お昼寝ミウ、海へ行く(5)
「え? 僕を……ですか?」
明らかにハトが豆鉄砲を食らったような顔をしている、愛しの彼を見ながら私は潤んだ瞳で頷いた。
そりゃあなた以外にに誰が居るのよ!
まさか海で出会ったイケメンがあのヨドカワでヨミコン担当してる人なんてね。
鴨がネギどころか鍋しょって来てるような物じゃない!
この獲物、逃してなるものか。
「愛って不思議。本当の姿に近づけば近づくほど、動物的になる。私、あなたにメスの本能として愛を感じたんです」
「そ、そうなん……ですか? でも、すいません……僕には……妻が」
「問題ありません。昔のわが国には『
「い、いやあ……」
ぬぬ? 明らかにイケメン、引いてる?
でも問題ない。
ここまで来たら押しに押して……
「あ、もうすぐサーフィンにいい感じの波が来そうですよ。今行かないと逃げちゃうかも」
へ?
突然聞こえた村松さんの声にハッとしたイケメンは、あからさまにホッとした表情で村松さんに頭を下げると海へ走っていった。
ああ……私の……未来が。
「良かった~! せっかくの恩人さんが大好きなサーフィンを楽しめないんじゃ、恩を仇で返したようなものですもんね、西明先輩」
村松さんはどこか勝ち誇ったような表情で私に言った。
く……この。
「ミス・ムラマツ。確認したところ、波どころか海は至って凪いでいるようですよ」
ナインの冷静な指摘に村松さんは慌ててそっぽを向く。
「村松さん! せっかく私のコンテスト入選のチャンスを……」
「え! 先輩、入選って……ええっ!? じゃあ……小説書いて……」
やべっ!
私が小説書いてるのは、書籍化達成時に死ぬほど自慢しながら退職届出すとき、って決めてたトップシークレット。
「へえ!? い、いや……あの……ナイン! ひふみちゃん! 情報操作!」
私が言うや否や、指を鳴らす音が聞こえて村松さんは白目をむいて倒れた。
ナインの声が淡々と聞こえる。
「ふむ、これで目覚めたらミス・ムラマツの脳裏から美海様の作家活動の事は消えてなくなってます」
ほっ……良かった。
流石に職場での私のバリキャリイメージと作品のギャップはね……
「あ、そういえばお姉さま、ヨミコンと言えば後2週間ほどで読者投票締め切りですけど、大丈夫ですの? お姉さまの応募作、全然基準に達してないようですわよ」
くっ……痛い所を。
って言うか、20万文字突破してるのに、星もブクマもゼロでPVも2話目からずっとゼロって……後2週間で星とブクマ合わせて300はやや厳しくなって来た……
「それ、嫌味? ってか、ヨミカキの読者も作者も実は平行世界の幻で、私だけ時空の狭間にいる、って落ちじゃないの? どう考えてもありえないでしょ、ゼロ、ゼロ、ゼロって」
「ううん、リムリムもお友達ずっとゼロだったから、そういうのあるって知ってるよ! だから大丈夫!」
「だから、そういう微妙に反応しづらいのはいいって! あ~! しかも、この作者……以前私に『作品の質を上げるのが近道ですよ』とか生意気に説教かましてきた小娘! あいつ、星3桁行ってる! どんな色仕掛け使ったのよ? くうう……なんか毎回コメント入れてる連中居るし……私、誰もいないのに。ねえ、ナイン、ひふみちゃん。このコメント入れてる奴ら、今から住所調べて私の名作にもコメントと星入れろ、って言って来て。拒否したらその場で拷問か八つ裂きにしていいから」
「もちろん構いませんわ」
「ですが美海様、それだとファンとして定着してもらえませんが」
「私の才能を理解しない奴らなんて、全員肉塊になればいいのよ!」
「ああ……ミウミウお姉さま、それ絶対に悪の協力者のセリフだよ……」
「まあ、何はともあれ美海様、落ち着きましょう。私の水着姿でも見て心穏やかに……」
「なんでナインの水着姿見て心が落ち着くのよ。そんなの見て喜ぶのは野郎くらい……あ」
