第35話 招かざる来訪者
カンッ! カンッ!! カンッ!!! カンッ!!!!
日も登り始めたばかりのまだ薄暗いヴォルスの町で、普段は礼拝時刻を報せる鐘の音が騒音となって鳴り響く。ゆっくりと響かすように鳴らされる鐘の音は強く早く、警鐘に変わって打ち鳴らされ街中を駆け巡った。
「な、なんだ?!」
慌てて飛び起きるとシェイブに姿はない。とりあえず何かわからないかと窓を開けて外を覗く。けれど余計にわからないことが増えた。街の人々も着替える間もなく寝間着のまま右往左往しているようで何の情報も街に流れていないようだ。
「あれ、お兄ちゃんが起きてる!?」
「さすがのヘージでもアレは起きるのよね。状況はわからないけど緊急事態のようなのよね」
扉が開く音がして振り返ると振り返ると、すでに着替えを終えたアリアさんとサクラがそこにいた。
「とりあえず着替えてすぐに出れるようにするのよね! アレが鳴るってのは本当に緊急時だけなのよね!」
「そうなんだ。じゃあ、着替えるから一度部屋から出てくれる?」
「わかったなのよね!」
随分物分かりのいいアリアさんを見て、本当に急いだほうがいいという危機感を覚える。回れ右をして退室しようとする二人が部屋から出ようとするとシェイブが戻ってきた。
「おっ、ヘージも起きたか。アリア、宿屋の主人と話してきたがまだ何もわからないそうだ」
「教会からの他の合図もないのよね。一体なんなのよね……」
どうやらシェイブも現状確認に走ってくれていた様だ。アリアさんと二言三言、情報交換をして二人は部屋から出て行った。
カンッ! カンッ!! カンッ!!! カンッ!!!!
警鐘は未だに鳴り止む様子はない。早朝のこの時間で情報伝達に走る人材が不足しているのか、僕が着替えを終えるまでそれは続いた。
―――。
「……鳴り止んだ?」
「もう十分と判断し、鳴らしていた信徒も避難したのかもな。普通は教会が避難先なのを考えると――」
「シェイブ。まずはフォール教会へ行こう! どうせ目的地だ!」
すぐさま隣の部屋のサクラたちに声をかけて出発する。シェイブが宿屋の主人に教会には近づかないように伝えてから宿屋を後にした。
「巫女さまが心配なのよね」
「無事でいてくれよ……」
「きっと巫女さまは大丈夫だよ。だって昨日のうちに倒れて寝ているはずだし、何かに巻き込まれている確率は低いんじゃないかな」
シェイブの幼馴染でもある巫女さまだ。心配なのはわかる。そもそもこの街に来た最大の理由でもあるので何が起きているかを調べに行くのではなく、巫女さまに会いに行って無事を確かめるのが今の目的だ。
「それもそうか……。怪我の功名、いや、そもそも倒れるほど働くなって話なんだが」
「その巫女さまのこと、シェイブはとっても大事にしているんだねっ!」
「そう、だな」
落とさないように大切に抱えたファガリアの箱。
「そのファガリア、凄かったもんな。シェイブがどれだけ想っているかなんてそれを見たら十分に伝わってるよ」
「っへ。ヘージのくせによく言うじゃねーか」
気を持ち直したシェイブは少し足を速める。道中を考えると僕に合わせてくれていたのだろうが善は急げと少し先行することにしたようだ。教会の大聖堂には大きな時計塔があり、そこにある鐘がさきほどまで鳴っていた。
「人が増えてきたな。野次馬か?」
「たぶん違うのよね。信仰の拠り所、信者たちの安心できる場所があそこだからなのよね」
その遠目からでもよく見えていた時計塔が目印になっている教会に町中の人々も向かいだしているようで、人混みに邪魔されて掻き分けるようにして歩くような速さでもなんとか進み続ける。
「開けてくれー!」
