046 不安
冬休みが明け、ボックスに四人が集まった。まずは大城さんの持ってきたお菓子パーティーだ。
「フランツの壺プリンやでぇ!」
「わぁっ……可愛いですね」
「壺目当てで買ってん。これにサボテン飾ったら可愛くない?」
澄さんが言った。
「えっ……ここで世話するつもりですか……」
「せやで? 緑があったらええと思わへん?」
「もう少し……片付けないと……」
「あはっ、せやなぁ」
年末ならぬ年始の大掃除だ。古い楽譜はもう使うこともないだろうからと処分してしまうことにした。
それを終えて一服。大城さんがニヤニヤと聞いてきた。
「それで、そのネックレスお揃いですやん」
渚さんが自慢げに見せびらかした。
「せやで! 俺はもう瑠偉のもんやからなぁ。首輪代わり」
澄さんがぽつりと言った。
「とっととくっつけよって……ずっと思ってましたからね……」
それから、改めてオリフェスの動画を観た。大城さんが言った。
「なんや、再生数凄くない?」
僕は言った。
「その、うちの母親が知り合いに拡散したみたいで……」
渚さんが笑った。
「あれやなぁ。これが目に留まって新入生入ってきてくれたらええんやけど」
そうだ。もう、そういうことを考えねばならない時期なのだ。大城さんが澄さんに言った。
「ビラに動画のURL入れよか。新しく刷ろう。今までの分は処分やな」
「サークル長、頑張りますね……大城さんは卒論と就活に専念して下さい……」
「任せたで、澄ちゃん」
ユービックとしての大きな活動はもう無い。それでも、テストやレポートの間に僕たちはスタジオに入った。
渚さんの本心を知ってから、「スプートニク」はより大切な曲になった。あの時、僕がちゃんと渚さんの話を聞いていれば、オリフェスの時にもっとちゃんと歌えたかもしれない。そういう意味では後悔が残る。しかし、僕たち四人のステージは既に終わってしまったのだ。
スタジオ練習を終え、いつものファミレスへ。タブレットを操作するのは僕の役目になっていた。
「皆さん、いつものでええですか?」
渚さんが言った。
「俺、別のにしよう。瑠偉は何食べようとしてたん?」
「サイコロステーキっす」
「ほな俺もそれ」
大城さんが渚さんに尋ねた。
「卒論は提出したんですか?」
「うん、バッチリ」
「ほな、この四人で卒業旅行しません? 櫻井さん同級生おらへんねやし」
「ええなぁ! どこにしよか……」
僕は言った。
「渚さんの卒業なんですから、渚さんの希望聞きますよ」
「ほな、温泉入りたい!」
神戸から行ける温泉地はいくつかあったが、渚さんがまだ行ったことがないという城崎温泉にすることにした。僕も初めてだ。兵庫県の北側にあるらしい。大城さんがスマホを見て言った。
「マリンワールドいうて、水族館もあるみたいですよ!」
僕たちは、食事後もドリンクバーで居座り、旅行の計画を立ててしまうことにした。高速バスに乗り、直接城崎まで。一日目に外湯を巡り、旅館に宿泊、二日目は水族館。
バスや宿の手配は大城さんが全てしてくれるというので任せることにして、その夜も渚さんの部屋に泊まることにした。
「あれやな……そろそろ瑠偉用のルームウェア買っとこかぁ。いっつも俺の短いジャージ貸すのもアレやし」
「だったらお揃いのん買いません?」
「おっ、ええよ」
ソファに座り、渚さんのスマホを覗き込みながら、ネットショッピングだ。
「瑠偉、ネコミミ合いそう。このフードつきのんは?」
「ええ、可愛すぎません? それに渚さんも着るんですよ?」
「ええねん。俺かてきっと似合うから」
僕が黒、渚さんが白のネコミミフードのルームウェアを購入した。それからシャワーを浴びて身体を重ねた。
「あかん……めっちゃ幸せ」
二人ともうつ伏せになり、裸のままで髪をいじり合っていた。
「俺さぁ、あのサークルに入って、先輩にも後輩にも恵まれて。ほんまに良かったわ」
「あの……気になってたことがあるんですけど」
僕は真っ直ぐに渚さんの瞳を見つめた。
「倉石さんって人の会社に行くんですよね。その人とは、その……」
「ああ、とっくに身体の関係は切れとうで。あの人、結婚して子供もおるよ」
「良かったぁ……」
僕は渚さんを抱き寄せた。
「絶対僕以外の人としたらダメですよ」
「瑠偉もな」
そして、くすぐったいキスをして、笑った。しかし、すぐに渚さんの表情に影がさした。
「俺な、こわいねん」
「何がですか?」
「こんなに幸せでええんかなって。今幸せな分、後から嫌なこと起きるんちゃうかって、思ってまうんや」
こんなこと、根拠も何もないけれど。僕は力強く言った。
「僕が渚さんをもっと幸せにします。不安になる隙もないくらい。僕、今は渚さんに甘えてばっかりですけど……頼れる男になります」
「ありがとうなぁ、瑠偉……」
具体的な方法はわからない。渚さんの不安を取り除ける方法は。探っていこう。二人ならできるはずだから。
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