私はパチンと手を叩いた。
こっちの方が警察にも捕まらないし、リスク低いかも……
「あ、ごめん。やっぱりさっきの襲撃計画一旦保留! 予定変更」
私はそう言うと、ナインとひふみちゃんを見た。
「リムリムはお店もあるから無しで……ねえ、ナインとひふみちゃん、ちょっと写真撮らせてよ。出来れば男どもへのエサだけじゃなくて、百合好き女子も引っ掛けたいから、お互いハグとキスしてる写真も」
「へ? お姉さま……それって……まさか」
「そうそう。私の近況日記に『お星様くれた人は、好きな方とキスできちゃうかも♪ 参加資格は男女問わず』って書いて載せようと思って。『ブクマと応援レビューくれた方は、毎日抽選で200名の方に二人とハグも……出来ちゃうかも♪』も一緒に載せるからよろしく。ちょっと忙しいかもだけど、野郎ばっかじゃなくて女子ともイチャイチャできるから役得じゃない?」
「ちょっと、お姉さま! 私、別にそういう趣味じゃございませんことよ! そもそもナインとハグなんてするなら、タランチュラとキスした方がマシですわ」
「私もそのような性的嗜好はプログラミングされてません故。ましてサーティンとハグなど、いくら美海様のご命令でも承服致しかねます」
「なんでいきなり武士みたいな口調なのよ。いやいやいや、そういう趣味じゃん。あんだけ私にどえらい事しといて。男なんて下半身で思考してる生物なんだから、胸と大腿部見せとけばホイホイ寄って来るんだって。星やレビューも千個くらい余裕で捧げるでしょ。あんた達ビジュアルは特A級だから、二人でハグやキス……ってかその先もしてくれたら野郎どもに加えて、百合好き女子も一気に確保だし」
私の言葉を聞き終わるとナインは私をじっと見ていたが、やがてポツリと言った。
「では美海様、御自ら出るのはいかがでしょう?」
「はへ?」
「私は美海様とであれば、キスもハグも……その先も、やぶさかではございません」
え……え?
すると、ひふみちゃんも私に向かってニヤリと笑った。
「あらナイン。あなたも千年に一度はまともな提案をするのね。それには同意いたしますわ。このひふみも美海お姉さまとなら……たっぷり行いますわよ」
「ちょ……ちょっと待った。なんで二人とも私に近寄ってくるの?」
「あら、お姉さま。なぜ後ずさりなさるの? 大丈夫ですわよ。私、そっち方面のデータも完璧に網羅されてますわ」
「私も、古今東西の叡智がインプットされてますので、ご安心を」
「それは……ご安心じゃ無いでしょうが! じゃ……じゃあ、こうしましょう。この近況日記に1人づつビキニアーマー着用の画像掲載! だけでいいから……って、あれ?」
私はキョトン、としながら立ち止まった。
ナインとひふみちゃんがいきなり動かなくなったのだ。
「ねえ、どうしたの二人とも」
「無駄だ。そいつらはただの鉄くず」
いきなり聞こえた聞き覚えのある声に振り向くと、そこには先ほどのイケメンが立っていた。
「あ、ヨドカワの殿方……あ~ん! 美海、怖かった! お願い、守って」
そうウソ泣きしながら駆け寄ると、突然足元から多量の海水が私の首近くまで上がってがっちり包み込んできた……私の周りにだけ。
「え? あれ? えっと、拘束のご趣味とは……見た目に寄らず大胆ですね……こんな昼間から。良かったら夜にここで……続きとか、いかが? きゃっ、美海……恥ずかしい」
「前回のザ・ビルドは悠長に仕掛けすぎたので、ナンバーナインとナンバーサーティンに活動機会を許した。僕はそうは行かない。西明美海、お前に僕の存在を認知させ、二人が気付く前に一度撤収。その後『クイーン』の用意した、この装置で後ろの護衛二人の機能を停止させる」
「え? そのどこか懐かしいセリフ……まさか」
