ぶっ飛びやすくしたり固定したり細かい調整が可能なのも魅力的だよな!」

 うずうずとした様子ではいぱーデコイくんについて語る彼女は、よほど使うのを楽しみにしているらしい。

「素手で殴ったらやっぱり硬いのかな」

「触ってみ?」

 言われるがままに触ってみると、その表面はぷにぷにとしておりとてもじゃないが激しい攻撃に耐えられるような素材とは思えなかった。

「あ、やわらかい!すぐ破れちゃいそうだよね?」

「そこがその防御魔法のすごいところだよ!質感は怪我をしないくらい柔らかいのに傷がつかないんだ!」

 鼻息荒くスパーダが解説する。もしかしたらこの子もこの手の設備ヲタクなのかもしれないな……。

「ちなみにこれ物質にしかかけられない魔法らしいよ」

「まぁ人にかけられたらムテキになっちゃうもんね」

「というかこの魔法、防御魔法って言われてるけど形状を保つ魔法らしいから人にかけると身体がかけた姿勢のままになっちゃうらしいよ」

「こわ……」

 自分にかけて1ターンでとけるやつならいいけど……。

「まあとりあえずこいつを使って武器の扱いを練習してくれ。切り裂いてもとぅるんってなるから大丈夫だよ」

「えいっ!」

 とぅるんっ!

 私が放った拳は確かに当たった感触があった。しかしその次の瞬間には例の間抜けな擬音とともに拳は殴り抜けたかのようにはいぱーデコイくんを追い越していた。

「拳はもちろんのことあらゆる武器の流れは阻害されない!すごいよね!」

「ついでに魔法を受けても全然大丈夫だし一時的に撃った矢も留まるから当たったかわかるぞ」

「なんて便利!」

「それじゃあやろう」

 私たちははいぱーデコくんを用いて特訓を開始した。

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