第18話 集積場

「動きづら過ぎるだろこの服……」

 翌日の早朝、俺は依頼書で指定された場所まで向かっていた。久々に着用できた服を見ながら、出発前に言われたことを思い出す。

 ────さすがに、向こうの建物を燃やしたくないからね。

 彼女はそう言っていたが、渡された服はとても人間の着る服とは思えなかった。

「ニッケルとクロムの合金で作られた冷却機能付きの全身フレーム……いくらしたんだよこれ」

 自信満々にこれを渡された時は、感謝よりも困惑の感情が先に来た。だって、どう見ても見た目が某機動戦士なのだ。動き辛さはともかく、武骨な胴体、メインカメラのような覗きガラスがついた頭部を持つこの服は、とても仕事に来ていく服ではないと思った。

「けどまあ、人に会うならあの見た目はまずいか」

 訓練は順調だ。だが、日常的にあれを使えるようにするためには、あと少しだが調整がいる。早く完成させて静香を驚かしてやりたいが、それはまだ先だろう。


    ◇


「やあやあどうもこんにちは! いやー……ね! いい天気だね!」

「ああどうも。依頼主の人ですか?」

「そうだよ! 君は……えっと、何て呼べばいい?」

 依頼主は明らかに困惑している。当然だ。俺も人を待っていてこんな姿のやつが来たら言葉に詰まる。

 こういう場での礼儀は知らないので、とりあえず敬語だけはしっかり守ろうと気をつけながら、依頼主と言葉を交わす。

「あー、別に何でも構いませんよ」

「じゃあ、モービルくんでいくね」

 そのまますぎるが、今までの炭人だの原始人だのよりははるかにマシに思えた。

 依頼主は梶原拓斗かじわらたくとというらしい。顔合わせを終えた俺は、梶原さんに連れられてゴミの集積場に連れてこられていた。

「ここが……」

「そう、ごみの集積場だね。凄い量でしょ?」

「いや、はい。想像以上に」

 ────はぁ!?

 人前なのでなんとか取り繕ったが、俺の目の前には驚かずにはいられない量のゴミの山が佇んでいた。しかも、よく見るとその山ははるか遠くまで連なっているように見える。これは、何十トンとかそう言うレベルではない。

「ここにある分だけでもビル六階分の高さのゴミ。そして、この集積所の広さは二百万平方キロメートル。今目の前にある量のゴミが、この場所には隅々まで敷き詰められてる」

「思ってたよりも酷い……ってかくさっ!?」

「処理場が動かなくなってから大分経つからね」

 フレームの隙間から入ってくる数十年分の腐敗臭は、体を焼き焦がすROの力よりも不快指数が高かった。とても人間が居ていい場所ではない。そんな場所で平然と立っている梶原さんは何者だろうか。

「あの……鼻は大丈夫ですか?」

「全然? この前医者に診てもらったら、鼻の骨が腐り始めてるって言われたよ」

「ヤバいですってそれ!」

「いいんだよ。さ、仕事の説明をしよう」

 そう言って、梶原さんは近くのトタン屋根の建物からメカメカしいものを持ってきた。燃料が入っていそうなリュック型のタンクと、アサルトライフルのようなものがホースで繋がっている。明らかに火炎放射器だ。

「これで全部燃やして」

「無理がありますって!?」

 火力不足にもほどがある。こんなちゃちな機械でこのゴミの山────ゴミの山脈を燃やしきれるわけがない。それに、燃料の無駄遣いだ。

 思わず怒鳴ってしまったが、梶原さんはそれに怒ることもなく、それどころか、困ったように笑みを浮かべていた。

「……だよねぇ。僕もそう思うよ」

「だったら……」

「やっぱりふざけてるよね、こんなの」

 梶原さんは火炎放射器をその場に投げ捨てる。衝撃で壊れたのか、燃料タンクから液体が漏れはじめた。

 壊れた火炎放射器を見る彼の姿からは、怒気がにじんでいる。何に怒っているのか、俺にはさっぱり分からない。

「……か、梶原さん?」

「ん、ああごめんね。ちょっと待っててね」

 梶原さんは火炎放射器を拾い上げ、トタン屋根の建物の中に持っていった。壊れてしまったし、あれはもう使い物にならないだろう。というか、なんであんな危険なものを持っていたのだろうか。

