第21話
☆☆☆
管理人さんが呼んでくれた救急車は15分後にはマンションの前に到着していた。
タンカーに乗せられた健一と一緒に尚美も部屋を出てエレベーターに乗り込んだ。
救急車に乗ることはできないと思っていたけれど、そこは子猫の特権だ。
身を隠して滑るこむことに成功した。
救急車がけたたましいサイレンを鳴らしながら一目散に病院へ向かう。
その間に健一は血圧を測ったり酸素濃度をチェックされたり、さまざまな処置が施されていく。
お願い、助かって……!
尚美はベッドの下に身を隠しながら必死にそう願ったのだった。
病院に到着してから検査結果が出るまでの間、尚美は待合のベンチの下に隠れていた。
ここで誰かに見つかって病院から追い出されてしまうのだけは避けたいから、できるだけ動かないように注意する。
朝だと言うのに診察室の前にはすでに沢山の患者さんたちがいて、看護師さんたちがせわしなく行き交っている。
その様子を見ながらしばらく待っていると、健一が診察室から出てきた。
点滴を下げていて、ベンチにストンッと腰を下ろす。
起きたときよりも少し顔色も良くなっているみたいだ。
「関さん、向こうのベッドで横になっていてください」
追いかけてきた看護師が慌てて隣の部屋を指差す。
そこには患者用のベッドが用意されているみたいだ。
「いえ、ここで大丈夫です」
左右に首をふる健一に「そうですか」と、心配そうな表情を残しながらも一旦診察室へと戻っていく看護師さん。
尚美はそっと顔を出して健一を見上げた。
すると健一とバッチリ視線がぶつかったのだ。
驚いて引っ込もうとしたら右手が伸びてきて、尚美の頭をなでてくれた。
「ついてきてくれたの、知ってたよ。リビングでずっと鳴いて、俺を呼んでくれてたことも」
小声で言われて、つい目の奥がジンッと熱くなる。
自分の声がちゃんと届いていたことがわかって、うれしくて。
「もしかしたら今日から入院することになるかもしれない。だけど、心配しなくていいから」
入院!?
驚いて思わず声を上げてしまいそうになる。
それをグッと我慢して健一の次の言葉を静かに聞く。
「ミーコのことは俺が絶対に幸せにする。だから、大丈夫」
あぁ……。
その言葉を人間として、尚美として聞くことができたらどれだけ幸せだっただろう。
絶対に幸せにするなんて言われたら、きっと卒倒してしまう。
だけどこの言葉も大切にしよう。
自分自身に向けられた言葉で間違いないんだから。
☆☆☆
それからまた検査をされて、やはり健一は入院することになったようだ。
ひとり暮らしということもあってこのまま帰宅することがはばかられた健一には、すぐに病室があてがわれた。
それでも一旦帰って入院準備とかが必要になるはずだ。
そう思っていると健一がどこかで電話をかけに行き、戻ってくるとこっそりミーコを服の中に隠してエレベーターに乗り込んだ。
「俺の病室は302号室なんだって」
エレベーターには他に人がいなくてそう教えてくれた。
どうやらこのまま病室に行くつもりみたいだ。
自分まで病室へついていって大丈夫だろうかと心配になったけれど、そこは個室になっていて他に患者さんの姿はなかった。
それならひとまずは大丈夫だろうと、キレイに掃除された床に下りる。
「ちょっと仕事しすぎたのかな」
ベッドに腰をおろした健一がため息を共につぶやいた。
それに息に乗ってただよってくる匂いは病人のそれだ。
心配になってベッドの上に飛び乗ると、健一が抱き上げて膝に上げてくれた。
やさしく背中を撫でられるとうっとりしてくる。
今朝のてんやわんやのせいで少し疲れてもいた。
「少し眠るといいよ。みんなが来る前に」
みんなって?
そう質問するより先に眠気が来てしまって、尚美はそのまま目を閉じたのだった。
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