第44話 好きと言われるまでは
「ぷはぁ〜!」
コンビニで調達してきたアルコール強めのロング缶の底が天井を向くまで傾けてアルコール臭い息を吐いた。
彼女を彼女にしたところでなにも変わらないって言ってたけど、その宣言通り、僕らはなにも変わらなかった。
告白された日から数えて2ヶ月。季節は冬になったけど、彼女――もとい、月乃は相変わらず僕の部屋で空き缶を量産していた。
「酒くさ……」
「そりゃ飲んでるんだから当たり前でしょ〜?」
鼻を摘んで露骨にイヤな顔をしてるアスナに月乃が抱きついた。
アスナもアスナで相変わらず。メイドとしてメイド喫茶で働いて時間があるとこうして僕の部屋に来てる。
「ちょっと!抱きついてくんな!酒臭い!」
「いいじゃんいいじゃん。女同士なんだし」
「全然よくないんだってば!酒臭いんだから!臭いが服に移るでしょうが!」
彼女にする、と僕が言ってからの月乃はずっとこんな調子。やかましいのはいつも通りだけど、行動もうるさい月乃を見るのは長い付き合いの僕でも初めて。おかげでどうすればいいのかさっぱりわからなくてアスナに丸投げしてる。
「アサカ!これ!どうにかして!ちょ!?も、揉むなぁ!!」
「ん〜?アスナ、ちょっとおっきくなった?」
胸に顔をぐりぐりして感触を楽しむ月乃をなんとか剥がそうと奮闘するアスナ。僕はそれを遠くから静かに見守ってる。だって近寄ったら最後、月乃に抱きつかれるし、それを見たアスナがむくれて僕の脛を蹴り飛ばしてくるのが目に見えてる。そんなところにノコノコ近づくわけがない。
「アサカってば!この変態どうにかして!」
「どうにかしてって言われても……」
月乃に目を向ける。アスナの胸に顔を埋めていた彼女と目が合った。
「アサカも抱きついてみる?彼女権限で特別に許可するから」
「なに言ってんの?マジで」
おいでおいで、と手招きする月乃にマジトーンでアスナがツッコミを入れた。
「ん?だってアスナは抱きつかれるならアサカの方がいいでしょ?」
「は?そんなの聞くまでもないでしょ」
「ならいいじゃん。ほら、アスナがいいって」
「言ってないんだけど?ってか、アサカの方がいいんでしょ?なら離れてよ。暑苦しい」
「それはそれ。これはこれ。アスナのパイ、めっちゃいいんだもん。ブラ越しでこんな触り心地いいってないよ?直で触っていい?わたしのも触っていいから」
「変態。スズでやれ」
蔑みの視線付きの罵倒をぶちかましたけど、月乃にはまったく効果なし。むしろ、気持ちよさからか月乃の顔をぐりぐりする強さが変わったまである。
「スズでこれやってもゴリゴリするだけで楽しくないんだもん。骨だよ、骨。パイじゃなくて。この前やったら顔削れるかと思ったわ」
「削れちまえ」
なんていうか……仲が良いんだか、悪いんだか。これで一緒に出かけたり、風呂に入ったりするんだから女子ってよくわからない。
「って、スズにやったの?」
「飲み会でね〜。成長してるかな〜って試しにやったらゴリッて」
ここが、と頬骨のところを指した。出っ張ってるわけでもないのにそんなふうになる?
