第9話 過ち

 

 絵画モデルになるには、芸術大学や絵画の団体などが自分たちのSNSやホームページで募集するか、また絵画モデルを含むモデル事務所や斡旋事務所に登録する場合があるのだが、美咲の場合は偶然にも友達の紹介で、モデルの仕事を紹介してもらう事となった。


 そして……友達乙葉に連れられて美大の門を潜った美咲はその美大生に会った。


「嗚呼……よく来てくれたわね。ありがとう。私は父がやはり画家なので父のようになりたいの。そこで父のような独創的な絵を描きたいと兼ね兼ね考えていたのよ。そこで女の人を探していたの」


「私こそ…仕事を探していたので……ところでお名前は?」


「私は幸子よ」

 美咲は安心した。明るい天真爛漫なこの子のモデルだったら、ましてや女の子だし全然大丈夫。


「ねえ乙葉今日は一緒に食事をしながら打ち合わせをしたいので、乙葉も一緒にどう?」

「行く!行く!乙葉のおごりで」


「いいわよ。当然でしょう。モデル紹介してくれたのだから」


 こうして3人は幸子の家の近所の閑静な住宅街の一角の、お洒落なイタリアンレストランに入った。食事を取りながら同年代の3人は和気あいあいと話が弾んだ。


「ねえ私の家近所だから寄って行かない?」


「そう言えば乙葉ちゃんとはお友達だけど、家にお邪魔したことは一度もなかったわね。美咲ちゃん言って見ません?」


「嗚呼……いいですよ」


「嗚呼……そうそうモデル代前払いで8万円払っておくわね」


「嗚呼……それは有難いですが、もう少し……もう少し……猶予が頂きたいのですが?」


「まあまあそんなこと言わないで」

 そう言って8万円を美咲に鷲掴みにして握らせた。


 ★☆

 幸子に連れられて到着した豪邸は、白金のセレブの町、まさに豪邸ぞろいの場所だった。その中でも異彩を放つ芸術家が住むに相応しい豪邸だった。


「さあさあ上がって頂戴」


 リビングに通された美咲たちはドアを開けた瞬間に、正面に描かれた絵画の余りの奇抜な怪異でサイケデリックな、それこそピカソの絵画にも類似する人物像に度肝を抜かれた。


「そうそうお父さんて有名な画家歌川深水だったわよね」


「道理で斬新で一度目にしたら、忘れる事の出来ない魅力的な絵画だったのね」

 美咲はしっかりした家庭のお嬢さんと分かり安心して、この幸子の希望に応えて行けば未来は明るいと悟った。


 暫くするとお手伝いさんがお茶とケーキを運んできた。

 年の頃は50代という所だろうか、穏やかな笑みを浮かべた優しそうな女性だった。だが、どこか……裏表がありそうな笑顔のその女性に一抹の不安を感じた。


「幸子お母さんはいらっしゃらないの?」

 すると今まではハイテンションだった幸子が、一瞬暗い表情で言った。


「チョット……今はいないの」


「それは大変ですね」

 こうして美咲は思いの外立派なスポンサーを手にして、上機嫌でその日は帰った。


 だが、短時間のモデルで高収入が得られるこのアルバイトは、思いもよらない方向に進んで行く。


 ★☆

 美咲は過去のぬぐい切れない過ちを隠し続けて生きて来たが、あの時はそうするしかなかった。もう過去の呪縛から解き放されて、そのおぞましい過去を忘れかけていたそんなある日病院に、あの「パックン」の経営者賢三氏から連絡が入った。


「もしもし小松先生ですか、僕は「パックン」の経営者です。ふっふっふ…実は……実は……先生の思いもよらない過去を、ふっふっふ……知ってしまいまして……ふっふっふ……」


「何を言っているのですか?失礼ではありませんか!」


「ふっふっふ!先生隠しても駄目ですよ。この写真をご自宅に送りましょうか?」


「そんな証拠がどこにあるのですか?いい加減なことを言わないでください!」


「じゃあ本当に写真をバラまいていいんですね?」


「あっチョット待って頂だい!一度お会いしましょう」


「どうも……母が亡くなってしまって「パックン」が以前のような活気がなくなってしまい経営が行き詰ってしまいまして……へっへっへ……そこでですが、お金を用立てて頂きたくて電話した次第で……へっへっへ」


 美咲はお金で解決出来るのならと思い、賢三氏が指定した口座番号に仕方なく300万円振り込んだ。だが、それに味を占めたのか、頻繫にカネの無心をするようになっていた。


 美咲はいくらジョ-が高額納税者で美咲自体も高収入だからといっても、こうも立て続けにカネの無心をされたのではたまったものではない。

 

 ★☆

 私はアルバイト感覚で短時間で稼げる幸子のモデルとして働きだした。


 一見何の変哲もない豪邸に思われたが、あの家には実は画家歌川深水が作品に集中する為の隠し部屋が存在した。それは、地下2階の誰にも知られない牢獄のような部屋だった。


 美咲はアルバイトをしていた時に、それこそ医学部の臨床実習の献体(医学のための死体)のような異臭に気付き、これはただ事ではないと思いコッソリその地下2階に下りたことがあった。


 実は……幸子もすっかり打ち解けて美咲を信頼しきっているので、家の中を多少うろついても気にもしない大らかな女子だった。


 その時に地下室で思わぬものを見てしまった。

 

 画家というものは死んで名を馳せたという画家も目に付く。この画家歌川深水も大成するまでは幾多の時間を費やしたことやら……。


 それだけ険しい道のりだという事だ。


 その為過去の画家の作風の模写をする為には、ありとあらゆる事に挑戦せざるを得なかった。


 例えば、サルヴァトール・ダリ「顔の戦争」殺しあう人間の醜悪さを表現。


 ヘラルド・ダヴィト「シサムネスの皮はぎ」 事実が発覚し、ペルシア王カンビュセス2世に「全身の皮を剥がされての死刑」を命じられる絵画。


 テオドール・ジェリコー「解剖された一部」「切られた首」テオドール・ジェリコーは、その32年の短い生涯をかけて生と死が隣り合わせの世界を描きだした。

 

 フランシス・ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」ローマ神話に登場するサトゥルヌスが、自分より偉大な者が出現することを恐れて自分の子を次々と喰っていった、という伝承を描いたもの。


 この様に、残酷な絵画ばかりだが、画家というものは人々の魂を揺り動かさなくては一人前とは言えない。


 画家歌川深水は画風に臨場感を出すために恐ろしいことを始めた。


 そんなこととは露知らず、美咲が忍び込んだ姿はしっかりと防犯カメラに映し出されていた。







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