ドラララララ!! ~竜ヲ狩ル竜人~

忍成剣士

第1話 腹の中から

 名前はジュノン・アーセナル。

 髪は銀色で目は金色の18歳の健康的な青年。

 幼い頃の夢は【竜滅隊りゅうめつたい】に入隊して故郷を滅ぼしたドラゴンたちをこの世界から残らず駆逐すること。


 ちなみに適正ジョブは【浄化魔導士ピュリファイ】。


 毒や呪いや汚染などを浄化する魔導士でまったくもって戦闘向きではない。

 だから12歳の頃、職業神託神殿で巫女から適正ジョブが浄化魔導士ピュリファイだと告げられた瞬間のジュノンの絶望感たるや……。


 これまでなんのために生きてきて、これからなんのために生きていけばいいのか。捨て犬みたいに途方に暮れ『どうしたら手っ取り早くあの世にいけるだろうか』などと夜空を見上げながらしばらく真剣に考えたものだ。


 だが、世の中捨てたもんじゃない。こんなどうしようもないジュノンのことを幼馴染は見捨てなかった。

 普段は引っ込み思案で大人しい幼馴染がジュノンの胸倉を掴み叫んだのだ。


『ジュノンのバカァ! 直接ドラゴンと戦うだけが戦いじゃないよ! ドラゴンに対抗するための仕事だって立派な戦いだよ!』


 さらに幼馴染から胸元をグーパンチで殴られ『ジュノンが死ぬならレイナも死ぬから!』と号泣された。

 それから数日は『ジュノンの傍を離れない』とトイレにもお風呂にもベッドにも幼馴染がついてきた。すごく迷惑だった。

 でも、お陰で惨めだが、生きるほかなくなった。


 ジュノンは気持ちを切り替えて浄化魔導士ピュリファイしての適正を最大限に活かすため【復興浄化隊ふっこうじょうかたい】に入隊することにした。

 復興浄化隊はドラゴンに汚染された環境の調査や浄化、ドラゴンに滅ぼされた都市の復興などに従事する国際機関で完全無欠の裏方仕事である。


「でも、これだって人類が生き抜くためにはなくてはならない仕事だ」 


 今ではそう誇りを持って働いている。一緒に働く仲間たちも気に良い連中ばかりだ。とても充実した毎日を過ごしている。


 もちろん、最前線で戦う竜滅隊りゅうめつたいほどではないが、復興浄化隊も危険と隣り合わせの仕事だ。

 ドラゴンに汚染された土地の空気は人体に有害だし、復興調査に向かった先でドラゴンの残党に襲われたこともある。そして、時には山のごとき巨大なドラゴンに丸のみにされてしまうこともある————、


 

 そう今まさにジュノンはにいたりする。



 数日か、それ以上か……どれくらいの時間が経過したのかは分からない。

 覚めると巨大なドラゴンの腹の中とおぼしきテラテラとしたどす黒いの世界がジュノンの眼前に広がっていた。

 現在の銀髪青年の肉体は直視するのが躊躇われる惨状で、半分近くがドラゴンの消化液でドロドロに溶けている。生きているのが不思議なくらいだ。


 一緒にドラゴンに飲み込まれたの復興浄化隊の仲間たちは残念ながら————すでにしている。


 最早、誰が誰だか分からない。辛うじて仲間たちが装備していた照明系の魔道具マジェットや聖水タンクなどの金属類が消化されずに転がっている。


「なぜ俺だけ生きているんだ————?」


 答えは銀髪青年が浄化魔導士ピュリファイだからだろう。

 浄化魔導士ピュリファイは状態異常に対する耐性が著しく高く、ドラゴンの汚染や中毒にも非常に強い。

 とは言え、仲間たちのところに向かうのは時間の問題だろう。


 体内の魔力マナは枯渇寸前。浄化魔法はおろか身動きすらままならない。視界は徐々に狭まり、思考もどんどん鈍くなってゆく。

 案の定、さっきからメリーゴーランドのように幼馴染との思い出が頭の中をぐるぐると巡っている。

 

