第16話 交渉?
「えっと……確かこの建物だよな」
うろ覚えで道を辿ってきたが、どうやら無事に獅子堂会の本部に辿り着けたようだ。
以前ここに来た時に静香と歩いて帰ったおかげだろうか、思ったよりも迷わず辿り着くことができた。
「絶対ここだ。建物も見覚えがあるし、人の風貌がヤクザだし」
体は変わらず高熱を放っているので、俺が来たことはすぐにバレたようだ。
相変わらず変な視線を向けられるのにも慣れてしまった。俺は気にせず、建物の中に入ろうとする。
「おいおいおい、待て待て待て」
建物に入ろうとすると、中から出てきた男に止められた。
俺の体にビビっているのか五メートルくらい距離をとっているが、多分その距離でも相当熱いと思う。
まあ、止められるのは予想していた。なぜなら、アポなしでここに来たからだ。
「お前どこの誰だ?」
「俺は……静香のとこの居候だ」
「京極組か? 何の用だ?」
「いや、俺の個人的な用だ」
そう言うと、男は怪訝な顔をした。
まあ当然だろう。頼んでも通してもらえないことは分かっているので、そのまま玄関に足を踏み入れた。
「は!? おい——」
建物の構造が分からないので、とりあえず歩き回ってみることにする。
如月組に負けず劣らずの巨大なビルなので、目的である人物を探すのは骨が折れた。
だが最終的に、向こうからこちらを見つけ出してくれたようだ。
「何しに来た? クソガキ」
「獅子堂明……!」
そう、俺が探していたのは会長だ。
廊下で徘徊している俺に、会長は二人の部下っぽい人を連れ、うんざりしたような声で話しかけてきた。
「呼び捨てたぁ、いい度胸だな」
「聞きたいことがあって来た」
「こんな無礼な真似する奴に話すとでも?」
ド正論だ。
アポなしで来た上に、俺がビル内を歩き回ったおかげで床のあちこちに黒い焦げ跡が付いている。
責められても仕方ないが、そうまでしても来たい理由があった。
「如月組と同盟を組んで、何をするつもりなのか教えてくれ」
単刀直入に、会長の不満を無視してそう放った。
我ながら自分勝手だと思う。
だが、静香のために動くと決めた以上、獅子堂会の目的は把握しておきたい。
それが、俺がこんな行動に走った結果だった。
「……静香に聞かなかったのか?」
「教えてくれなかった」
「あの馬鹿……はぁ」
先ほどまでこちらを睨んでいた会長が、肩を落としてげんなりしている。
てっきり怒鳴られると思っていた俺は、心のどこかで少しほっとしていた。
「関わらせたくないならそう言えよあいつ……」
「え?」
「黙れ、テメェじゃねぇよクソガキ」
そう怒鳴った直後、会長は俺の目を見て言った。
「お前、静香の組に入った訳じゃないらしいな?」
「ああ」
「つまり、極道になることがどういうことかは分かってるんだな?」
「……ああ」
会長の目が変わった。あの目は、こちらを見定めようとしている目だ。
その質問は予想していなかったが、幸運だったというべきか。極道が今の日本でどういう扱いをされているかは、おそらく静香よりも分かっている。
ただの反社会的勢力じゃ済まされない。この、今の日本では。
「如月組と同盟を組んだ理由、だったか」
会長の話し方が優しくなった。お目にかなったということだろう。
ここで突き返された時のプランは何も用意していなかったので、正直とてもほっとした。だが、これを聞いて終わりというわけにはいかない。俺の目的は、その先にあるのだから。
「色々と秘密が多いんでな、話せることがあるとすれば……日本軍と一戦やり合うからだ」
「……なるほど、じゃあ、獅子堂会だけじゃ足りないな」
「口には気をつけろよ」
「あっヤベ」
ついつい口が滑ってしまったが、概ねの理由は理解できた。これより深い理由も聞いてみたいが、向こうからすれば俺の信頼など皆無に等しいので、聞き出すのは不可能に近い。今はこれを聞き出せたことに満足しておこう。
一戦やり合うと言っていたが、日本軍も馬鹿ではない。二つの極道が手を組んだ時点で、日本軍も何か仕掛けてくることは察しているのではないだろうか?
