第29話 死神さんと文化祭準備


 何はなくとも明日も文化祭も来る。藍里は夏休み終盤に学校に駆り出され、固めた机に手をついてクラスメイトと作戦会議をしていた。


「メイド服はできる限り手作りか、某激安店で揃えるとして……。店の目玉はオムライスにしようか、ほら『萌え萌え〜キュンキュン❤️ご主人様』ってやつ付きで」


 藍里が顔を引き攣らせながら手でハートの形を作ると、ルクレール含め数人の生徒が吹き出した。藍里は顔を真っ赤にして「今のはなしで!」と両手を大袈裟に振ると、文化祭の書類を叩いて角を揃え、咳払いした。


「と、とにかく大体決まったんだから今日の会議はこれで終了!!明日から本格的な準備に取り掛かりましょう!はい、解散!」


 藍里の鶴の一声によって同志達は散り散りになって帰っていった。これから始まる忙しない日々に溜息をつく藍里の元に、委員長と真美子が走り寄ってきた。


「だいぶ様になってきたじゃないか、大蔵君!! これでクラス対抗戦催し物部門は優勝確実だ!」


「やっぱあんたをリーダーにして良かった! 心の友よ〜」


 こいつら、都合よく煽てやがってるな。藍里は苦笑いして適当に返事をしておいたが、委員長はさらに鼻息を荒くさせた。


「適材適所とはまさにこういうことだ! 大蔵君、委員長として是非ともリーダーとしての君の意見を更に聞きたくなった!! このあと一緒にお茶でも……」


「あ、委員長、これから店の営業なんで」


 真面目を極めた委員長がナンパなど、らしくない。藍里は遠い目をしてスライドするかのように距離を取った。彼女はこういった恋愛事とは無縁、いやする暇がないほど多忙の少女時代を送ってきたのだ。当然免疫も許容も存在し得ない。


「委員長、藍里は疲れてんですから引き上げましょう!じゃあ藍里、頼りにしてるからね!!」


 真美子は気を利かしてか委員長の襟元を引っ掴むと藍里に笑いかけて教室をそそくさと後にしていった。藍里もそれにやれやれと手を振ると、そっと目を閉じた。


「そこで何してんすか、モルさん」


「あらバレちゃった」


 藍里が呟いた途端、黒い羽を散らせて闇が渦を巻くようにモルテが現れた。彼は大鎌を肩に担ぎ上げると、華麗に靴を鳴らして藍里の顎を上げた。


「悪くなかったわよ、『萌え萌えキュ〜ん❤️やん、ご主人様❤️』は」


「んな事言ってません! 捏造です! それより、フィーアの行方はどうなったんですか?」


 藍里は雑にモルテの手をどけると、頬を膨らまして腕を組んだ。モルテは「可愛いくない子」と鼻を鳴らしたが、すぐに真面目な表情に戻った。


「以前足取り掴めずってところね」


「うっへー、モルさんでも!?」


「フィーアは擬態魔法が専売特許なのよ。その質は同じ同族であっても見抜けはしない。案外、アンタのダチに化けて潜んでるかもしれないわ」


「怖いこと言わないで下さい。寝れなくなったら子守唄でも歌ってください。でも、なんでフィーアはわざわざ敦賀市にいるんですか? 神様なんだから日本全国、いや宇宙にだって逃げ放題でしょう?」


 藍里が小首を傾げた途端、モルテの顔に曇りがさした。彼は暫し黙って、大鎌の刃をそっと撫でると、横目で藍里を見た。


「フィーアとはね、変な仲なのよ。頭がおかしい食い患いなんだけど、どこか放っておけない親みたいな。あっちもアタシに変な執着してるらしくて、アタシを『満たされない』同士とか言ってたわ。そして、アタシが満たされてしまったら裏切り者として殺すってね」


 殺す。藍里はモルテが消えてしまうと考えたら恐ろしくなった。天涯孤独の藍里にとってモルテの存在は不審者から疑似家族に変わりつつある。強がりの藍里でも、モルテと賑やかな非日常を失ってしまったら立ち直れるのか怪しい。


「モルさんは、いま満たされて、るんですか?」


 恐る恐る藍里が俯きながら尋ねた。満たされていればモルテの命が危ない。藍里はモルテが首を横に振ってくれることを祈った。しかしモルテは藍里を見つめて、ふっと笑うだけだった。


「どうでしょ。まあ、どっちであってもアタシは死なないわ。アンタは精々文化祭のことだけ心配してな」


 彼らしくない、曖昧な返事。それだけで藍里は胸のわだかまりが膨張した気がした。



※※※※



「じゃあ委員長、また明日!!」


 夕暮れの校門の前、真美子は自転車のペダルに足をかけながら、斎藤に向けて手を振った。斎藤も「気をつけて帰りたまえ!と」喧しいぐらいに手を伸ばして振り返した。小さくなっていく真美子の後ろ姿を眺めながら、斎藤は息をついて再び高校の敷地に足を踏み入れた。


 そのままグラウンドに回り、一直線に体育館倉庫に向かった。重い鉄の扉を開け、積み重なる跳び箱の一段目を持ち上げた。中身は空ではなかった。人だ、そこには両手を縛られて意識がない“斎藤“がいたのだ。


 眠る斎藤を見つめる斎藤は、そっと自身の眼鏡を外した。その瞬間、斎藤の顔は歪み、粘土細工をするように曲がりくねって、また別の顔を作り出した。肉体も背が伸びていき、体つきも女性のように変わっていった。


「あー、制服ってキツイわね〜。お腹もぺこぺこ」


 斎藤の皮を破って現れたのは、緑髪の女、フィーアであった。フィーアはその場で背伸びをすると、じっと斎藤を見つめた。


「今すぐにでも貴方を食べてやりたいけど、我慢しよっかな。あと少しで沢山食べられるんだから」


 それだけ言うとフィーアは不気味に舌舐めずりをして、溢れた涎を拭き取った。



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