「そんな……私たちを見捨てるのですか……?」
「神よ……」
「巫女さまー!」
大聖堂の入り口には集まった人々が口々に憔悴し、悲観し、困惑し、各々に教会へと助けを求める。しかし、目の前の扉は固く閉ざされたままだった。
「何をそんなに必死に……」
違和感を感じた。宿屋と反対の方から来た人々は必至の形相で叫び焦燥感が滲み出ていたのである。何かから逃げてきたわけではない。けれど、何か……と、周囲をぐるりと一周しようとして振り向いた。
「なっ……」
「お兄ちゃん? ――あっ」
言葉を失った。それを不思議に思ったサクラも僕の固まった視線の先に目をやると同様に言葉を失い硬直する。
暗闇の西の先、漆黒の雲かと思うほど埋め尽くされた魔族が、既に肉眼で数が数えられるほど接近していた。僕らは、とういうよりはこの街の住人は何かあれば教会を目指す。だから背後を気にするものがいなかったのだ。
「魔族だー!!!」
「開けてくれー! 俺たちを中に入れろー!!!」
誰かは気付くことだった。けれど僕が発端だったのだろう。サクラ同様に何事かと振り向いた者たちがパニックを起こし辺りはパニックになり始めていた。
「ヘージ、こっちだ!」
「うぉっ!?」
騒ぎが大きくなり身動きが取れなくなる寸前、シェイブに腕を引っ張られた。サクラもアリアに手を引かれて僕らと同じ方向に外へ、外へと移動し、なんとかそのまま人混みから脱出することができた。
「正面はダメだ。別の方法で入るぜ」
シェイブのいう別の方法は絶対に正規の面会方法ではないだろう。だけれど……。
ドーンッ! ドーンッ! ドッ、ドッ、ドーンッ!
耳をふさぎたくなるような砲撃音が北の方から轟き始めたので考える時間はないようだ。西の方を見れば漆黒の雲は一部を少しだけ散らせた。けれど簡単に撃退できるとは思えない結果だ。
「⋯⋯北? アリアさん、北に軍事施設でもあるのか?」
「そんな話は聞いたことないのよね。そもそも教会は有志の歩兵はいても軍は存在しないのよね」
砲撃は北から。
小高い丘にズラリと並んだ黒い帯が見える。恐らくそれが大砲隊だろう。
「お兄ちゃん、目を凝らしすぎるのもよくないよ? 『くりああいず』、これで少しは見えるようになった?」
「ありがとう、サクラ。ばっちり大砲も国旗も見えるよ」
そう、国旗だ。軍事国家ノルズリの国旗がはっきりと旗めいているのが見えた。その軍隊の中央で、指揮官とも思える金色の甲冑を身に纏った青年が剣で魔族を指し示す。
「あの戦いから幾星霜。余の力を味わい主人に伝えよ。借りは返す、と」
登り始めたばかりの太陽が甲冑を輝かせ、剣先が光を放った。
ドーーーーーーーーーンッ!
まだ空に残る白き霞の如き星々より放たれた神の怒り、のように見えるほど壮大な上空からの落雷。直撃した魔族はその瞬間に消滅した。生き残った魔族も無傷ではない。半数以上が焼け焦げ、苦しんでいる。命の危機か、戦力差を察したのかはわからないが、残党は反転し、西の空へ飛び去っていった。
魔族の街への襲撃が回避され安堵したところで、見惚れていた僕たちは正気に戻る。
「ノルズリがどうしてここまで…⋯軍は国境までという盟約があるはずなのに」
この世界の社会科で習ったことだ。軍事国家はその盟約により軍備拡大を見逃されている。あの国が力を求めるのは趣味のようなものだ。
「侵略じゃなさそうなのよね」
「まだわかんねーぞ。気を抜くな」
ノルズリの国旗を携えた軍隊は街の入り口前で待機し、それを率いていた金色の甲冑を身につけた者だけが首都ヴォルスへと足を踏み入れてきた。
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