そうそう。月乃がメイドと飲み会に出かけるのも相変わらず。学校の卒業が近くなってきたこともあってメイド喫茶を辞めるメイドが増えてきた影響で飲み会の頻度は以前よりも増えてる。
「成長してないじゃん」
「そうなんだよ。ビックリだよねぇ――ってことで、アサカ。アスナが背中の方から抱きしめてほしいって」
「は?」
脈絡がなさすぎる月乃の言葉に声が出た。
「え、ええと?」
アスナに視線を送ると「そんなこと言ってない」とばかりに首を振った。
「言ったじゃん。この前の飲み会で。後ろからぎゅーってされるのがいいって」
「はっ!?はぁ!?だっ!?誰もそんなこと言ってないんだけど!?つーか、離れろっての!酒臭いんだってば!」
「あう!?」
顔を真っ赤に染めたアスナは抱きついてくる彼女をひっぺがした。
「ヒドい……そんな連呼しなくてもいいじゃん……」
「臭いんだからしょうがないでしょ」
「そんなことないって!ね!?」
なんで僕に振る。近くにいないんだからわかるわけないだろ。
「体臭はわからないけど行動はおっさん臭いかな。酔っ払ってなくても」
「おっさん!?」
「あー……」
ガビーン!と衝撃を受ける月乃にアスナは納得の声を出した。
「おっさんは違うでしょ!?」
「たしかに。アルコール臭くって酒缶片手に下着姿でうろついて、セクハラしてんだから紛れもなくおっさんだわ。W役満どころかトリプル役満」
「ヒドい……」
アスナに現実を突きつけられると彼女はメソメソしながら定位置の椅子に座ってる僕のところにやってきた。
「アスナがいじめる」
「人聞きが悪い。いじめてなんかないでしょ。事実を言っただけ」
座る椅子がないのにアスナまでやってきた。
「加害者はみんなそう言うんだよ」
「加害者じゃないし。んしょ、もっと奥に行って」
「いや、これ以上はムリだって。ギリギリ座れるようにしかなってないんだから」
デスクの下に潜ったアスナが僕を押してスペースを作る。で、僕の膝の上に座りやがった。
「あ!ずっこい!なんでそこに座んの!?」
「月乃がそこに座ったから。床に座ってんのも疲れたし」
あ〜……と、アスナが僕に寄りかかってきた。
抱きつかれるのは拒否したくせに、こういうことは平気でしてくるようになった。自分から行くのはいいのに、僕から来られるのはダメってのがなんともアスナらしい。
手が動かせない僕をよそに2人はコンビニ袋からおかわりの缶酎ハイを出して2人揃ってプルタブを開けた。
「月乃はこれでいいの?」
「なにが?」
「これの彼氏にならなくて」
と、アスナが顎で僕を指した。
「チャンスだったじゃん。なんでちゃんと好きって言えるまでは仮とか条件付けちゃうわけ?心変わりでわたしを選んだらとか考えないの?」
「仮だろうが仮じゃなかろうがすることはするし、それ以外は今までとなんも変わんないから。違うのは一線を越えてもアサカにはとやかく言われることがなくなったくらい?あとはなんも変わんないし、まあアスナに行ったところで……ねえ?」
僕の肩を叩いてきた。
「なに?アサカが何か言ったわけ?」
「これ以上は言えないかな。んね?」
「まあ……」
そのまま寄りかかって僕の顔に頬擦りまでしてきた月乃に僕は頷くことしかできない。
「ふうん?ふううん?」
アスナが責めるような目で僕を見てきた。
「いや、だってメイドをクビになるのは困るでしょ」
「社員に友達って言ってあるんだから、一緒にどっか行ったくらいでクビになるわけないでしょ。そりゃ明らかに男とどこかに行ったってなったらご主どもがうるさいだろうけどさ。でもそのくらいじゃん。アイツらにわたしは関係ないし、嫌なら来なきゃいいって話なんだからアサカは気にしなくていいの。大体さ、付き合ったとしてもそれを証明できなきゃクビにできるわけでもないし。なに?そんなこと気にしてたの?」
捲し立てるように言い立てて、最後にそのくらい知ってると思ったんだけど、とアスナ。
「そうなの?」
「まあ、公言してはないけど男と付き合ってるってメイドはゼロじゃないよねぇ」
4本目を開けてる月乃に聞くと、ぼやくように言った。
「ってわけで、付き合ったからってクビになることはないから。アサカは心配しなくてヨシ!」
いや、ヨシ!じゃないだろ。どこがヨシ!なんだよ。ルールどうなってんのよ……。
「って、ヤバい。そろそろ寝ないと。明日お給仕だわ」
またロフト借りるね、と言い残してロフトに上がっていくアスナ。それを僕と月乃は目で追う。
「ね?だからちゃんと見てあげてって言ったでしょ?」
僕に寄りかかって缶酎ハイの缶を傾ける月乃に僕は問う。
「ルールは?」
「建前。メイドから近付いたらどうにもなんないよね。それも友達なんて言われちゃったら」
汗をかいたビニール袋から最後の1本を取る。
「だからメイドじゃないアスナもちゃんと見て。その上でわたしを好きになって。それまでは仮ってことで」
メイド喫茶のオタク、メイド激推しの二日酔いの限界女子に絡まれる 素人友 @tomo_shiroto007
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。メイド喫茶のオタク、メイド激推しの二日酔いの限界女子に絡まれるの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます