3日目 午前・午後:お姉ちゃんの計画
目が覚めると、またお姉ちゃんが先に起きていたらしく、僕の頭を撫でてくれていた。心地いい感触に目を細めながらも、窓から差し込む日差しに妨害され、目をパッチリと開ける。
お姉ちゃんの顔に、影がかかっているように見えた。カーテンの影のようにも、そうでないようにも思える。
「なんか、元気ない?」
「日課の連絡とかしてたからね」
「なるほど」
じゃあ、ここは一人暮らしの部屋なのか。それにしては、複数部屋があるようだったけど。お風呂に入ったときに、他に扉があったのが見えた。少なくとも1LDKはありそうだ。きっとここも、おじさんおばさんが用意した部屋なんだろう。
僕は身を捩って一人で起き上がり、お姉ちゃんの頭を撫で返す。すると彼女は目を細めながら口角を緩めてくれた。
「ありがとう。じゃあ私、ちょっと出かけてくるね」
「え、もう昼?」
「違うの、今日は早くに出かける用事があって。朝ご飯置いておいたから」
お姉ちゃんが指した小さいローテーブルを見ると、確かにサンドイッチが置かれている。その隣には、水筒があった。
「水筒には君が好きなコーヒーが入ってるよ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「あはは、監禁されてるのに律儀だねー」
「嫌いじゃないみたいだから、この生活」
僕が言うと、お姉ちゃんの肩がピクリと跳ねるのが見えた。
「……行ってくるね」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
お姉ちゃんが部屋から出ていく。今日もどこかへと用事に出かけていった。こんな状況で、どこに行っているんだろうか。しばらく帰ってくるという話だったから、学校じゃないと思うけど。そういえば、学校どうしたんだろうか。
考えながら体を引きずってローテーブルの前まで行き、サンドイッチを食べた。相変わらず、お姉ちゃんの料理は美味しい。昔は料理なんてできなかったのに、一人暮らしで覚えたんだろう。
思えば僕は、ここ数年のお姉ちゃんのことを知らない。僕は携帯電話を持っていないから、お姉ちゃんとは連絡もほとんどできなかった。帰ってくるという知らせが手紙で来るまで、互いに手紙のやり取りもほとんどしていない。思えば、二度か三度くらいだったか。
ふと、足枷が気になった。この部屋から出て行ければ、何かお姉ちゃんの異変の手がかりが見つかるんじゃないか。
僕の足を繋ぐ足枷は手錠のようなタイプで、ベッドの足などにくくりつけられてはいない。満足に歩けないとしても、この家の中くらいは……。
僕は唾を飲み込む。それから這うようにして部屋の扉まで行き、扉を開け、部屋の外に出た。お風呂に入るときにチラリと見えた部屋の前に行って、扉に手をかける。開かない。鍵が掛かっているのか。内側から掛けるタイプだろうに。
見ると、コインがあれば無理やり開けしめができそうだった。
「後回しかな」
家の廊下を這って進み、大きな部屋に出る。リビングとダイニングというやつか。大きなテーブルがあって、椅子もある。ソファやテレビもあって、まるで家族で住んでいるかのような整い具合だった。
ふと、ソファの上に紙束が置かれているのが見える。体を引きずってソファまで近寄り、紙束を持ち上げてみた。
「なんだ……? これ」
紙束には、僕の見知った名前と見知った顔がある。竹藤とその取り巻き、僕のイジメに気づきながらも僕を責めた担任の教師、そして父と母だ。彼らがどこに住んでいるのか、今どのような暮らしをしているのかが写真と共に記されている。
紙束をめくっていくと、お姉ちゃんの両親……おじさんとおばさんのことも書かれていた。彼らの弱みが淡々と綴られている。社長と社長夫人という立場を利用して会社の金を横領しているとか、おばさんが誰かと不倫しているとか。
他の人達に関しても、弱みが記されていた。
「一体何をするつもりなんだ……」
最後の一枚だ。心臓の鼓動が足早に主張する。これを見てはいけないと、本能が警告しているようだった。それでも僕は、知らないといけない。お姉ちゃんのことを。
勢い任せに紙を捲る。そこには、新聞の切り抜きと彼女の文字があった。
――復讐完了。
赤く大きな、そして乱雑な文字でそう書かれていた。
「復讐?」
新聞の切り抜きの見出しには、こうある。
――桟橋商事の社長と社長夫人、書類送検へ。
おじさんとおばさんのことだ。記事には、彼らが横領や詐欺の罪に問われているということが書かれていた。証拠付きのタレコミがあり、捜査がトントン拍子に進んだことがスピード書類送検に繋がったと書かれている。
「もしかしなくても、お姉ちゃんがやったのか」
僕は紙束を元通りの位置に置いて、ソファから離れる。
お姉ちゃんが自分の両親の不祥事を証拠付きで警察に通報し、復讐した。だけどあの紙束には、僕をイジメた奴らや僕の両親も書かれている。あまり頭の良くない僕でも、それが何を意味しているのかがわかった。
「あいつらにも復讐を……?」
だけど、彼らには警察に通報されて困るような弱みは書かれていなかった。強いて言えば両親が僕を放ったらかしにして出ていったことくらいだろう。
どうして、こんなことを……。
妙に胸がざわつく。外から聞こえる鳥の鳴き声が昨日よりもうるさく感じた。
ふと、カレンダーが目に留まる。監禁生活五日目にあたる日付に、赤い丸が描かれていた。お姉ちゃんは五日間だけ、と言った。この日、彼女は一体何をするつもりなんだ。
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