「さて、と」

 戻って来た梶原さんは、疲れた声で俺に語り掛ける。

「ちょっと話そうか」

「え? はい」

「ついでにどんなゴミがあるのかも説明するよ。ついておいで」

 そう言って、梶原さんはゴミの山に足を踏み入れた。俺もそれに続き、梶原さんの数メートル後ろを追従する。

 ゴミの中を少し歩いて気付いたことがある。ここのゴミは、分別されていない。

 生ごみ、空き缶、ペットボトル、粗大ゴミなどの数々のゴミが、この場に集められている。

「分別されてないんですね」

「されてるわけがないよね。人が出したゴミをとりあえずここに集めてるだけなんだから」

 まあ、仕方がないと言えば仕方ない。なにせ、日本の国土は小さいからだ。正直、この広さの集積場があるだけでも奇跡と言えるだろう。その上今の日本の国土は、三割くらいが核で汚染されているのだから。

「これじゃ、生ごみだけ先に燃やす、って方法もとれませんね」

「そうだね、それができればこの山も少しは減りそうだけど」

 そんな会話をしながら歩いている間に、フレームの上から奇妙な感覚を覚えた。足の裏に、柔らかいゼリーを踏むような感覚を。

 最初は気にしないように努めていたが、それの正体が分かっていくうちに、俺は梶原さんの意図が明らかになっていく感覚があった。

「この依頼って、何十年もほったらかされてたんですよね」

「そんなことないよ。ただ、今までの人たちは失敗しただけさ。まあ、本来は自治体の仕事なのに、ただの個人に任せる方がバカか?って感じだけど」

 踏み歩いていたゴミの床も、いつの間にか腰の高さまで上がってきており、ここまでくると歩くのすら困難になってきた。その上、俺は全身に金属のフレームを着用している。ROのエネルギーがあるので疲れはないが、尋常ではない鬱陶しさだ。

「梶原さんは、なんであんな依頼を?」

「元々は、これが私の仕事なんだ。ゴミ処理場で働いててね」

「けど、設備も人も足りなくなって、傭兵に頼るようになったと」

「あ、うん、そう。理解が早いね……」

 そこから少し歩いたところで、梶原さんの足が止まる。周囲を見渡すとゴミ以外の景色が見えず、世界に取り残されたような感覚すら覚えるほどにゴミの量は凄まじい。

「大分歩いたね……」

「そうですね」

「えっ、疲れてなさそうだね」

「まあ、山育ちなんで」

 嘘は言っていない。少なくとも、小学生のころから俺は山でサバイバルをして生活していたのだから。

 だが、梶原さんは、それを何かの冗談だと思ったようだ。

「ははっ、けど今の時代、山育ちの方が幸せに生きられるかもね」

「なんでここまで連れてきたんですか?」

「そうだねぇ……ここのゴミは日本中から集まってきたゴミなんだよ、ってのを聞いて、何か思わない?」

「それにしては量が少ない、と思います」

「正解っ!」

 依頼自体が何十年も前から存在していたこと、ゴミ処理場は壊れていること、ゴミは分別されていないこと、そして日本中からゴミが集まってくること。これらを鑑みるに、ここにあるゴミの量はとても少ない。

「こっちも、何十年も指をくわえてこの山を見てたわけじゃないからね。毎日コツコツと燃やしてはいるんだよ。さっきの火炎放射器でね」

「それでも、送られてくるゴミの量の方が多くてこうなってるんですね」

「そう。で、毎日やってるとさ、見ちゃうんだよ。ここに個人でゴミを持ってくる人を」

「収集車ではなく?」

「うん。二人か三人、たまに一人で来る人もいるけど、その人達が抱えて持ってくるんだよ」

「何を、ですか?」


 俺の問いに、梶原さんは少し沈黙したあと、こちらを振り返って微笑んだ。


 俺が理解していることを理解したんだろう。それが間違っていないのなら、あまりにも冒涜的だ。死人相手とはいえ、やっていいことではない。

「梶原さんは止めなかったんですか? 見ていたんでしょう?」

「できると思う? 仕方ないんだよ。放っておくと腐敗して家が酷いことになるし、土に埋めでもしたら、この国唯一の長所である土壌も台無しになる。火で燃やすにも木材がもったいないし、ここに持ってくるしかないんだよ」

「だからって……!」

「依頼を出せって言ったのも国なんだよ、実は。今以上に反感を買わないためだったのか、理由は分からないけど」

 政府は相変わらず、軍事と教育以外に金を使う気がないらしい。その穴をヤクザや傭兵に埋めてもらっているのだから、本当にこの国の議員は終わっている。

「じゃあ……」

「ん?」

 だが、梶原さんはまだここで働いている。

 与えられた機材で、ここのゴミを処分しようとコツコツと働いている。

「いや、なんでもないです」

「そう? じゃあ戻ろう」

 おそらく「鼻の骨が腐っている」というのも冗談ではないのだろう。

 彼がなぜ、そんな体になってまでこの仕事にしがみつくのか。俺にはそれがとても不可解に思えた。

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