「レイナ……ごめん。結局、君との約束……なにも果たせなかった」


 幼馴染のレイナ・チェルシーは二個年下の女の子。彼女は同じく故郷をドラゴンに滅ぼされた【竜禍りゅうか孤児】だ。

 銀髪青年たちは大きくなったら竜滅隊りゅうめつたいに入隊して家族を奪ったドラゴンを駆逐しようと誓い合った仲だった。彼女とは兄妹のような固い絆で結ばれていた。


 だが、いつだって現実は甘くない。


 彼女とは長くは一緒にはいられなかった。

 職業神託神殿で戦闘系ジョブ【双剣士ブレイバー】の適正があると告げられた彼女とは同じ人生を歩むことが許されなったのだ。

 双剣士ブレイバーの彼女は今や竜滅隊の押しも押されぬ大エースで、浄化魔導士の銀髪青年はドラゴンの腹の中で虫の息。ああ、なんて惨めなんだ。


「……なんだか眠たくなってきた。俺はもう助からない。こんな最悪な状況から生き残るなんてどう考えたって無理に決まってる……」


 ジュノンは考えるのを止めて静かに目を閉じる。心は完全に折れていた。

 ——その時だ。

 ただの偶然か。女神様の悪戯か。誰かが残した通信ディバイスが突如として作動し動画を再生する。


 画面の中では、ずいぶんと女性らしくなったレイナ・チェルシーが黒髪をなびかせ荒野を縦横無尽に駆け巡っている。

 黒髪赤目の彼女は二振りの竜斬剣ドラゴンスレイヤーを目にも止まらぬ速さで操り、小型級スモールのドラゴンの大群を雑草でも刈り取るように容易く駆逐してゆく。

 だが、それは一瞬のともしび。間もなくして記録ディバイスが寿命を迎える。再び周囲が静寂に包まれる。

 ところがである——、


「ジュノン! お願い! 諦めないで!」


 夢かうつつかか幻か。凛然とした面立ちの幼馴染が炎天下のチョコレートのごとくドロドロに溶けかかった銀髪青年を見下ろしているではないか。

 あの引っ込み思案で大人しかった幼馴染がずいぶんと立派に成長したものである。眩しすぎて直視できないほどだ。


「ジュノンが諦めたら仲間たちの無念は誰が晴らすの? この巨大なドラゴンの存在を誰が人々に伝えるの?」


 もちろん、幻なのだが、実際にレイナが目の前にいたら言いそうな言葉だった。


「それにレイナとの約束は? 破るの? レイナが20歳になったらって言ったよね?」


 だが、その幻聴にはさすがに突っ込まずにはいられない。


「ちょっと待ってくれ! あれはレイナが『将来、結婚してくれなきゃ今すぐ崖から飛び降る』って脅してくるから仕方なく『お互い大人になって結婚していなかったらね?』って言っただけだろ?」

 

 少なくとも、20歳などという具体的な期限を設けた記憶はまったくない。幻の幼馴染の強引さに銀髪青年は思わず苦笑してしまう。

 思えばレイナは引っ込み思案で大人しかったが、幼い頃から芯が強く、こうと決めたことは誰になんと言われても曲げない性格だった。


「ははははは、ありがとうレイナ……諦めちゃダメだよな」


 どうやら今の弱気な自分には幼馴染の強引さが良かったらしい。生きる気力が湧いてきた。

 銀髪青年は「ただで死んでたまるか」と覚悟を決める。


「仲間たちのためにも、両親や故郷のためにも……なによりもレイナとの約束を果たすためにも……絶対に生き抜いてやる――——」


 なけなしの力を振り絞ってジュノンは首を伸ばしドラゴンの内壁をガリリと噛み千切ると意を決して———その赤黒い肉片をゴクリと飲み込んだ。

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