第13話 浅井3

 水嶋さんから事前に伺って予想した範囲内で何も問題はない。物事を幾ら単純に語っても人間としての心の複雑さは図り知れないものだ。事前に報されていれば、話の多少の振れ幅や脱線があっても、対処できる気構えが出来て聴き容れやすい。

「浅井さんと父は同じ集落で生まれたのかしら」

「そうだなあ、彼奴あいつが生まれた時は五つほど違ったかなあ。まあ他の子供達と同様に集落の子供同士で歳に関係なくみんな一緒に遊んだ。だけどある時期を過ぎると長男と次男坊ではなんかこう言葉には発せられないわだかまりが出来て来るが、茂宗の場合は神主になるのだからみんなとは違う環境で勉強するが、彼奴は高校までは俺たちと同じ学校に通ったんだ」

 俺は次男坊としていずれ集落を出て先行き気に留めず、かなり気ままに暮らしたが茂宗は違った。神社を継ぐ資格を得るため自ずと高校生ぐらいから我々とは違うカリキュラムがある。神主としての養成機関で資格を得るために地道に学習活動をする処が我々とは違っていた。与えられた道を茂宗も最初はなんの迷いもなくやったが、俺が自由にやりたいことをやっているのに感化されて茂宗は途中から先延ばしした。

 高校を出てその道の養成機関に進むと決めて、みんなと同じように自由にしていた。いつからだろうか、俺は率先してそのように仕向けてないし、茂宗も最初はそんな俺を羨ましいと思わず、此処以外の知らない世界に放り出されると心配さえしてくれた。それは弟の聡にも共通している。茂宗は結構弟を可愛がって、お前はいずれこの家から追い出される宿命だと、俺にも当てはめていた。

「じゃあ父は高校までは将来を棚上げにして好きに振る舞っていたのかしら」

「まあ棚上げではないが、いずれ早かれ遅かれそうなるのならと覚悟を決めていたんだろう。それまではみんなと楽しくやろうと。だがそれと同時に茂宗の居残り組と集落を出て行く俺たちとの間で、家族ってなんだろうって伝染し始めると薪美志兄弟も思考能力がピタリと止まってしまった」

「何も出来なくなるんですか」

 これに兼見が突然言い出した。老いて残った結果、として考えるのなら別だが、これから家庭を築こうとする十代で、家族を考えると思考能力が止まる。とはどう考えても不自然だ。

「それは父もそうだったんですか」

「そうだなあ、浜辺でなあ」

「浜辺で?」

「特に俺と薪美志兄弟三人で琵琶湖から沖に浮かぶ竹生島を見ながら考えて、そのまま仰向けになると真っ青な空しか見えないんだ」

 家族って何だろうって。妻を迎えて独りから二人に成り、子供が出来て増え、やがて一人残して順番に消えてゆく。跡取りは多くの子供を残してもよく考えれば結局は独りしか此処には残せない。

 バカだなあそれじゃあ、よく考えなくても子供は少ない方が良いだろ、と突然、茂宗が言い出した。

「エッ、どうして」

 兼見が訊ねた。

「俺や聡と、茂宗とは生きる目的が全然違うんだ」

 事実此の集落では子供は一人か二人だが、女の子の場合はそうでもない。三人居る家もある。いずれ養子を独り迎えれば良いと云う考えだ。それがあの集落に根付いた風習になっている。誰も疑わない、いや、そのように育てられる。此の独特の教育と云うよりこれは習慣だ。この集落に生まれた宿命だ。それを幼いときから両親は元より、集落みんなが一団となって飼い慣らされてきたんだ。千年以上も、それが別な考えを持つ次男以下を排除してきた。

「茂宗は代々受け継いできた生き方を守る者と、いずれ早かれ追い出される者、聞こえは良いが好き勝手に生かされる者との違いをお互いに羨ましいと思ったんだ」

 男女に於ける性差で、なにものねだりで愛がはぐくまれるのと似てないか、と二人は顔を見合わせた。浅井はお構いなしに話を続けた。

「これは考えと云うより此処に根付いた生き方なんだ。そこに何故なぜとか如何どうしてとかの疑問が湧くはずがない。それは一族の終焉でありうやまうべく先祖に対する裏切り、背徳なんだ」

 浅井は四十年前の想いに気持ちを次第に近づけ心を昂ぶらせ始めた。

「こんにち此処に生を受けて生かされているのは、それを守って代々受け継いできた一族に根付いた風習によって現在から続く未来にも保証されてきた。それに疑問を挟む余地はないし、茂宗もそう簡単に今の置かれた立場を否定するなんてこれぽっちも頭の片隅にはなかったはずだ。それで彼奴にどうしたんだと訊ねた」

「父はなんて答えたんです」

「願望だと言って寂しく笑っていた」

「なぜ父はそんな風に変わったんでしょう」

「俺が子供の頃までは、あの集落は陸の孤島として船でしか行き来できなかったのが、次々と道路が開通して車で行き来できるようになったんだ。当然バイクを買ってみんな好きな時間に一緒に走り回ると世界が急に開けた。一番恩恵を受けた俺や聡が背中に羽が生えたように飛び回ったよ。その頃だろう茂宗もおやじの神職を継ぐのはもっと後でも良いとのんびりと構えだしたんだ」

「お父さんはその頃に青春を謳歌してたんだ」

 そこで浅井はウ〜んと物思いに耽って深いため息を吐(つ)いた。

「謳歌し過ぎたんだ」

 千年続いたものを一瞬で否定するなんて恐ろしい事だ。更に恐ろしいのは千年にわたって培われた恐怖を払いのける精神力と行動する勇気を、茂宗は持ち合わせていたんだ。





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