第20話

甲高い声で鳴いてみても寝室から健一が出てくる気配はない。

ベッドからも下りていないのだろう、なんの物音も聞こえてこなくて怖いくらいだ。


「ミャアミャア!!」

立て続けに鳴いて健一を起こそうとするけれど、やはり寝室からは少しの物音も聞こえてこない。


あるいは、もうすでに健一は目覚めているけれど、ベッドから起きれない状態になるのかもしれない。


そう思うと昨日の顔色の悪さを思い出して焦り始める。

次のスヌーズでも目を覚まさなければどうにかして寝室に入らなきゃ。


ドアを爪で引っ掻いたりミャアミャア声を上げながら待っていると再びアラーム音が聞こえてきた。


スヌーズだ!


健一が起きてくることを期待して待っているけれど、やはり寝室から物音は聞こえてこない。



「ミャアミャア!!」

切羽詰まった声で鳴いても健一の声は聞こえない。


次第に焦りが全身を支配し始めて心臓が嫌な音を立てて跳ねる。


「ミャアミャア!」

起きて! 起きて!!

ドアの前で飛び跳ねて音を立てる。


キャットタワーから飛び降て音を立てる。

いつもよりも随分騒がしく動き回ってみても健一は出てこない。


物音に気がついた隣人や下の階の人が来てくれればいいのだけれど、高級マンションで子猫が飛び跳ねたところで大した音にはならない。


「ミャアミャア!!」

鳴きすぎて喉の奥がひりついてきた。


それでも鳴くことをやめない。



リビングを走り回って音を立てて、必死で健一を起こそうとする。

せめてリビングに入ることができれば状況を確認できるのに……!


歯がゆい気持ちになっていたとき、窓にハトが止まるのが見えた。

ハトは部屋の中にいるミーコに気がつくと「ポッポー」と挨拶してくる。


公園で出会ったあのハトだ!!

尚美はすぐに窓辺へと駆け寄った。


「ポッポー」

やっほー、約束通り遊びにきたぜー!


体を左右に揺らしながら言うハトに涙がでそうになった。

あぁ、言葉が通じるって素晴らしい!


「ミャアミャア!」

お願い、助けて!


「ポッポー」

どうしたどうした?



「ミャアミャア!ミャアミャア!」

田崎さ……ご主人が寝室から出てこないの!

たぶん、倒れているんだと思う!


「ポッポー」

なんだって!? それは大変! 誰か呼んできたほうがいいか?


「ミャアミャア!」

お願い!!


尚美の懇願を聞き入れるようにハトはそのまま飛び立っていった。

尚美は祈るような気持ちでハトを見送ったのだった。



☆☆☆


それからも尚美はドシンドシンと室内で暴れまわった。


だけど子猫の体重では大した音にはならなくて、どれだけ待っても誰も様子を見に来てくれなかった。


もう、ダメなのかもしれない。

私は所詮猫で、人間を助けることなんて……。


と、諦めかけたときだった。

突然玄関のチャイムが鳴って尚美は動きを止めた。


「関さん、管理人の渡部です」

その声にハッとして玄関へかけよった。



けれど鍵は遠くて開けられない。

「ミャアミャア!」


ほとんど枯れた声で必死に叫ぶ。

「猫はいるみたいだけど、関さんは留守なんじゃないですか?」


「そんなことはないはずだ。この子が緊急事態だって言ってるんだから」


管理人さんの他にもう1人男性がいるようで、玄関の向こうで話し合いをしているのが聞こえてくる。


きっとハトおじさんだ!

あのハトが教えに行ってくれたんだ!


パッと表情を明るくして尚美はまた声を上げた。


「ミャアミャア!」

早く助けて!

関さんを助けて!



「ほら、猫の鳴き声も切羽詰まってる。早く鍵を開けてください」


ハトおじさんの言葉に半信半疑そうな返事をしながらも、鍵が開く音が室内にも聞こえてきた。


そしてドアが開く。


思っていたとおり、そこには管理人さんと公園のハトおじさんが、ハトを肩に乗せて入ってきた。


「ポッポー」

おまたせ!


その言葉が嬉しくて涙が出そうになる。

「失礼しますよぉ? 関さん、いらっしゃいますかぁ?」



管理人さんが恐る恐るといった様子で部屋に入ってきたので尚美はすぐに寝室へと走っていった。


そしてドアをひっかく。

「そっちにいるらしいぞ」


すぐに気がついてくれたのはハトおじさんだ。

ハトおじさんは切羽詰まった様子で近づいてくると、寝室のドアを開けてくれた。


少し開いた隙間に体を滑り込ませてた尚美が見たのはベッドの上で苦しそうに呼吸を繰り返している健一の姿だった。


青ざめて脂汗をかいている。

「ミャア!!」


ベッドに飛び乗って一声かけるけれど健一は目を開けない。

相当苦しいのだろう。


「大丈夫ですか!?」

「救急車だ!」


後方から管理人さんとハトおじさんの声が聞こえてきたけれど、尚美の耳にはもうなにも聞こえてこなかったのだった。

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