百合でわかるカノッサの屈辱
斉藤なめたけ
本編
【登場人物】
・グレゴリウス7世……ローマ教皇。司教の任命権で王と対立し、破門と退位を試みるが……。
・ハインリヒ4世……ローマ王(ドイツ王とも)で、屈辱される方。後に神聖ローマ皇帝となるが、それはまだ先の話。
むかしむかし。具体的に言うと11世紀の頭ごろのこと。
ローマ教皇であるグレゴリウス7世ちゃんは悩んでいました。
ドイツ方面を統治しているローマ王ハインリヒ4世ちゃんが勢力拡大のために、北イタリアにいるお気に入りの司祭たちを勝手に司教に昇格させていたからです。
「きゃはははっ! 王の名においてアンタたちを偉くさせてあげるから、もっともっとこのアタシに忠誠を誓いなさーい!」
あいあいさーとばかりに司祭たちは従っていき、王に力が増すことを恐れたグレゴリウスちゃんは、ハインリヒちゃんに次のように通達しました。
『司祭の昇進の決定は、王ではなく教会側にあります。司教の擁立を撤回しないのであれば、教皇の御名のもと、あなたの破門と退位を言い渡すしかありません』
これを見たハインリヒちゃんはムッキー‼と激怒しました。
「はあああ⁉︎ 逆にこっちがアンタを教皇の座から引きずり下ろしてやるわよ‼︎」
ということでハインリヒちゃんは勝手に議会を開き(1076年1月)、勝手に教皇の廃位を宣言しました。これには教皇ちゃんも黙っていられず、王位の剥奪を正式に発表したのでした。
司教の叙任権をめぐる争いはヒートアップするばかりでしたが、最終的にピンチになったのはハインリヒ4世ちゃん、ローマ王側の方でした。前から王を敵視していたドイツ諸侯たちが反旗を翻し「教皇ちゃんの破門を解かねば次の議会(1077年2月2日)で勝手に次期ローマ王を決めちゃうぞ」と脅してきたからです。ハインリヒちゃんは議会に入る前に教皇ちゃんにごめんなさいの手紙を送りましたが、怒った教皇ちゃんは完全に既読スルーの状態でした。
仕方なく、ハインリヒちゃんは自分からグレゴリウスちゃんに直接謝るために、位置情報を知って北イタリア・トスカーナ地方に向かいました。このとき教皇ちゃんが滞在していた城の名前がカノッサなのです。
ローマ王の来訪は、もちろん教皇ちゃんを驚かせました。
「ハインリヒさんが、なぜここに……⁉︎」
グレゴリウスちゃんは王と会おうとしませんでした。命を狙われると思ったのです。
だが、ハインリヒちゃんは帰りませんでした。ごめんなさいするまで帰れなかったのです。
「うわああああん! きょうこうちゃんごめんなさあああい! もうかってにしょうしんなんてしませんからああああっ‼」
雪の降るカノッサ城の前で、ハインリヒちゃんは裸足で泣き叫びました。丸腰かつ、王様らしからぬ質素な修道服という姿で。無防備となったローマ王ちゃんは1077年1月25日から三日間、断食を続けて許しを請い続けました。
グレゴリウスちゃんは悩みました。ローマ王ちゃんを許したところで、こちらにメリットは何一つ存在しませんでした。ですが、ハインリヒちゃんの行動は聖職者の良心として、見過ごすことができなかったのです。
「……仕方ありませんね。あなたの行動に免じて破門の件は取り消しといたしましょう」
こうして『カノッサの屈辱』と呼ばれる出来事を経て、ハインリヒ4世ちゃんの破門は撤回され、次期王を決める議会も無事中止を迎えることができたのでした。
めでたし、めでたし……。
…………
……
…
「ってなるかあああああっ‼ ちっくしょお‼ あの教皇、アタシに盛大に恥をかかせやがって‼ 目にもの見せてやるから覚悟しな‼」
三年後、ドイツ諸侯との対立を乗り越えて力をつけたハインリヒ4世ちゃんは、議会を開いてグレゴリウス7世ちゃんの廃位を宣言。翌年1081年にイタリアに侵攻を開始しました。
結果、グレゴリウスちゃんはローマを追い出されました。教皇の座を失い、二度とローマの地を踏むことはありませんでした。せっかくハインリヒちゃんを許したのに、完全に仇となった結末です。
そして、ローマから250キロ以上東に離れたサレルノの地で……。
「あーっはっはっはっは! 随分とみすぼらしい格好をしてるわねえ教皇ちゃん! あ、元教皇ちゃんだっけ?」
「ハインリヒさん……」
かつて威光を放っていたローマ教皇は、どこにあるかもわからない地下牢にいました。食事は与えられましたが、自由はなく、日の届かないところで失意の日々を送っていました。
「よくもアタシに盾突いてくれたわねえ? あんな屈辱的な思いをさせやがって。こんどはあんたが恥をかく番よ!」
屈強な男が現れ、グレゴリウスちゃんの首に鎖がつながれました。ハインリヒちゃんが力任せにそれを引っ張ります。
「がぁ……っ」
「きゃははははは‼ ああ、いい格好だわ! 屈辱にまみれたアンタの姿、これが見たかったのよ‼」
床に突っ伏すグレゴリウスちゃんの背中を、ハインリヒちゃんは今度は思いきり踏みつけました。グレゴリウスちゃんは顔をうずめたまま泣きじゃくりました。
「た、助けて……誰か……」
「ムダムダ! アンタはすでに1085年に客死(旅先で死ぬこと)したことになってんだからさあ! そもそもこんな地下で助けも祈りの声も届かないって!」
「ど、どうして、私がこのような目に……このようなものを許したばかりに……ああ、神よ……‼」
敬虔なグレゴリウスちゃんの言葉を、ハインリヒちゃんは鼻先で笑い飛ばしました。
「アンタを救うことができるのはアタシだけよ。これからねえ、アンタの代わりにクレメンス3世を教皇にして、神聖ローマ帝国の戴冠式をやってクレメンスしてもらう予定なんだから。これでめでたくアタシも皇帝サマね! さあさあ、神に等しいアタシを敬いなさいよ! ま、敬ったところで恥をかかせたアンタを救う気はこれっぽっちもないけどねえ。あっはっはっはっはっは‼」
後のローマ皇帝となるクレメンス4世ちゃんの高笑いが、石造りの冷たい牢屋の中でどこまでも反響していました……。
百合でわかるカノッサの屈辱 斉藤なめたけ @namateke3110
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