────まあ、だからこそ俺のような部外者にもこのことを話したのかも知れない。
「けど、反発してる組員は多いみたいだぞ? 静香の組にすら不満を持ってる奴らがいる。そいつらは静香がなだめてるけど、傘下の組長のやつらが反発してたらどうするつもりなんだよ?」
「小僧、お前は敬語を覚えた方が良いな」
「ハッ、気に入らないか? 生憎、お前らに通すべき筋なんてないんでな」
「……そっちの方は策がある。お前が気にするようなことじゃない」
策があるのは本当だろう。だが会長の顔を見るに、その策には不安要素がいくつかあるように思える。
同盟を組んだ日、静香が撃退した襲撃者はとんでもない数だったが、獅子堂会の規模を考えると、以前からの不穏分子を含めたら反発している組員はとんでもない数になるだろう。
決まった。上手く交渉を進めるなら、ここを攻めていくしかない。
「戦力に不安があるみたいだな?」
「なぜそう思う」
「顔に出てるぜ。よっぽど余裕がないんだろ?」
少し煽り気味に言ってみるが、彼の表情は変わらない。だが、余裕がないのは事実のはずだ。こっちの要求を呑ませるには、使えるものは使うしかない。
「俺が戦力になってやるよ、それなら、不安要素も一気に解消だろ?」
最近、色々と実験をしてみて分かった。恐らく、俺の体に武器、道具、それどころか大半の兵器は通じない。銃弾やナイフは体に到達する前に融解する上、ミサイルを撃ち込まれても炎で迎撃が可能だ。
この体の状態がいつまで続くか分からないが、永遠に続くとするならば、俺は戦力として静香や檜山を遥かに上回れる。
「それは組に入るということか?」
「いいや、傭兵としてだ。生憎、今の俺の身分は将来使う予定がある」
「対価として何を要求する。金か?」
最初はもっといいものを要求しようと考えていたが、今は欲を出すべきでないという考えも頭にある。保留にすることもできるが、明確に何かを要求した方が向こうも安心できるだろう。ここは無難に金で済ませることにした。
「そうだな。具体的な金額はあとで決めるとして……俺はどっかの誰かさんのお陰で、お金を使えるような体じゃないからな。報酬についてはそっちで金庫を作って、そっちで保管しといてくれ」
「……」
「ああ、金庫を作るにも金が要るだろう。その金は俺への報酬から引いといてくれ」
会長は黙りこくっているが、何か条件に不満でもあるのだろうか。
向こうにとっても悪い話ではないだろうし、笑顔で握手できるような条件を提示したつもりだ。まあ、握手できないけど。
「どうした?」
「良いだろう、お前の要求は分かった。仕事ができたら京極組を通して依頼するようにしよう」
「マジ!? 思ったよりも話が分かるんだな、感謝するぜ」
予想よりも遥かにスムーズに交渉が成功し、ひとまず安心できた。
ここには静香に黙って来てしまったので、帰ったらまず彼女に報告する必要が出てくるだろう。めちゃくちゃ怒られる景色が目に浮かぶが、あいつなら理解してくれるはずだ。
「じゃ、またな」
用は済んだので、建物をこれ以上焦がさないためにもそそくさと帰ろうとする。しかし、その直前で伝え忘れていたことを思い出し、もう一回会長に振り返る。
「一つ忘れてた。殺しはなしだ」
「……お前はどこと手を組もうとしているのか、忘れたのか?」
「あーあー、違う違う。殺しが怖いわけじゃない」
「じゃあ、どういうことだ?」
「最初に殺す相手は決めてるんだ。じゃあな」
俺としても、ふざけた要求だと思う。極道の依頼など、殺しがほとんどだと思うからだ。戦力として雇おうとしているのに殺しをしないなど、一見矛盾しているようにも思える。
だが、これだけは譲る訳にはいかなかった。せめて、覚悟が決まるまでは。
◇
温度が下がっていく。炭人はどうやら本当に帰ったようだ。
ずっと後ろで見ていたが、実にふざけた交渉だった。あのガキは確実にこちらを舐めている。極道として許してはいけないことだ。
「親父、あいつを始末する算段を立てましょうか?」
本来なら、親父と交渉などさせず俺が前に出るべきだった。奴の力にビビって前に出られなかったことに、内心酷く後悔がある。
本部の内装も奴の炎でボロボロにされてしまった。ただの居候なので京極組に責任を問えないのが残念だが、せめて、奴自身にはケジメをつけさせなければならない。
しかし、会長は首を横に振った。
「気付かなかったか? 和彦」
「何にでしょう?」
「あの男、温度が低くなっている」
「……言われて見れば、確かに」
以前、奴に会ったのは、静香をROの件で呼び出した時だ。
その時は確かに、部屋の中が乾燥したサウナのような地獄に変わっていたが、今回は真夏の猛暑程度にまで楽になっていた。
「温度低下……もしかして、奴は弱体化しているのでは?」
「逆だ、制御し始めてる。それも、被移植者にとって最も難しい、出力の調整だ」
「……何かの間違いだ。だって、静香でさえ十年目でアレなのに」
「和彦、奴を刺激するな。京極組の虎岩に電話して、あの男についての情報を集めるように伝えろ」
「分かりました。今すぐに」
俺はすぐに携帯を取り出し、虎岩に電話をかける。
もしかしたら、最も警戒すべきは日本軍でも反乱分子でもなく、あの男かも知れない。決して目を逸らさないよう、俺の組の組員も使う必要がある。
……今思えば、静香はとても扱いやすい手駒だったのかも知れない。
俺は少し、静香への感謝の念を覚えながら、コール中の電話を握りしめた。
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