第29話 魔法のハウス

 想像したより広大な敷地でハウス栽培されているのを見て、シェイブやアリアさんがファガリア畑という意味が理解できた。


「なんていうか凄いね!」

「だね。昨日は暗かったから見えなかったけどこの大きさはもう観光名所だよ」


 いくつものハウスが立ち並ぶそれは、全部がシェイブのというわけではないだろうけど、それでも圧巻の光景だった。本当になんで昨日気付かなかったのだろうと考えるが、あまりに大きいとそれ自体が背景となってしまう現象だったのかなと結論付けた。


「おう! 遅かったなっ!」

「遅いってのもおかしくないか? 十分に朝早いと思うんだけど……」

「ごめんなさい。もう、お兄ちゃんがいつまでも寝てるからだよ?」

「サクラもアリアさんに説教してたけどな」

「聞いての通り私だけ悪くないのよねっ!」


 調子に乗りかけたアリアさんをサクラがまた叱り始めて、出迎えてくれたシェイブは大爆笑しウインクを飛ばしてきた。何がだろうと少し考えたが、昨日のお風呂での話を思い出して、僕らの仲を実際に見て安心したという意味だろうと勝手に解釈しておくことにした。




「まあなんだ、せっかく来てくれたんだし早く見たいだろ。とりあえず入れ、オレのファガリアはこの中で育ててるからよ」


 そういってシェイブは目の前のハウスのように見えるシートをすり抜け中へと入っていったので僕らも続いて入っていく。ハウス内へと一歩踏み込むとひんやりとした空気が肌に触れるのを感じた。


「クーラーでも入っているのか?」

「お兄ちゃん、この世界にそんなものはないよ」

「二人とも、それって異世界の何かなのよね? あとで詳しく聞かせるのよね」


 僕がこぼした言葉にサクラが反応する。朝とはいえ少し暑かった外と比べてハウス内は明らかに温度が下がっていた。僕らの会話はシェイブから少し離れているので聞こえていないはずだが、もし聞かれると説明が面倒なのでアリアさんに声を抑えるように軽く注意しておいた。


「いやー、いい天気の中でずっと野外に放置はキツイかったぜ? いつくるかもわからねーしな、熱中症にでもならないかとひやひやしたぜ」

「遅くなったのは悪かった、ごめんって。それにしてもハウスの中は涼しいんだな。どうやって冷やしてるんだ? いや、そもそもこのハウスはなんなんだ? 入る時にすり抜けたんだけど」


 まだ僕が遅くなったのを引きずっているみたいだけど無理やり話を逸らした。ハウスに入る時もそうだったが、ハウスという表現は見た目だけで何か別のものに思えてならなかった。


「まあ、オレのとこは特別だからな。他のヤツらのハウスは恐らくヘージの思うハウスだと思うぞ」

「……どういうことだよ」

「ここは〝エアーズロック〟っていうオレの空気固定化魔法でできてんだ。このハウスは簡単に言えば空気の層でな、一部の空気は冷たいまま固定化してあるから温度は常に一定なんだ。ちなみに入り口の部分は硬度を低くした空気ってところだ」


 シェイブの魔法は動かすことが出来ないが発動さえすれば約一年間持つらしい。冬の冷えた空気をドーム状に固定化し、それを春の空気でコーティングして空気の層を形成しハウスにしている様だ。そうすることで外の気温は段階を踏んで少し冷えた状態で内部に入ってくるとのことだった。



 余談だが、苺の生育には10〜25℃の温度が適しているらしいので類似のファガリアもこの環境なら美味しく育つのも頷ける。



「ほら、ここが収穫できる区画のファガリアだ」

「うわー! すっごくきれい!」

「これは圧巻だな……」

「えっへんたそなのよね!」

「いや、オレが育てたんだが? アリア、お前は毎回食べるだけだろ」


 案内されたそこは2mほどの緑の塀が何本も広がり、熟れた赤の宝石がその塀の壁一面に散りばめられてまるで壁画のような美しさだった。


「これが全部ファガリアか?」

「ああ! ちょうど食べごろだから2、3粒食べていけ。それ以上食べたいなら別料金で金は貰うけどな!」


 大粒のファガリアがそれはもう大量に実っており、どれを食べようかとサクラは目を輝かせながら必死で選んでるが、サクラとは対照的に、アリアさんは迷うことなくサイズの大きなものをさくっと3粒もいで口に入れていた。


「ヘージも摘みたてを食べてみな。幸せすぎてやべーぞ」

「そうだね。ありがとう」

「お兄ちゃん、一緒に食べようよっ!」


 二人の様子を見ていた僕もシェイブに促されて1粒もぐ、それを見ていたサクラが僕の元へと自分の分を手に持ってやってきた。


「「いただきます!!!」」


 かぷっ、と二人そろって口へと運ぶ。―――意識が飛んだ。


「……美味しい。ほんとっ! すっごい美味しい!! 昨日食べたファガリアも美味しかったけど、それよりもずっと美味しいね!」

「うん! これは凄いね!」


 サクラは、凄く興奮した様子で美味しいを連呼し、僕も力強く同意する。


「やっぱりシェイブのファガリアは最高なのよね」

「ありがとよ。直にそういってもらえると嬉しいぜ。だが、ちょっとまて。アリアのそれは何個目だ?」


 喜ぶシェイブは生産者としてとても幸せそうだった。そしてすでに8個目にさしかかるアリアさん。ペース早すぎだろ……、というか超過分は自分で払わせないとなとと考え、そもそもいくらだと恐怖した。



「本当に美味しい……。今まで食べてきた果物のどれよりも美味しいと断言してもいい」


 僕が食べないと「私の食べた分はヘージの分なのよね」とか言い出しそうなので2粒目、3粒目と急いで口へと運ぶ。最高の環境で完璧に管理されたファガリアは文句なしに美味しかった。


「だろ!? オレのファガリアはなんと! この町からの巫女さまへの献上品として今年、贈られることになってるんだ!」


 献上品。それは、この町の名産であるファガリアの中でも一番美味しいと皆に認められたという事だ。それはもう楽しそうにたかるシェイブは光栄すぎてそれを僕らに話したいがためにここに連れてきてくれたようにさえ思えた。



「シェイブすごいのよね! おめでとうなのよね! さすが私の見込んだファガリア職人なのよね!」

「これだけ美味しいなら、巫女さまも喜んでくれますよ」


 アリアさんはブレないが、たしかにアリアさんが美味しいとシェイブに言い続けたから自信を持って栽培を続けてこれた側面もあるのかなと思ったので、何も言わずに僕も巫女さまを知らないけどこんなおいしいのなら絶対に喜んでくれると背中を押した。


「ありがとう。そこまで言って貰えるとは思わなかった。献上するファガリアだが、特別だ! よければ見ていってくれ」


 そう言って、さらに奥へと僕らは案内された。

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