第6話 歌

「ここは……」

「えへへ、ここはわたしのお気に入りの場所で、肇さんと出会った場所です」


 小高い丘の上にある大きな桜。それにここから見える風景には確かに覚えがある。


「ほら、あそこの林、あの場所から肇さんが出てきたんです」

「結構ここから離れていたんだね」


 あの時は視界がぼやけていて距離感とか全然わからなかったけれど、こうして見ると数十メートルはある。


「……それでですね。何か思い出せたりしましたか?」

「ここに来た時の場所に行けばもしかしたら……って思ったんですけど」


 言われてもう一度辺りを見回す。

 舞い散る桜も、ここから見える街の景色も素敵だけど……。


「ごめん」

「そうですか……」


 わかりやすく肩を落とす。


「なかなかうまくいきませんね」

「本当にね」

「……お花のことも、肇さんのこともなんとかしたいです」

「肇さん、出会った時からずっと元気がないです。記憶がないってのがわたしにはどんな感じなのかわからないですが、記憶が戻れば元気になるならわたしどんなことでもお手伝いします!」

「……僕は本当に幸せ者だ」

「幸せ、ですか?」

「うん。だってこんなにも優しい人……じゃないね、優しい妖精に出会えたから」

「えへへ、そんなに褒めてもわたし、歌くらいしか出せませんよぉ」

「歌、か……」


 あの歌、ユズさんは確か誰か知らない人に教えて貰っていたと言っていたけど。


「サクラさん、さっき歌っていた歌だけど、あれって誰に教えて貰ったの?」

「ふぇ?」

「実は、あの歌さ、どこかで聞いたことがある……ような気がするんだ」

「わたしが肇さんを見つけた時も歌っていましたが、それよりも前、ですか?」

「多分、だけど」

「それって、もしかしたらわたしにこの歌を教えてくれた妖精が、肇さんと出会っていたかもしれないってことですか?」

「ちゃんと覚えていないから確証はないけど、可能性はあるかも」

「わたし、ずっとお礼を言いたくて……。でも探しても見つからなくて、同じ場所で教えて貰った歌を歌っていればいつか会えるって信じて待ってたんです!」

「それでさ、サクラさんに歌を教えてくれた人ってどんな人だったのか覚えてないかな?」

「えーっと、ですね。恥ずかしながら、よく覚えていないんです。とっても優しい感じがして、アオイお姉ちゃんに雰囲気が似ているような気もしたんですけど……」

「アオイさんに?」

「はい! アオイお姉ちゃん、何故か肇さんには厳しいですけど、わたしにはとっても優しいんですよ!」

「朝が弱いわたしをいつも起こしてくれますし、お風呂あがった時に髪を乾かすのを手伝ってくれたり、お花のお世話を教えてくれたのもアオイお姉ちゃんなんですよ!」


 ふと、今朝の事を思い出した。

 寝ぼけているサクラさんの面倒を見ている姿は、まさに優しいお姉ちゃんそのもの。

 僕に対すると木とは180度違う。

 いつかはその蟠りも無くなってくれると良いんだけど。


「……そろそろ日が沈むね」

「そうですね。そろそろ帰らなきゃです」


 時が経つのも早く、いつの間にか日もかなり傾いてきていた。


「でもその前に歌ってもいいですか? ここに来た時は必ず歌っているので」

「もちろん。僕もサクラさんの歌、聞かせてほしい」

「ありがとうございますっ」


 そう言ってサクラさんは目を瞑り、歌い始める。

 綺麗な歌声は風に乗って、どこまでも広がっていく。街に、世界樹に、僕の元居た世界にまで届いているのではないかと思うほど、遠くまで。

 僕はそんな歌声に耳を傾けながら思った。自分はなんて幸せ者なんだろうって。


「ただいまです!」

「はぁ、はぁ、ただいま、帰りました」


 あれから歌い終える頃には辺りは真っ暗になってしまっていた。

 心配させてはいけないと、急いで帰ってきたのだが……。


「あれ、誰もいない?」


 キッチンやリビングなどを見てもアオイさんやユズさんの姿は見えない。


「アオイお姉ちゃん、ユズお姉ちゃん~」


 そうとわかるとサクラさんはすぐさま階段を駆け上がっていってしまった。

 僕もその後を追いかけようとするが、


「肇くん、おかえりなさい」

「ユズさん」


 サクラさんと入れ替わるように、上の階からユズさんが降りてきた。


「ごめんね、ちょっと色々立て込んでいて、ご飯の準備とかもまだだから先にお風呂、入っちゃってもらえるかな」

「大変なら僕も手伝いますけど」

「ううん、いいのいいの」


 なんて言ってはいるけれど。

 ――ドシン!

 上の階からはものすごい音が聞こえてくる。


「ね、大丈夫だから、先にお風呂入ってて」

「今の音に大丈夫な要素が一つもなかったのですが?」

「私が大丈夫って言っているんだから大丈夫なの。それよりも君はお風呂に入るのが最優先。脱衣所に服とかタオル置いてあるから」

「わ、わかりました」


 なんだか釈然としないけれど、ユズさんがそう言っているのだから大丈夫なのだろう。

 まぁお風呂を上がった時にまだやっていたらその時に手伝えばいいだろう。


「じゃあお先にお風呂いただきます」

「ゆっくり入っていていいからね~」


 ユズさんに見送られながら僕はお風呂場へと向かった。

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