第16話

ふと好奇心をくすぐられて本棚へ体を乗り出してみた。

尚美も人間だったころはよく本を読んでいた。


とくにご飯ものの小説や漫画が大好きでコレクションしていたくらいだ。

それでつい本に見入ってしまい、体のバランスが崩れた。


咄嗟に前足を出して本棚に捕まる。

タワーから落下する寸前に本棚へ飛び移ることに成功してホッと胸をなでおろした。


幸い本も落下させることはなかった。

もうこのままおとなしくしていよう。


そう思ったとき、本棚の中に一冊の薄いアルバムが立てられていることに気がついた。


アルバムか。


どうしてこんなところにあるんだろうという気持ちと、どんな写真があるのだろうと好奇心を突き動かされた。



ついさっきおとなしくしていようと思ったことはすぐに忘れて、尚美は口で薄いアルバムの背表紙を挟んで引きずり出した。


アルバムはすぐに引っこ抜けて、そのまま床にパサリと音を立てて落下する。

尚美はジャンプして身軽に着地すると、ゆうゆうとそのアルバムを確認しはじめた。


ページをめくるときには少しだけ爪を出して、肉球と爪の間にページを挟んでめくればよかった。


猫生活が長いせいで、こういう器用さも持ち始めていた。

「ミャア」


写真に写っているのは健一によく似た男性と見知らぬ女性。

そして女性の腕に抱っこされている赤ん坊の写真だった。


男性の方は健一によく似ているけれど、健一よりも若くみえる。

そして抱っこされている赤ちゃんはまだ生まれたてといった様子だ。


健一の親族の写真だろうか?



更にページをめくってみると、あの哺乳瓶が出てきて尚美は一瞬その場で飛び跳ねてしまった。


写真の中の赤ちゃんが、あの哺乳瓶でミルクを飲んでいる。

上げているのはさっきの女性だ。


その横には健一によく似た男性が微笑ましそうに見つめている。

もしかしてこれは健一の兄弟夫婦の写真かもしれない。


あの哺乳瓶はこの子が使っていたもので間違いなさそうだ。

でも、どうしてその哺乳瓶がここに?


疑問を感じて次のページをめくると、そこでは今度は健一本人が写っていた。

今よりも若い健一がさっきの赤ちゃんを抱っこしている。


更には哺乳瓶でミルクをあげている様子も移されていた。


そのどれもにさっきの男女の姿も移されていて、ぎとちない手付きの健一にハラハラしている様子が見て取れた。



「ミャア」

なんとなく事情が飲み込めて嘆息する。


健一はきっとこの子供のことが大好きなんだろう。

それで、幼い頃の思い出としてあの哺乳瓶をもらったのだと思う。


写真の中に残っている健一はぎこちないながらも優しい目をして赤ちゃんを見つめていたからわかる。


なぁんだ。

こんなことだったんだ。


すべてがわかればどうってことはないことだった。

外に家庭があるなんて、バカバカしい。


今更ながらに笑いがこみ上げてきたとき、玄関チャイムが鳴った。


チャイムを鳴らされても今の尚美に出ることはできない。

だけど一応玄関先まで歩いていって「ミャア」と一言鳴いた。


このマンションはエントランスでロックを外してもらわないと中へ入ってこられないようになている。


直接部屋のチャイムを鳴らしたということは、このマンションの住人に違いなかった。

「猫ちゃん、いるの?」


その声は若い女性、山内のもののようで尚美は咄嗟に身構えた。

鍵が閉まっているから入ってこれないとわかっていてもつい警戒してしまう。


「ご主人はいる?」

いない。



と、左右に首を振るけれど、もちろん相手には見えていない。

こんな昼間にきても誰もいないことはわかりそうなものなのにとも考える。


それとも山内はこんな昼間に動き回ることができる職業なんだろうか。

「まぁいいわ。また今夜来るから待っててね」


そう言うと山内はカッカッとハイヒールの音を響かせて遠ざかっていってしまった。


同じマンションの部屋に来るだけでハイヒール?

尚美は嫌な予感を全身に感じたのだった。


☆☆☆


山内という女はやっぱりどこか怪しい。

そう思ってもそれを伝える手段もないまま、健一が帰ってきてしまっていた。


「ただいまミーコ。今日はおとなしくしてたかい?」

と、質問している間に本棚から落ちたアルバムを見つけて拾い上げる健一。


「懐かしいな」

そうつぶやいて片手にアルバム、片手にミーコを抱きかかえてソファに座った。


「見てごらんミーコ。かわいい赤ちゃんだろう」

「ミャア」


健一がミーコにも見えるようにアルバムを支えてくれたので、ひとこと答える。

もうすでに一通りみたアルバムだったけれど、仕方ない。


「これは俺の弟。できがよくて、結婚も随分早かったんだ」

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