「そうだ。僕は水と砂を操る『ザ・ディープ』西明美海、お前はここで死んでもらうよ。……おっと、そこの連れの女も悪いが一緒に。目撃者は消す」
「ひええ!」
哀れ、リムリムちゃんも首まで海水に覆われてしまった。
「ちょ……ちょっと! この天才作家の命を奪うなんてヨミカキの損失でしょうが! ヨドカワの全社員が泣くっつうの! せめて命だけは!」
「リムリムも死ぬ前にお友達とクリスマスパーティしたかった! 毎年1人でプレゼント交換してたんだもん!」
「ちょ……1人でどうやって交換してたのよ! ってか、お願い! 何でもするから~」
すると、ディープとか名乗る
「惨めだな、西明美海。安心しろ。クイーンは方針を変えた。お前の命は奪わん」
「え! やった!」
「その代わり……お前の社会的生命を断て、と」
「はへ?」
「さっきも言ったな。僕は砂と水を操る」
すると海水の中を沢山の砂が浮かんできて、私の体にまとわり付いてきた。
「く……くすぐったい……きゃはは! なに……これ」
「今から、お前の水着を上下共に脱がせる。生まれたままのお前をこの場に放置する。もうすぐ他の海水浴客もやってくるだろう。お前は大勢の人間の前で全裸をさらし、社会的生命は終わりだ」
な、なんつう……せこい。
って、そんなのネットに上げられたら確かに、この天才美少女作家の名声は地に落ちる……
「ね、ねえ! 話し合いましょう。いくら欲しいの?」
「ミウミウお姉さま、それ悪い奴のセリフ……」
「その話、本当なの」
いきなり聞こえた村松さんの声に驚いて顔を向けると、いつの間にかおきていた村松さんが仁王立ちで奴を睨んでいた。
おお……カッコいい。
「本当よ、村松さん! このままじゃ私もリムリムもフルヌードで放り出されちゃう。アイツが持ってる機械を奪ってなんとか、ナインとひふみちゃんを……」
「お前が村松かなえか。話は聞いている。どうする? このまま私に協力すれば何と……西明美海の一糸まとわぬ姿が見られるぞ。何なら動きも止めてやる。砂を使ってお前のリクエスト通りに好き放題してやるが……」
その途端、村松さんの動きが止まった。
そして、俯くと肩を震わせている。
へ?
まさか……こいつ。
村松さんは勢いよく顔を上げると、私に向かって今度は頭を下げた。
「すいません、西明先輩! 悪魔に魂を売った私を……許して!」
そう言うと村松さんは私に駆け寄り、携帯を取り出して録画し始めた。このやろ!
「さあ、準備オッケー。いつでも始めなさい、悪党!」
どっちが悪党だよ、裏切り者!
目を爛々と輝かせてるんじゃないっつうの!
「ふっ、素晴らしい仲間を持って幸せだな、西明美海。では破滅の始まりへ……ようこそ」
うそ~!
初めて見せるのはイケメンでお金持ちの彼氏、って決めてたのに……
そう思いながら目を閉じると、前方で何やら隕石でも落ちたのかと思うような音がした。
驚いてみると、そこには飛びのく似非イケメンと……
「ひふみちゃん……」
止まってたはずのひふみちゃんがなぜか、奴の前で優雅に立っていたのだ。
「……なぜだ? お前はこの機械で……」
「おほほ! 旧型のナインはともかく、私は新型。クイーンの作品への対応くらい出来てますわよ。あなたが敵かどうか確認するために止まったフリをしてたのですわ。……でも、もう一つ確認できたようですわね」
ひふみちゃんはそう言って振り返ると、昼ドラに出てくる意地悪い小姑のような笑みを浮かべて、哀れ震えまくっている村松さんを見た。
「まさか我々の中に裏切り者がいたなんて、ビックリポンですわね。ああ……悲しい。胸が引き裂かれるほど悲しいけど……裏切り物は始末しないと。ねえ、ミス・ムラマツ?」
夢見るわたしと恋する機械 京野 薫 @kkyono
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