第14話 アオイの気持ち
「ありがとうございました~」
店員さんに見送られながら、両手に抱えきれないほどの荷物を持って僕たちはお店を後にする。
「確かにこれは男手が必要、ですね」
「えぇ、本当に助かったわ」
僕の少し前を歩くアオイさん。彼女の手にも食材などが詰まった袋が下げられている。
「でもこれなら、サ――ユズさんにも来てもらった方がよかったですね」
自然にサクラ、と口に出そうになった。自分から少し距離を取るって決めたのに。
「…………」
「アオイさん、どうかしました?」
「いえ、なんでもない」
「?」
一瞬、僕の方を見て睨んでいたような気がしたのだが……。
「ねえ肇、この後予定とかないわよね。だったら少しあたしに付き合いなさい」
「え、あ、ちょっとアオイさん!?」
そう言って半ば無理やり手を引かれる。
こうして連れていかれた先は――。
「喫茶店?」
商店街の中心から少し離れた場所にある小さな喫茶店だった。
店内にはコーヒーの香りで満たされていて、落ち着いた雰囲気の曲が流れている。
「ここはあたしの行きつけのお店よ。飲み物は、あたしがなんでもいいかしら?」
「あ、はい」
こっちの世界の料理も普通に食べられたし、飲み物も多分大丈夫だろう。
「マスター。いつもの二つお願いするわ」
「かしこまりました」
そう言ってマスターと呼ばれた初老の妖精は手際よく何かを作り始めた。
そして数分も経たないうちに『いつもの』が運ばれてくる。
「こちらカフェオレになります」
カップが置かれると同時にカフェオレの甘い香りが広がった。
「ありがとうございます」
「ではごゆっくり」
マスターが下がると、アオイさんはさっそく運ばれてきたカフェオレを一口。
「んん~っ。やっぱりこの味よねぇ」
普段のしゃきっとした顔から一転して、顔をほころばせる。
「ほら肇も飲みなさい」
「……いただきます」
促されるままに僕も一口。
「…………」
「どう?」
「凄く甘くて、いいと、思います」
少し声が上ずってしまったが、嘘ではない。
コーヒーの豆はかなり良いものを使っているのだろう、ちゃんとコクもあるしミルクともしっかりマッチしている。
ただ、それ以上に……甘すぎる。確かにコーヒーの味はするのだが、独特の苦みというものはほとんどかき消されてしまっている。
これは一杯飲むのでかなり大変なのだが……。
「マスター、おかわりいただけるかしら」
「かしこまりました」
気が付けばアオイさんは既におかわりをしているし……。
もしかしたらアオイさんって結構甘党なのかも?
などと考えていると、
「……それで、肇をここに連れてきたのは話をしなきゃいけないと思ったからなんだ」
「は、はぁ」
そう切り出したアオイさんの表情はいつものようにキリっとしていた。
まぁ確かに単にお茶をするだけのためにここに連れてきたなんて考えてはいなかったけど。
それでもさっきまでとのギャップに少々驚いてしまう。
もう一口カフェオレを飲もうとカップを持った時、
「それで、話というのは何だけど……肇はサクラのことをどう思っているの?」
「……えっ?」
「あたしから見て、今日の二人はかなり不自然だった」
「サクラのスキンシップは明らかに過剰だし、それに対して肇の対応に違和感を抱いたわ」
「違和感、ですか?」
「ええ。明らかにサクラのことを意識して避けている。違うかしら?」
「……」
まさかアオイさんにそのことを指摘されるとは思っていなかったため、押し黙ってしまう。
「あんたがサクラに対して何を思っているかなんて大体想像できる。でもね、あんたは人間で、あたしたちは妖精。住んでいる世界寿違うの」
「ま、あんたもそれがわかっているからこそ、自分の感情を抑えるためにサクラを避けていたんでしょうけど」
「……話って、僕にこれ以上深入りするなって、釘を刺すことですよね」
「そうよ」
やっと出た言葉を、彼女はいつもの調子で返す。
わかってはいたけれど、実際に言われるとズシリと心に来る。
そんな僕に、アオイさんはカフェオレを飲んでから、
「……仮にサクラと付き合えたとしましょう。でもあんたはそう遠くないうちに元の世界に帰ることになる」
「二人は離れ離れになった後、どうするつもりかしら? 今回あんたがこっちにこれはのはただの奇跡。もう二度と訪れないでしょう」
「あんたはサクラと離れた寂しさをたった80年抱えるだけで済む。だけどね、サクラはその何倍……いえ、何十倍も長い間抱えることになるかもしれないのよ」
「…………」
80年だけでもかなり長い時間なのに、その何十倍もの時間を……。
「もしそんなことになったらあたしはあんたの事を絶対に許さない。もうあたしから何も奪わせない」
今まで感じたことのない圧力。
「…………」
「ま、今のところちゃんと弁えているみたいだからいいけど」
「さてと、結構遅くなっちゃったし、それ飲み終わったら帰るわよ」
「はい」
確かにアオイさんの言うことは最もだ。
何百年と生きる妖精とせいぜい百年程度しか生きられない人間では相性が悪すぎる。
……でも、どうしてだろう。
彼女の言葉にはそれとは違う……別の意味も含まれているような気がしたのは。
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