第15話
中には猫用の高級ご飯があったりして目がクラクラしそうになった。
今日もまたミーコにお礼をするためにこの部屋を訪れた住人がいる。
『偉いぞミーコ』と言いながら頬ずりをされていたとき、玄関チャイムが鳴ってミーコは床に戻された。
今いいところだったのに!
と、内心文句を言いながらも来客が誰なのか気になって健一の後を追いかける。
「はい」
「203号室の山内です」
その声は若い女性のもので、尚美の耳がピクリと動いた。
名前を聞いてすぐに誰だかわかったのだろう、健一はためらうことなくドアを開ける。
203号室に暮らす山内という女性は尚美と同年代くらいの女性に見えた。
ショートカットで快活そうな印象。
そして手には菓子折りを持っていた。
「今回のことは本当にありがとうございました。これ、お礼です」
そう言って差し出されたお礼の品はどう見てもミーコ用に買われたものではなくて、健一へ向けての菓子折りに見える。
「これはどうも。だけど活躍したのは俺じゃなくて、この子です」
健一が振り向いてきたので尚美は「ミャア」と鳴いて自分の存在をアピールしながら前に出た。
すると山内はしゃがみこんでミーコの頭をくしゅくしゅとなでた。
「かわいい猫ちゃん。この子が関さんのことを起こして知らせたんですね?」
「そうです!」
健一はまるで自分のことみたいに胸を張って答える。
ミーコのことを褒められたときの健一は本当に嬉しそうな顔をしてくれる。
「そうですか。じゃあ、今度はミーコちゃん用のおやつも持ってきますね」
そう言うと山内は何事もなく帰っていってしまった。
若い女性ということで警戒したけれど、単なる勘違いだったみたいだ。
リビングへ戻った健一が贈り物の包装紙を剥がしてみると、マドレーヌの詰め合わせだった。
しかもそれは健一と尚美が働いている会社が出しているお菓子だ。
思わずテーブルの上に飛び乗ってマジマジと見つめてしまう。
「ミーコ。これは俺が働いている会社で作っているんだぞ」
「ミャア」
知ってる。
そうじゃなくて、どうしてあの人がこれを持ってきたの?
ただの偶然?
それにしてはできすぎているような気もする。
そういえば帰り際にミーコ用のお菓子をまた持ってくると言っていなかったか。
それはまたこの部屋に来るということだ。
そう考えると警戒心が増した。
大丈夫だと思ったのは軽率だったかかもしれない。
尚美は山内が立っていた玄関先へ視線を向けたのだった。
☆☆☆
ひとつ不安があれば、その不安から連なるようにして次々と気になることがでてきてしまう。
どうして今更こんなことを考えるのかと自分でも不思議になることを思い出す。
私がこの部屋へ来た時、関さんは迷わずに哺乳瓶を出してきた。
だけど、成人男性のひとり暮らしであんなものがすぐに出てくるとは思えない……。
どうして今までその違和感に気がつくことができなかったんだろう。
部屋の中に全く女の気配がないことですっかり安心してしまっていたけれど、違和感は実は最初からあったのだ。
哺乳瓶が家にあるなんて、それこそ小さな動物を飼っていたり、自分の子供がいる家庭くらいだろう。
だけど健一の場合はそのどちらでもない。
それなのに、なぜあんなものがあったのか。
考えれば考えるほどに悪い方向へと思考が向かっていく。
もしかしてここに女の影がないだけで、外に誰かいるんじゃないか。
その誰かはすでに健一の子供を産んでいるけれど、なにか理由があって一緒に暮らすことができないとか?
そこまで考えて尚美は自分の頭を強く左右に振った。
そんな物語みたいなことがあるわけがない。
関さんにかぎって、そんなこと。
そう思おうとするけれど、それでは哺乳瓶の謎が解けないのだ。
もしかして山内さんとの間に子供が……。
なんてところまで考えてブルブルと体全体を震わせる。
こうしてひとりになって健一の帰りを待っていると、妙なことばかり考えてしまってダメだ。
少し冷静になろうとクッションへ戻る。
そのまま丸まっていっそ眠ってしまおうとしたのだけれど、こういうときに限ってなかなか眠りは訪れない。
何度も体勢を変えて目をつむってみても、無理だった。
ついに眠ることを諦めて今度はキャットタワーの一番上に昇ってみた。
最初の頃は今よりずっと体が小さくて一番上まで上ることが怖かったけれど、今ではもうそれもできるようになった。
猫の成長は早いと我ながら関心してしまう。
タワーの上は日があたって心地よく、ここでならよく眠れるかもしれないと目を閉じる。
けれどふと目を開けてみると本棚が目に入ってきた。
健一は本も好きなようで、3日に1冊くらいのペースで毎日なにかを読んでいる。
どんな本が好きなんだろう。
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