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  • まるさへの応援コメント

    大変お疲れ様です。本来感謝されてしかるべきだ、と思っているのに感謝もなく、挙句には文句まで言われてしまうのでは、心がすり減るのも当然だと思います。私も同じようなことに陥っていた時期があるので、お気持ち、痛いほど伝わります。

    本当に大切で、大変で、でも傍目には見えない仕事をしている人に感謝のメッセージをくれる人はほとんどいません。いわば「空気」みたいなもので、ほとんどの人にとっては「当たり前」になっています。同じように傍目には見えない大切な仕事をつづけ、「その苦労を知る」人だけが感謝の言葉をかけてくれます。

    引用されているアドラーの言葉、私には「自分が『必要だ』と思ったことは、他人がどう思おうと関係なく、自分がやるんだ」と響きました。

    私は内科医です。前の職場は、50年以上の歴史がある有床診療所(入院設備のある診療所)でした。創立当初は、いわゆる「無医村」状態のところに作られた唯一の医療機関でしたが、年月が経ち、地域は過当競争となり、経費節減に終われることとなりました。医療機関の掃除も、本来は専門業者に委託するのですが、委託料が負担となるため、清掃員を直接雇用、ということになりました。

    お掃除をしてくださる方も、直接雇用なので「お休みの日」があり、その日はお掃除をする人がいません。

    女性のトイレはそこまで汚れることはありませんが、男子トイレは一日使えば、便器の周りに尿は飛び散り、時に大便器には便が付着していることもしばしばで、かなり汚れます。

    「こんなに『過当競争』で苦しんでいるのに、朝一番からこんな汚いトイレでは、印象が無茶苦茶悪いやろう」と考え、普段から7時前に出勤していたので、お掃除の入らない日は、私が外来の男子トイレの掃除をしていました(退職するまで)。お掃除は20分ほどかかります。

    自分の立場は、「医師」でもあり、医療法人の「理事」でもあったので、業務命令として、誰かにお願いすることもできたのかもしれませんが、そうすると「早出」の賃金や労働時間などなどの問題が出るので、「気がついた自分がする」というのが一番手っ取り早くて問題が少なかったのです。

    諸般の事情で退職するまで(退職理由に、この『掃除』のことは一切関係ない)、数年間続けました。知っている職員もいれば、知らない職員もいます。ただ誰からも、そのことについて「ありがとう」の言葉はありませんでした。

    もちろん患者さんは知らないでしょう。「誰かに褒められたい」という気持ちではなく、「朝一番からトイレが汚れていたら、患者さんが不快だろう」「トイレの汚い医療機関を誰が信用するものか」という思いで続けていました。

    「陰徳あれば陽報あり」という言葉があります。見えないところで人のために苦労をした人には、どこかで目に見える良い報いがある、ということです。この言葉の「客観的な真実性」を評価することはできませんが、私は「そうだ」と思っています。

    丸い人が、すり減って小さな丸になってしまうのはもったいないですが、わざわざとげのある「星」になって、「少し扱いにくい人」になるのも、勿体ないと思うのです。「陰の苦労」を知っている人だけが、今、「陰の苦労」をしている人に気付けます。感謝の言葉を伝えることができます。それだけでも「陽報あり」なのでは、と思いました。

    繰り返しになりますが、心の摩耗、他人ごとではなく本当に心が痛みます。できる範囲で、ご自身が病んでしまったので。

    作者からの返信

    いつもあたたかいコメントをありがとうございます。素敵なコメントのおかげで心の整理ができました。

    >>「陰の苦労」を知っている人だけが、今、「陰の苦労」をしている人に気付けます。感謝の言葉を伝えることができます。

    目から鱗でした。
    たしかに最近、人の行動に気づきやすくなったように感じていました。
    なぜだろう、とは思っていたのですが、今まで見えなかった「自分から他者への働きかけの成長」によるものだというと、新しい気づきを得ることができたように思います。
    また、そんな自分を今まで以上に大切にしようという気持ちも芽生えました。

    いつも、本当にありがとうございます。

    編集済
  • 百日紅への応援コメント

    加賀千代女の句、初めて知りましたが、とても素敵な句ですね。

    人生、うまくいかないことの方が多くて、ダメでもまた次、また次、という力強さを感じます。

    ロックバンド"Queen"の名曲、"We are The Champions.”(邦題:伝説のチャンピオン)にも、同じような想いが流れていると思います。ちなみにこの曲、CMでもしばしば使われています。

    「(人生は)バラの敷き詰められたベッドではなく、決して楽しい航海ではなかった。(困難の一つ一つを)人類への挑戦と考えて、決して負けるわけにはいかなかった。そして戦い続けて、戦い続けている」(意訳です)という歌詞です。

    つらいときには、この曲を聴いて、自分を鼓舞しています。

  • コインランドリーへの応援コメント

    私には好きな言葉が3つある。

    「ふんわり」「ふっくら」そして「へよ〜ん」だ!




     げん😃

  • 自分で作ったごはんへの応援コメント

    「定食屋」さんでも、チェーン店の定食は結構早く飽きが来ますが、店主のおじさん、おばさんの手作り感が伝わるものは、外食でも案外飽きがこないように思います。

    食事は、「食べ物」だけでなく、「人のぬくもり」も一緒に食べているのかもしれませんね。

    作者からの返信

    この不思議な疑問が腑に落ちました。
    確かに外食には飽きる一方で、越してきた街の良いご飯屋さんを探そうとしていたのも事実です。どこか人の温かみをご飯に求めていたのかもしれませんね。
    素敵なコメントありがとうございました^^